9 アラン・ガードナー伯爵
「アラン様!お久しぶりです。お変わりなさそうで良かったわ」
カミラはアランを輝くような笑顔で歓迎した。
馬車から降り立ちトーマスと挨拶を交わしていたアランは、優しくカミラを見て応える。
「久しぶり、カミラ。君も元気そうだね。二人共、ステファンに祝いをありがとう」
カミラは女主人として、優雅にアランを招き入れた。
「気に入って下さっていれば嬉しいのだけど。さあ、どうぞお入りになって」
「ありがとう」
いつの間にかカミラがアランの隣に並んで邸内へ入り、後ろにトーマスが続いた。
トーマスとカミラが並んで座る対面のソファにアランはゆったり腰かけて、紅茶を飲んでいる。カミラはアランを熱心に見つめ、トーマスは自分が妾を持った事を隠しているせいか、どこか居心地悪そうな顔をしていた。
「この前貰っただけでも有難かったのに、カミラがステファンの祝いと一緒に送ってくれたお陰で、うちでもずっとこのお茶を飲んでいるよ。マーガレット二人で、いつも感謝している」アランが嬉しそうに言うと、カミラが我が意を得たりと答える。
「アラン様達が喜んで下さっているなら、お送りした甲斐がありました。でも今日はお茶の事より、ステファン様のお話を聞きたいわ。もうすぐ十か月くらいかしら?絵姿はお持ちじゃないの?」
「実は持って来たよ。君たちの贈り物の産着を着せて、銀のスプーンと一緒に描いてもらった」
アランが布に包まれた小さな絵を出してテーブルに置くと、トーマスが手を伸ばすより先に手に取ったカミラが、食い入る様にそれを見て感嘆の声を上げた。
「まあ!アラン様にそっくりじゃないの。金髪で青い目の男の子なのね。私の刺繍した産着なんて恥ずかしいけど、着て貰えて嬉しいわ」
「本当にアランにそっくりだな。ところで、マーガレットは元気かい?もう回復していると思ったが、何か用事でもあったのかい」カミラから絵姿を受け取って眺めていたトーマスが尋ねた。
「領地の教会でちょうど資金集めのバザーがあるんだ。マーガレットはその中心で忙しくしてるんだよ。バザーに出す刺繍したハンカチを、近隣のご婦人や孤児院の子ども達に指導して大量に作って売るんだ。かなりの収益になるし、孤児院の子ども達もそれで刺繍の仕方を覚えて、将来に生かせるって喜んでいるよ」
「確かに、マーガレットは刺繍が好きだったな。学院に入ったばかりの時はあまり得意じゃないと言っていたが、結婚前に君に贈った、家紋の刺繍が入ったグローブは見事だった」
「うん。でも、カミラの刺繡も素晴らしいよ。ステファンの産着もあんなに沢山ありがとう。確か昔トーマスにあげるハンカチの練習で、俺にも一枚作ってくれたよね。あれ、今も大事に持っているよ」
「まあ、恥ずかしいわ。あれは本当に未熟な頃の品なのに。でも、持っていてくださるなら嬉しいです」頬を紅潮させてカミラは声を弾ませた。
「俺だってちゃんと君に作ってもらった品は持ってるさ」トーマスがつぶやくと「そうね」とカミラは微笑んだが、その目はアランだけを見つめていた。
アランが到着してトーマスとカミラが出迎える光景を、ローズは離れの二階の部屋から眺めていた。
(アラン様。久しぶりに見るわ。マーガレット様が言っていた通り、陽の光の様な方)
ローズはアランとマーガレットが学院で並び歩く姿を、一年生の時に見かけてはいたが、アランがすぐ卒業してしまったので容姿はあまり記憶に残っていなかった。
どんな姿だったか考えていると、昔マーガレットと交わした会話を思い出した。
『ローズは髪も目も、アラン様の色と同じで羨ましいわ』
『そうですか。私はマーガレット様の栗色の髪と緑の目が大好きですけど』
髪色は確かに自分と似ているが、離れからは目の色までは見えない。
それよりもローズは、カミラがアランに近づき過ぎていて気になった。
カミラも昔からの友達と聞いていたが、親友のトーマスよりも仲良さげに振る舞っている。
(トーマス様は、マーガレット様が来ないから男同士でとおっしゃっていたけど、全くそういう風では無いわ。むしろトーマス様が…)
そこまで考えた所で「お茶をお持ちしました」とノックの音がして、ローズは窓から離れた。
ローズはお茶を用意しているメイドに何げなく尋ねた。
「ガードナー伯爵はトーマス様と古くからのお友達なのよね」
マーガレットからよくアランの話は聞いていたが、トーマスやカミラの事はほとんど聞いた事が無かったので気になったのだ。
「はい、旦那様とアラン様は小さい頃からのお友達です。奥様は十歳で旦那様と婚約されましたから、それからはよく三人で過ごされていましたよ」
「まあ、それでは皆様幼馴染なのね。学院に入られてからは、アラン様の奥様もここに遊びにきたの?」
「アラン様の奥様はご結婚後に一度いらしただけです。元は子爵家の方なので、伯爵家の奥様とはお話が合わなかったのではないですか」と馬鹿にした口調で答えた。そして「ローズ様、まだ本日の散策はされていないですよね。お茶が終わりましたら、きちんと運動なさって下さいね」と釘を刺して出て行った。
メイドが去って「それなら元男爵家で平民の私は、物の様に扱われても仕方ないわね」ローズは独り言ちた。
お茶の後、ローズは言われた通り離れの庭に出た。元々庭に出るくらいしか外に出る時間はないので、悪天候でない限り散策は進んでやっていた。冬が近づいているので花はあまり無いが、その代わり赤い実をつける低木や、小道に配置されたまだ残っている紅葉が、気持ちを慰めてくれた。今日はガードナー伯爵が来ているお陰で、カミラの訪れがないのも気が楽だった。
本邸との境目にある生垣に来た時、アランがシュタイン家の新しく購入した馬車へ何かをしているのが見えた。
あちらからは見えないが、こちらからは生垣の隙間からちょうど三人が見える。
アランが馬車へ向けて呪文を唱えると、ローズのいる方まで風が通り、馬車の車輪が若干浮き上がった様だった。
「これで軽くなったよ」アランがトーマス達に振り返った時、生垣の隙間からのぞく自分と目が合った様な気がしてローズは焦ったが「すごいわ。早く乗りたい」カミラのはしゃいだ声がして、トーマスも「ありがとう、アラン」と話しかけたので、すぐにアランの目は逸れた。
ホッとして尚ものぞいていると、トーマスがアランの肩を叩いて「気を付けて。今度は是非マーガレットも連れて来いよ。よろしく伝えてくれ」と話していた。
“マーガレット”という名前に隣にいたカミラの顔が一瞬ゆがんだ気がしたが、アランがカミラに向き直った途端、笑顔に変わった。
(カミラ様は、アラン様に特別な気持ちを持っているのかしら)
もてなしへの感謝の言葉を受け、目を輝かせ嬉しそうにアランを見つめる姿は、どう見ても恋をしている女だった。横に立つトーマスは気づいているのかいないのか、まだ馬車の話をしている。
ローズは、カミラが妾として金髪碧眼の女を求めていた理由が分かった気がして、おぞましい気持ちになった。今までは、自分はともかく腹の子は、シュタイン家の跡取りとして大切にされると思い込み安心していた。しかしカミラとトーマス、二人の歪な在り方を目の当りにして不安が募り、初めて腹の子の行く末を案じた。
うすら寒くなったローズは、回れ右をして足早に自分の部屋へ戻ろうとした。
すると、珍しく庭師のガイという男が近づいて来た。
「遅咲きの薔薇が咲いたので、どうぞ」差し出された赤い薔薇をローズが受け取る時、一緒に手紙を渡して、庭師は素早く去った。
ローズが表書きを見ると、そこには懐かしいマーガレットの字があった。
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