第10話 変わらない日々
仮婚約契約を交わした次の日も、会社は本当に何も変わらなかった。
朝の挨拶も、呼び方も「キム・ジミン」「チェ・ミンジェ課長」のまま。 会議での指示も、資料のチェックも、いつもの通り淡々としている。
他の社員の前では、二人とも完璧に「上司と部下」を演じ切っていた。
周囲から見れば、何も変わっていない。
(変わらない、ってこういうことなんだ)
ただ、少しだけ違うことがあった。
退勤時間が遅くなった夜、ミンジェが短く言った。
「送る」
それだけ。
ジミンが「大丈夫です」と言っても、ミンジェは「いいから乗れ」と一言で切り、 結局同じタクシーで送られることになった。
車の中はほぼ無言。
ミンジェは前だけを見ている。
ジミンは膝の上で手を握りしめながら、内心でずっと考えていた。
(……仮婚約者なのに、なんで何も言わないの? 手を繋ぐとか、肩を抱くとか……そういうのは一切なし?仮婚約者は、かりそめの恋人ではないの……?)
ある雨の夜も同じだった。
マンションの入り口まで送ってもらった時、ミンジェは自分の傘をジミンに差し出して、 自分はコートだけで雨に濡れながら車に戻っていった。
「おやすみ」
それだけ言って、去っていく後ろ姿。
ジミンは傘の柄を握りしめたまま、アパートのエントランスで立ち尽くした。
(仮の婚約者なのに……なんでこんなに距離を取るの? )
家に帰ってベッドに横になっても、眠れない。
仮婚約者という言葉だけが与えられて、 実際は何も変わらない。
触れられることも、甘い言葉をかけられることもない。
それでも、毎夜のように夢を見る。
それが、ジミンにとっては想像以上に辛かった。
(私だけが毎日夢を見て、胸がざわついてるってこと……?)
枕に顔をうずめる。
(3ヶ月……このまま3ヶ月過ごすの? 私、ほんとに耐えられる?)
一方、ミンジェはというと——
会社ではいつも通り冷静で、ジミンを見る目もほとんど変わらない。
ただ、時々、誰も見ていない瞬間に、ジミンを見つめる視線が少し長く止まることだけが、 彼が自分を強く抑えている証拠のようだった。




