第17話 炎上(後)
深夜0時を回ったオフィス。
クライアントからの大クレーム対応で、結局またジミンとミンジェの二人だけが残っていた。
ジミンは何度も謝罪メールを書き直してようやく送信し、
肩を落として深く息を吐いた。
「……もう大丈夫です。課長は先に帰ってください。
私に構わないでください」
声が掠れていた。
バッグをとって、立ち上がる。
ミンジェは自分のデスクからゆっくり立ち上がり、ジミンの後ろに近づいた。
「構わないで、か」
低く抑えた声。
ジミンが振り返ろうとしたその瞬間——後ろから、強い力で抱きしめられた。
「っ……!」
ミンジェの腕が、ジミンの体をすっぽりと包み込む。
広い胸板と、シトラスとウッドが混ざった爽やかで冷たい香りが、一気にジミンを支配した。
(近い……熱い……)
ジミンの頭が真っ白になった。体が一瞬で熱を帯びて溶けそうになる。
心臓がうるさく鳴り、指先が震えた。
(課長の……腕……こんなに強く抱きしめられるなんて……)
ミンジェの息が、耳のすぐ後ろにかかる。
「……構わないで、と言われたら、
余計に構いたくなるんだが」
その声は、これまで聞いたどんな時よりも低くて、苦しげだった。
ジミンは抱きしめられたまま、声も出せずにただ固まっていた。
(やめて……こんな風に抱きしめられたら……
私がどれだけ我慢してきたか、全部バレてしまう……)
でも、体は正直だった。
ミンジェの胸に預けた背中が、勝手に彼の体温を求めて少しだけ力を抜く。
ミンジェの腕に力がこもった。
「追い詰められている君を、このまま一人にしておけない」
彼の唇が、ほとんど耳に触れそうな距離で動いた。
「……すまない。我慢のつもりだったが……もう、限界だ」
その一言で、ジミンの胸の奥が熱く痺れた。
(限界……?課長が……私のことで、限界だって……?)
ジミンは震える手で、そっとミンジェの腕に指を絡めた。
触れられた部分から、じんわりと甘い疼きが広がっていく。
オフィスの照明だけが、二人の影を長く、濃く床に落としていた。
ミンジェの抱擁は、逃げられないくらい強く、
でもどこか必死に堪えているようにも感じられた。
ジミンは目を閉じた。
(……このまま、壊れてもいいかも)
その夜、二人の間にあった「触れない距離」が、
静かに、しかし確かに音を立てて崩れ始めていた。




