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いつかあなたを  作者: Jun
救済の世界

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75/81

75 再会1

 トーマスがクレマチスの花束を供えて祈り始めると、他の者達もそれに続いて思い思い祈り始めた。地面に降ろされたレイモンドは、しばらくトーマスの側で一緒に祈りの姿勢を取っていたが、やがて飽きてしまったのか、塔の方へ向かってよちよちと歩いて行った。大人達は熱心に長い間祈りを捧げていたので、誰もその動きに気づいていなかった。

 レイモンドが塔に向かって半分程進んだ時に、祈りを終えて顔を上げたトーマスがそれに気づき、慌てて「レイモンド、一人で行ってはいけないよ。ちょっと待ちなさい」と言って抱き上げた。


 抱き上げられたレイモンドは、塔の方に行きたいと手を伸ばすので「これは、やっぱりレイモンドが作った物なのかい」などと尋ねながら、トーマスは塔に近づいて行った。塔の真ん前でレイモンドがトーマスの腕から身を乗り出して伸ばした手が円柱の壁に触れた時、しっかりと建っていた塔が全て砂に戻り土に還り、中に満ちていた清浄な水が、きらきらと光りをまき散らしながら空中に放たれた。


「わっ」いきなり放たれた大量の水に、頭から水をかぶると思ったトーマスは、レイモンドを抱いたまま後ろへ飛び退った。

 他の者も水が飛び散って来ると身構えたが、案に反して、人々の上に水が流れ落ちてくることは無かった。塔から放たれた清らかな水はそのまま輝く霧のヴェールに変化し、森の至る所へ漂い流れ全てを潤していった。

 それは聖水によって汚れを受けた場所や物が浄められていく様で、マーガレットはもちろん、アランやトーマス、護衛騎士達も全員周囲の空気が変わっていくのを感じた。


 マーガレットは、重苦しく暗い空気に包まれていた森が清らかな光に満たされていく中、自然に手を胸の前に組むと目を閉じて、女神に祈りを捧げていた。

(女神様。悪魔の為に命を散らし、無念と悔恨に満ちた魂をどうぞお救い下さい。この地に囚われた彼らを浄め、どうか天に導いてください)


 マーガレットが祈りを捧げている時、トーマス、アラン、護衛の騎士達は、いつの間にか自分達の周りを、何人もの人が取り囲む様に立っている事に気が付いた。

 驚きと恐れで立ちすくみ、取り囲む人達を見ていたトーマスが、その中の一人を見て「父上」と声を上げた。

 マーガレットが閉じていた目を開けそちらを見ると、剣を片手に下げているリチャードの姿が見えた。血に塗れ、無念の表情を浮かべていたリチャードだったが、霧に包まれ浄められていくうち全身が白く輝いて、手に下げていた剣も消えた。


「じい」トーマスの腕の中にいたレイモンドが、リチャードを呼んだ。

 リチャードはレイモンドのを見て満足そうに笑うと、笑顔のまま光となり天に昇っていった。

「父上。レイモンドを守って下さって、ありがとうございます」

 トーマスはリチャードの魂が浄化され、無事天に召されるのを見届けられて嗚咽を洩らした。アランも涙をこぼしながら、その肩を抱いた。


 気が付けば護衛騎士達もまた、団長や同僚騎士だった者の名を呼んで目を潤ませていた。それぞれが所縁のあった者を見送る事が出来た皆の心に、安堵と女神への感謝が広がっていった。

 清浄な霧に包まれ、人々の心に平穏が満ちたその時、どこかから吹いて来た強い風が、森を覆っていた霧を晴らした。

 急に明るくなった森を見回していた騎士の一人が、塔のあった辺りに横たわる人影に気づいて声を上げた。

「あそこに人がいる!」


 塔が無くなって、それを形作っていた砂が堆積している陰に、確かに人影が見えた。

 発見した護衛騎士はそちらに向かって走り、横たわる人影へ辿り着くとまず脈を取って生死を確認してから、身体をざっと見て怪我が無い事を確かめた。

 それからトーマスに向かい「シュタイン伯爵!金髪の若い女性です。意識はありませんが、息をしていて、怪我もありません」と叫んだ。


 金髪の女性と聞いたトーマスは、まさかという思いでレイモンドを抱いたまま走った。

「ローズ!」近寄ってみるとそれは紛れもなく、あの日姿を消したローズだった。トーマスは彼女であることを見て取ると急いでレイモンドを護衛騎士に預け、自分も膝をついて彼女が生きている事を確認した。彼女の背中を支え起こし鼻に手を近づけ、息をしている事が分かると辛抱できなくなり、その身体を抱きしめて泣いた。騎士の腕から降ろされたレイモンドも、大声で泣きながらローズに縋りつき、トーマスはレイモンドとローズ、二人を共に抱きしめた。


 マーガレットは呆然としながら、アランの腕を掴んだ。

「アラン。本当にローズが戻ってきてくれたわ。女神様の御導きよ」

「ああ。そうだね。本当に良かった」アランは自分の腕を掴むマーガレットの手を、上から優しく握って返事をした。


「まだこちらにも人が二人います!」他の護衛騎士が、砂の堆積の陰にまだ人が倒れている事に気づき叫んだ。

 「若い男性と年配の女性の二名です。二人共意識はありませんが、生きています。やはり怪我は無い様です。ガードナー伯爵、顔を見て確かめて頂けますか。私達シュタイン家の騎士には、見知った者ではありません」


 アランとマーガレットは、急いで二人の方へ歩み寄った。

「マーガレット。俺はあの人達がローズさんと一緒に、どこか別な場所から来たとしか思えない」

「そうね。私も、女神様の力で導かれた人達だと思うわ」

 アランとマーガレットは二人の顔を見たが、全く心当たりの無い者達だった。

 とりあえず今は、二人共息をして穏やかな様子で眠っているのに安心し、ローズが目を覚ませば二人が誰なのか分かるだろうと考えた。

 アランは皆一緒にシュタイン家に帰ろうと、トーマスへ声をかけた。


「トーマス。この人たちは確実に、ローズさんと一緒に現れたんだ。女神様が計らってくださったのに間違いはないから、一緒に邸へお連れして、意識を取り戻すのを待とうじゃないか。皆で三人を馬車へ運んで、急いで戻ろうよ。ローズさんを、ゆっくり休ませてあげよう」

「ああ、ああ。そうだな。アラン。何て奇跡が起こってくれたんだろう。俺はこんなに嬉しい事は無いよ」涙をぬぐおうともしないトーマスに、マーガレットはハンカチを差し出した。


「トーマス様。これからが本当の闘いになるはずです。まずはローズを安全な場所へ連れて行きましょう」と促し、トーマスの腕から泣いているレイモンドを抱き取った。

「お母さまが帰ってきてくれて良かったわね。…あら」

 マーガレットがレイモンドが持っている物に目を留めると、それは石で出来ている精巧なダリアの花だった。

「レイモンドが作った物みたいね。とても素敵だけど、いつの間に作ったの?」

 マーガレットは不思議に思いながら、レイモンドの泣いて赤くなった頬を撫ぜた。


読んでいただき、ありがとうございます。


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