第16話 炎上(前)
午後3時過ぎ、ジミンのデスクの電話がけたたましく鳴った。
画面に表示されたのは、担当している大型クライアントの担当者名だった。
ジミンが電話を取った瞬間、怒鳴り声が飛び込んできた。
「キムさん! これはどういうことだ! 納期が1週間も遅れるなんて、事前に一言もなかったぞ!」
ジミンの顔が一瞬で青ざめた。
(……え? 納期遅れ? そんな話、聞いてない……)
慌てて自分のスケジュールとメールを遡るが、確かにクライアント側から「今月中に欲しい」と言われていた資料の最終チェックが、チーム内でずれていた。
電話を切った後、ジミンは真っ青な顔で立ち上がった。
「課長……」
ミンジェが自分のデスクから顔を上げた。
「どうした」
「すみません……私が担当しているD社の案件ですが……。納期が1週間遅れることになって、担当者がかなり怒っていて……先方の役員会に提出する資料だったそうで……」
オフィスが一瞬、静まり返った。
ミンジェはすぐに立ち上がり、ジミンのデスクに近づいてきた。
「まずは状況を整理する。その後対応を考える」
ジミンは震える手で資料とメールを開きながら説明を始めた。
説明すればするほど、自分の確認不足が浮き彫りになり、声が小さくなっていく。
ミンジェは黙って聞きながら、ジミンの肩に軽く手を置いた。
「落ち着け」
その瞬間——ジミンの肩がビクッと震えた。
ミンジェの大きな手が、彼女の肩をしっかり掴んでいる。温かくて、力強い感触。
由布院の件以来、ほとんど触れられたことのなかった体が、一瞬で熱くなった。
ミンジェ自身も、自分の手が自然に動いてしまったことに気づき、わずかに指に力を込めたまま、すぐに離そうとした。
しかし、ジミンが小さく息を飲む音を聞いて、その手を離すタイミングを失っていた。
「……すまない」
ジミンにだけ聞こえる、低く掠れたかすかな声。
ジミンは肩に残る熱を感じながら、ただ俯くことしかできなかった。
(……触れた。課長が、私に触れた……)
オフィスの空気が、いつもより少しだけ重く、熱を帯び始めていた。




