98 悪の企て3
「母上。さっき父上が僕の部屋に来て、アマンド男爵家に婚姻申し込み書を送っておくと言ってくれました!」
フランクが部屋から出て行ってすぐ、フリードはマーサのところへ行ってフランクと話した事を報告した。喜んで興奮気味のフリードとは対照的に、マーサはそれを聞いて不安そうな顔になった。
「あの人が、わざわざあなたの所へ行ったの?一体何を話したのか教えてくれる?」
マーサに尋ねられ、フリードは自分とフランクのやり取りを注意して思い出した。
「父上はまず僕に、母上の実家から縁談が来ているが知っているかと聞きました。僕が驚いて知らないと答えると、母上が僕の了承も得ないで進めようとしているのは感心しない、俺から断ってやろうかと聞いてくれたんです」
「あの人が、そんな事を」マーサの顔が強張るのに気づかず、フリードは続けた。
「僕はアマンド男爵令嬢への結婚申し込みをお願いしたばかりなのに、母上の実家から縁談というのは妙だなと思いました。それで縁談の相手が誰なのか、父上に確認したんです。
そうしたら父上がアマンド男爵家だと言うので、これはきっと母上が、話をうまく進める為に実家からの紹介と言ったんだと分かりました」
「そう。その通りよ、フリード」マーサは力無く答えた。
「だから僕は父上に、アマンド男爵家なら家格も評判もうちに釣り合うから、話を進めて貰って構わないと伝えました」
マーサに話すうちにフリードは、フランクが自分の部屋までわざわざ来た事に違和感を感じ始めた。普段ほとんど言葉を交わそうとせず、目も合わせない父親が、自分を気遣って縁談をどう思うか聞きに来るだろうか。フリードは急に心配になってマーサに尋ねた。
「父上は、本当に婚姻申し込み書を送って下さるでしょうか。僕の対応は、間違っていませんでしたか」
(フランクはさっき私から婚姻申し込み書を取り上げて出て行った時、何か疑いを抱いている様だった。それはフリード自身がアマンド男爵令嬢との婚姻を望み、私に頼んだのではないかという疑いだったのか。それとも、フリードがアマンド男爵令嬢を知っていて、相手が彼女と分かれば喜ぶのではないかと疑っていたのか。いずれにせよフリードがどんな反応を示すか見る為に、ここ数年近寄りもしなかった息子の部屋へわざわざ行ったに違いないわ)
「フリード。あなた、アマンド男爵家が相手だと聞いた時、自分がどんな反応をしたか覚えてる?嬉しそうな顔はしなかった?」
「多分していない…と思います。母上が父上に結婚は僕の希望だと伝えていなかったので、知らない振りをしました。喜んだりしていません」
「そう…。それなら大丈夫だと思うけれど。私がさっきあなたに、もっとはっきり注意しておけば良かった。嫌な話をしたくなかったから、フランクがあなたの結婚をどう思うか、予想出来る事を伝えなかったけれど、彼は間違いなくあなたが幸せになるのを望んではいない。
だからこの結婚が本決まりになるまで、ううん、実際に結婚式が終わるまで、あなたはフランクの前ではアマンド男爵令嬢を何とも思っていない様に装わなければならないわ」
フリードは、自分が父親に疎まれていると感じてはいたが、マーサにここまではっきり言われ、少なからずショックを受けた。
「どうしてですか。何で父上は僕の幸せを望んでいないのですか」
「それはあの人が持てなかったものを、あなたが持っているからね」
「父上が持てなかったもの?」
「ええ。まずあなたは私に愛されているし、おじい様もあなたには優しかった。それにこの家のせいで遠巻きにされても、学院で友人も出来て孤立していない。あなたは生き生きと過ごしているわ。そういう何もかもが、あの人は許せないの」
「父上も僕や母上と普通に話をして、一緒に家族として仲良く過ごせば良いではないですか。何故それが出来ないんでしょう」
マーサはフリードの言葉を聞き、首を横に振った。
「フリード。幸せは、自分の中にしかないの。自分がそれを幸せと認めなければ、何を手に入れても満足出来ないで不幸なのよ。
そうしているとやがて、自分が何を望んでいるのかも分からなくなり、常に人の持ち物を羨み、人の不幸を望み、幸せを憎む様になるわ。…フランクは家族で穏やかに過ごしたいなんて、望んでいないの。少なくとも、私にはそう見えるわ」
「母上。僕はもしローズと結婚出来たらそれだけで幸せだし、そこに母上もいてくれたらもっと幸せです。無理かもしれませんが、家族として、いつか父上を幸せに出来れば良いとも思います」フリードの澄んだ目を見て、そんな未来は決して来ないと知りながら、マーサは微笑んで答えた。
「そうね。そんな日が来ると良いわね」
(フリードは、アマンド男爵家と聞いて安堵していたな)
その頃フランクは、さっきの会話とフリードの表情を思い出してほくそ笑んでいた。
最初に縁談の話があると言った時は驚いて狼狽えていたのに、断ろうかと言うと急に用心深くなり、相手は誰かと聞いてきた。
(あいつは俺を信用していないから、怪しいと思ったんだろう。しかしアマンド男爵家と聞くなり了承するとは、フリードもまだまだ子どもだ)フランクは内心で嘲笑い、きっとフリードがアマンド男爵家との婚姻を望み、マーサに頼んだんだと確信した。
(という事は、あの娼婦の言っていたのは本当だったんだな。金髪碧眼の美貌で、優しい性格の令嬢だったか。しかしアマンド男爵家の娘が、そんな善良な女であるものか。大方その伯爵とやらは、娘の美貌に目がくらんで簡単に騙されたんだろう。
あの家は娘を高く売る為に躍起になっているそうだから、娘もよくよく躾けられているはずだ。
フリードはその女と学院で知り合って、まんまと丸め込まれたんだろうな)
フランクはこの縁談についてほとんど正解を導けていたが、自分が下卑た考えしか持てないので、ローズが本当に善良な娘で、フリードが彼女に心からの愛情を抱いただけだとは考えられなかった。
(このままフリードがその娘と結婚してもどうせ上手くはいかないだろうが、アマンド男爵家風情にカラバン子爵家の財産を食いつぶされるのは避けたい。それに、フリードがその女を気に入っているのは確かだから、結婚出来たら喜ぶだろう。あいつを喜ばせるのも癪に障る)
フランクは、マーサが自分に嘘をついてサインさせようとした婚姻申し込み書をじっと見つめ、考え込んだ。マーサがフリードの願いを叶える為、自分をうまく誘導して動かそうとした事が忌々しく、報復してやりたいと思った。
(マーサ、あの女。フリードを産んでから父上が許すからと、俺を軽んじて自分の要求を通す様になった。今回も俺を騙して、この書類にサインさせようとしていた。
フリードを産み、仕事も出来るから妻のままにしておいたが、もうどうせ父上の目も無いんだ。そろそろ離縁するか始末して、あいつの分の仕事はフリードにやらせれば良い。どうせいつかはフリードがやる事になるんだから、今から覚えて損はないだろう)
フランクはマーサを離縁した後、次の妻をどうしようかと考え、アマンド男爵家の娘が美貌だというのを思い出した。
(そうだ。この娘を俺の妻にすれば良いじゃないか。そうなればフリードがどんなに悔しがるか、考えただけでも面白い。どうせこの家は悪名高いカルバン子爵家で、俺はそこの跡継ぎなんだ。
この娘を手始めに、俺も父上の様に暮らしても悪くないな)
マーサが作成したアマンド男爵家へ送る婚姻申し込み書を、フランクは見直した。
この申し込み書には、カラバン子爵家令息が相手としか書かれていない。
(俺だって子爵家令息だから、俺が相手でも構わないだろう。どうせあの家は金さえ入れば良いんだ)
たとえアマンド男爵家が相手をフリードだと思ったとしても、承諾の返事が来たらすぐにマーサを離縁すれば良いとフランクは考えた。もしもマーサが抵抗したら、事故を装って始末してしまおうか。その時はせめてもの慈悲でマーサをカラバン子爵家の墓へ入れてやろうと、フランクは笑った。
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