第11話 触れない距離
仮婚約から数週間が経った頃。ジミンは徐々に気づき始めていた。
この「仮の婚約者」という関係は、表向きは何も変わらないどころか、むしろ以前より距離が感じられるようになっていた。
ある夜、残業が終わってタクシーに乗り込んだ時、
ミンジェが珍しく先に口を開いた。
「明日のプレゼン資料、問題ないか」
「……はい。大丈夫です」
短いやり取りだけで会話は終わる。ジミンは窓の外を眺めながら、唇を軽く噛んだ。
(仮婚約者なのに……なんでこんなに事務的?持ちかけてきたのはミンジェ課長なのに……)
タクシーが赤信号で止まった瞬間、ミンジェの指がジミンの膝近くで止まった。
一瞬だけ。
でも結局、何も触れずにまた膝に戻る。
そのわずかな動きに、ジミンの心臓が跳ねた。
ミンジェはまっすぐ前を見ている。
(……今、触れようとした?それとも気のせい?)
家に着いてタクシーを降りる時、ミンジェはいつものように短く言った。
「おやすみ」
ジミンは振り返って小さく頭を下げた。
「……おやすみなさい、課長」
ドアを閉め、ジミンはその場に少しの間立ち尽くした。
(3ヶ月……このまま何もないまま終わるの?それとも……)
その夜も、ジミンは夢を見た。夢の中でミンジェは彼女の前に立ち、今度は正面からそっと抱き寄せて——
目が覚めた瞬間、ジミンは枕を抱きしめて小さく呻いた。
「……もう、ほんとにヤバい」
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一方、ミンジェは——自宅のベッドで天井を見つめながら、静かに息を吐いていた。
(ジミン……)
あのタクシーの中で、膝に触れそうになった自分の指を思い出す。
由布院の一件以来、彼女のことを考えるだけで体が熱くなる。
以前から、ジミンのことが目についていた。
何度も資料を直しては、あきらめずに提出してくる姿。
クライアントの前で小さくなっても、決して意見を曲げないところ。
そんな彼女を、ただの部下として見ているつもりだった。
……本当は、ずっと前から気になっていた。
だからあの日、湯気の中で彼女の裸を背中で隠した瞬間、今まで抑え込んでいた感情が、一気に溢れ出した。
しかし、中途半端に手を出して、彼女を傷つけるわけにはいかない。
(もう二度と同じ過ちは繰り返さない。
3ヶ月……ちゃんと確かめないと)
ミンジェは目を閉じた。指先が、シーツを軽く握りしめていた。




