第13話 頑張り屋の背中
オフィスに響く、カタカタというタイピング音だけが静かに続いていた。
ジミンは集中すると周りが見えなくなるタイプだ。
その背中を、ミンジェは少し離れた自分の席から、黙って見つめていた。
(……まだ、終わらせる気配がないな)
時計の針はとうに22時を回っている。
他のメンバーは「お疲れ様です!」と足早に帰っていったが、ジミンは資料の細かな数字のズレが気になって、何度もエクセルとブラウザを往復している。
ミンジェは自分の作業などとっくに終わっていたが、わざと新しいメールを打ったり、未読のニュースをチェックしたりして時間を潰していた。
「キム・ジミン」
声をかけると、彼女は「ひゃっ!」と小さく変な声を上げて肩を跳ねさせた。
「……あ、課長。すみません、集中してて」
「根を詰めすぎるな。その辺りで切り上げろ」
「でも、これ明日までに……」
「俺が見る。半分よこせ」
ミンジェはそう言って、強引にジミンの隣に椅子を引き寄せた。
ふわりと、シトラスとウッドが混ざったような、爽やかで少し冷たい香りがジミンを包んだ。
(近い……っ)
ジミンの心臓が急にうるさくなった。
隣で淡々とキーボードを叩くミンジェ。
「仕事とそれ以外を混ぜるな」と言った本人が、今一番「それ以外」の空気を自分に浴びせていることに、一体気づいているのだろうか。
ジミンは自分の指先が震えるのを隠すように、マウスを強く握りしめた。
(課長は、どうして平気なの……?)
ミンジェの横顔は、相変わらず冷たく、そして美しかった。
ジミンがその香りに翻弄されている一方で、ミンジェもまた、キーボードを叩く力を無意識に強めていた。
視界の端に入る、ジミンの後れ毛と、一生懸命に画面を見つめる熱を帯びた瞳。
「……今日はここまでだ。残りは明日、俺がやる」
ミンジェの声が、わずかに低く、かすれた。
彼はジミンの方を見ないまま、カチリとPCを閉じた。




