10 マーガレットからの手紙
親愛なるローズ
ずいぶん長い間ご無沙汰してしまったけれど、またあなたと繋がることができるなら、とても嬉しいと思います。私たちの学院で過ごした4年間と、互いに手紙を送り合った1年は私の宝物であり、今も決して忘れない時間です。
今回アランからトーマス様の邸を訪問する話を聞いた時、私は一緒に行くかどうか迷いました。あなたに一目でも会いたいという気持ちはあったけれど、トーマス様とカミラ様があなたを紹介してくれそうにないと思ったのと、あなたが私達に会う事を望んでいるかが分からなかったからです。
そして、私自身はトーマス様とカミラ様に会いたくありませんでした。
こんな事を書いて、あなたは気を悪くするかもしれません。もしそうなら本当に申し訳ないけれど、私はどうしてもあの二人があなたに押し付けた立場を悔しく思い、今まで通りあの人達と友人の様には振る舞えないのです。
《友人の様に》と書いた事であなたも気づいたと思いますが、私はあの人達と友人だった事はついぞありません。
トーマス様とアランは幼い頃からの友人で、カミラ様もトーマス様の婚約者になった時から親しく付き合ってきたそうです。三人の他愛無く微笑ましい思い出を、私も沢山、アランからもトーマス様からも聞きました。それは三人の友情で、私はあくまでも学院の下級生であり、アランの婚約者でした。
その事に全く不満はありませんが、三人の中に潜む危うさを、いつも私は恐れていました。今もそれは変わりません。
トーマス様もカミラ様もあなたの事をアランにさえ話さないので、あなたがシュタイン家でどんな風に暮らしているのか、全く分からずにいます。ただトーマス様は優しい方ですから、あなたが少しでも幸せを感じている事を願うばかりです。
私があなたにした約束は、今もちゃんと覚えています。もしもあなたが本当に私の助けを欲する事があれば、どんな方法でも良いから、ためらわず求めて下さい。
そしていつかあなたをまた友と呼んで、一緒に歩きたい。
この手紙は、アランに頼んで昔馴染みのガイという庭師の方に託して貰います。
ガイには、あなたの手に渡るのが難しければ、焼き捨ててくれる様に頼むそうです。
どうかあなたの手に無事届いて、今読んでくれていますように。
あなたの友、マーガレット
ローズは読み終わった手紙を膝の上に置き、しばらくの間手のひらで感触を確かめていた。マーガレットの与えてくれる癒しが伝わってくる気がして、守られている様な気持ちになれた。
それから手紙をどこにしまおうかと考え、メイド達に見つかりそうにない、男爵家から持ってきた粗末なカバンを思いついた。本当はまた庭師に頼んで焼き捨ててもらう方が良いとは分かっていたが、どうしてもそれは嫌だった。
(あのカバン、どこに置いたかしら)クローゼットの奥の方を探してみると、隅で埃をかぶっているのが見つかった。開けてみると、急がされて家を出た際に無意識に詰め込んだあれこれがそのまま入っていて、ローズはこれならちょうど良いと、一人うなずいた。出来るだけ底の方に隠そうと手を差し入れた時、何か温かい物に触れた気がしたローズは驚いて手を引っ込めた。
恐くなってカバンを逆さにして振り、中身を全て床に出してみると、自分の為にマーガレットが刺繍してくれたハンカチが出て来た。
(どうしてこれが、このカバンに入ってたの? 私がマーガレット様から頂いたハンカチは、アマンド男爵夫人に取り上げられたはずなのに)
ハンカチを広げて良く見たが、確かにマーガレットが『ローズの無事を祈って聖魔法をこめて刺したから、きっとあなたを守ってくれるわ』と言って薔薇の花を刺繍してくれた物だった。
大事にしていたのに、アマンド夫人に目ざとく見つけられ『良い絹を使ったハンカチじゃない。あんたには勿体ないから、私が使ってあげる』と取り上げられ、それきり返ってこなかった。
(私を守ろうと戻って来てくれたのかも。マーガレット様、ありがとうございます)今度こそ誰にも奪われない様、ローズは手紙と一緒にカバンの奥底へ再び大切にしまった。
「アラン、お帰りなさい」
「ただいま。マーガレット、ステファン」
王都から帰ってきたアランは、玄関まで出迎えてくれた愛しい妻子の姿に頬を緩めた。
すぐにキスを贈りたかったが、帰宅時は身体を清潔にしてからでないと触れてはいけないと厳しく言われている為、グッと我慢して笑顔で応えるだけに留めた。
急いで浴室へ行って身を清め着替えてから、二人の待つ家族の居間へ向かう。
「マーガレット、やっと君に会えて嬉しいよ。ステファンも良い子にしていたかい」
長椅子に三人で座り、ステファンが喜んでアランの膝に乗るにまかせ、マーガレットの肩に手を回して口づけた。
「王都はどうでした? 商談はうまくいった?」
「ああ。俺が君の為に考えた冷たい風を作る魔法を、新しい発明品のファンに魔石として組み込む案が好評でね。魔石が高価でも、生ぬるい空気を送るだけよりずっと涼しいから、貴族は皆欲しがってたよ。魔法式を高額で売ってしまっても良かったんだが、これからの利益を考えて、製品の売り上げの三割を貰う契約を結んできた」
「それはすごいわね」
「馬車への風魔法も同じ様に魔石に組み込んで売れたし、君の為に考える事は家の為にもなるから素晴らしいよ。さすがマーガレットだ」
「私は何もしてないわ。あなたがしてくれているだけよ」
笑い合ってから、マーガレットは真剣な顔になり「シュタイン家はどうだった?トーマス様は、何か言っていた?」と尋ねた。
聞かれたアランの顔は少し悲しそうだった。
「トーマスもカミラも、君の友人や妾の話を俺には全くしなかった。カミラは女性だし、正妻の立場だから仕方ないだろうけど、トーマスには話して貰いたかったな。まあ、外聞を考えれば、人に言いたくないのは分かるけれど」
「そうね。手紙は渡してもらえたかしら」
「トーマスが話してくれなかったから、打ち合わせ通り庭師のガイにこっそり頼んで来た。彼は本邸と離れ両方の庭を見ているから、彼女を知っているか聞いたんだ。やはり、離れに君の友達はいるらしい。邸から出ないけど、庭は散歩しているそうだよ。もし会えなければ、燃やしてくれるようにちゃんと伝えたから安心してくれ」
昔馴染みのガイに、アランがその女性の事を尋ねた時、彼はしばし逡巡して言葉を濁した。だがアランが「彼らには秘密だけど、実は彼女は僕の妻の友人なんだ。妻が心配していてね」と打ち明けると、「そうですか…」と考えた後に「確かに、そういう女性が離れにいます。毎日散歩をしているので、時折離れの庭で見かけます」と教えてくれた。
「ガイが言った事は誰にも言わないと約束する。もし出来たらで良いんだが、この妻からの手紙を、彼女に渡してくれないか。渡せなかったら、燃やして欲しい」
ガイはその手紙を受け取って、そこから更に声をひそめて「奥様のお友達は、妊娠していらっしゃいます」とアランに告げ、その場を去った。
「マーガレット。ガイが言うには、君の友人、ローズは妊娠しているそうだ。俺は彼女の姿は見ていないけど、出立の時に生垣からのぞいていたのが、きっとローズだと思う。一瞬だけど目が合って、俺を見て焦っていた。あの家に青い目はいないから、間違い無い」
「妊娠ですって。ローズは、すぐにトーマス様の子を孕んだのね。アラン、あなたが見たのは間違いなくローズよ。彼女はあなたと同じ色なの。私は、あなたと同じ色だから、彼女が選ばれたと思ってるわ」
「俺と?あの家には無い色じゃないか」
「そうね。あの家にはきっと生まれない色ね」
マーガレットは、物憂げに遠くを見つめた。
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