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いつかあなたを  作者: Jun
救済の世界

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77/83

77 再会3

 ローズは自分の顔を触る手の感触に目を覚ました。

「ふふ。くすぐったいわ、お母さん」普段通り声を出したつもりが、妙にしゃがれたかすれ声になり、うまく喋れないのに気づく。

(あれ、ここはどこだろう。お母さん?もう朝なの?)

 目を開けようと思うけれど、頭も身体も全体が重苦しく、なかなかはっきり目覚める事が出来ない。

「あー!」急に顔の側で大きな声がして、ぺちぺちと小さくて柔らかい手が頬を叩いた。

(レイモンド⁈)

 途端にはっきりと覚醒したローズは、重いまぶたを持ち上げて、自分をのぞき込む息子の顔を見た。

 黒いくせ毛に茶色の瞳、丸い頬を赤くしたレイモンドが、ベッドの脇に置かれた大きなソファから身を乗り出して、ローズに笑いかけた。

「レイモンド」掠れる声で呼びかけると、ソファに座って眠っていたもう一人の黒いくせ毛が茶色の目を開いた。

「トーマス様」ローズが自分の名を呼ぶ声に一瞬絶句したトーマスは、次の瞬間「ローズ。気が付いたか。良かった。本当に良かった」と泣き出した。

 レイモンドがそんなトーマスを面白そうに見て、ふざけていると思ったのか「ちちーえ!」と声を出して笑った。

(ああ。戻って来られたんだ)ローズは安堵して、二人を愛しさの籠った目で見つめた。


 あれからトーマス達は二台の馬車に分かれ、目覚めないローズとトム、ケイトを乗せて本邸へ戻った。馬車は大型で大人が四、五人乗っても余裕があるものだったが、誰がどの馬車に乗るか決める際は、なかなか一筋縄ではいかなかった。

 シモーヌによって、ケイトとトムが過去聖なる湖で姿を消したカミラの乳母と息子と証言されていても、現在の二人がどういう人間かは分からない。

 その為、出来れば二人は別な馬車、特にトムは男なので、アランかトーマスの二人と一緒の馬車が良いと考えられた。

 しかしカミラがどうしても、トムとケイトの二人と離れようとしなかった。そこで仕方なくアランが、カミラ、トム、ケイトと同じ馬車に乗り、もう一台にトーマス、ローズ、レイモンドとマーガレットが乗る事になった。

 トーマスは本当なら何を仕出かすか分からないカミラと、自分が同じ馬車に乗るべきだと思ったが、ローズと離れ難い様子を見ていたアランが自分があちらの馬車に乗ると、申し出てくれた。


「トーマス。今のカミラは、小さい女の子と同じなんだ。あの二人に会えてとても嬉しそうだから、きっと大丈夫。何も起こらないよ」

 マーガレットも「今のカミラ様に、何も悪い感じはしません」と言ったので、アランは念のために聖魔法を籠めたハンカチを何枚か持って、カミラ達の馬車に乗り込んだ。

 シモーヌはカミラの乗って来た馬車の御者の隣に座り、気まずい車内から出られたからか、ホッとした顔をしていた。


 本邸では先回りした騎士から、意識を無くしたローズとカミラの知り合いらしい二人を連れ帰ると連絡が入っていたので、ローズとレイモンドには以前使っていた離れが、トムとケイトには二間続きの客間が用意された。馬車が到着してトムとケイトが運び込まれる時、結局二間続きの一部屋は二人の側を離れないカミラが使う事になった。


 ローズが運び込まれた離れで目覚めたのは、森で発見された翌日の事だった。ローズはシュタイン家に来てからタウンハウスに移るまで、ずっと暮らしていたこの離れが懐かしかったが、ひどく遠い昔の様に感じられた。

 あまりに色々な事があったから、あの頃の自分と今の自分が全く別人の様に思えたのだ。それでもこの離れでまた、レイモンドとトーマスと会えたのは嬉しかった。

「トーマス様。私と一緒に二人の人がいませんでしたか」

 沢山のクッションを背中に置いてもたれかかり、運ばれて来たお茶を飲んで声が出る様になったローズが真っ先に聞くと、トーマスはうなずいた。

「ああ、君の近くに倒れていた男性と女性だね。彼らはまだ意識が無くて眠っているが、ここできちんと面倒を見ているから安心してくれ。気になるだろうが、まず君は医師の診察を受けて、食事を取って湯あみをしなければ。全て問題なく落ち着いたら、ゆっくり話をしよう」


 トムとケイトも無事にこの世界へ戻って来られたと知ったローズは、トーマスの言葉に従って医師の診察を受けて問題ないと診断された。その後侍女に手伝って貰って湯あみをし、身支度を整えて部屋に戻ったら、マーガレットが待っていた。

「マーガレット様!」「ローズ!」二人は駆け寄って抱きしめ合った。

「あなたが無事で良かった。聞きたい事だらけだけど、でもまずはこうして抱きしめさせて」マーガレットに抱擁され、自分も抱き返しながらローズは再会の喜びに涙を流した。

「マーガレット様。私も沢山話したい事があるんです。向こうの世界に行った時にあった事を、全部」


 二人がひとしきり泣いて落ち着いた頃、レイモンドを抱いたトーマスとアランが入って来た。実はローズとアランは、まともに顔を合わせるのはこれが初めてだった。マーガレットがアランをローズに紹介して二人はぎこちなく挨拶を交わし、トーマスが「もっと早く俺がアラン達に話していれば良かったんだ」と申し訳なさそうにする一幕があってから、皆は昼食を取る為離れのダイニングに移った。


 ローズはレイモンドとトーマスの間に座り、自分はレイモンドの世話を焼いて、トーマスからは世話を焼かれながら食事を取っていた。

 マーガレットは、ローズの元気そうな様子とトーマスとレイモンドの幸せそうな姿に頬を緩めつつ、さっきからどうしても気になっていた事をローズに尋ねた。

「ローズ、あなたから途轍もなく強い聖魔法の気配がするの。もしかしたらあなたは、聖魔法使いになったの?」

 レイモンドの口に小さく切った野菜を入れていたローズは、レイモンドが口を閉じて咀嚼を始めたのを確認してからフォークを置いて、マーガレットに向き直った。


「マーガレット様。後で全てお話しするつもりですが、私は今まで行っていた世界で、自分の魔法を取り戻しました。おっしゃる通り私は聖魔法使いであり、聖女です」

「聖女」その言葉を聞いて皆が息を呑む中、ローズの心には少しだけ不安がよぎっていた。

 マーガレットは「私の聖魔法なんて微々たるものよ。聖女の様に悪魔を封じ込めるなんてとても出来ないわ」と繰り返し言っていた。

 今ローズが聖女を名乗るのを聞いて、マーガレットの心に悔しさや妬みが生まれ、今までの様な関係でいられなくなったらどうしよう。

 どうしても母エリナとベルフリーデの事が思い浮かんでしまい、ローズは緊張してマーガレットの反応を窺った。


 しかしそんな恐れとは裏腹に、ローズが聖女と聞いたマーガレットは、感動で頬を紅潮させ勢い良く話し出した。

「ローズ。あなたが聖女だったなんて、素晴らしいわ。私は今までもずっと、あなたの心の在り方は普通の人とは違うと思っていたし、あなたにもそう話していたでしょう。何故なのか不思議に思っていたけれど、聖女だったと聞いて納得したわ。…ううん、私にとってはそれは反対で、あなたがそういう人だから、聖女だったのよ。この世界で、聖魔法の力が封じられていた訳は分からないけど、その力を失わなかったのは、あなたが強くて美しい心の持ち主だからよ」

 マーガレットはそう言うと「これで私たちが悪魔に立ち向かえると分かって、本当に嬉しいわ。自分の力不足を毎日嘆いていたけど、あなたを助ける事なら私にも出来るから」と涙を浮かべた。


「マーガレット様。ありがとうございます。私も、私に出来る事を精一杯やってみます。どうか力を貸して下さい」


読んでいただき、ありがとうございます。


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