73 見え無かったものと見えてきたもの
レイモンドが再び魔法を使う様になりアランとマーガレットは喜んだが、同時にシュタイン邸タウンハウスの二の舞になってはいけないと、すぐに屋敷中の使用人を集めさせた。
上級下級を問わず使用人全員が集められるのはガードナー家では前例の無い事だったので、居並んだ人々は皆不安と好奇心が入り交じった表情で、何が起こるのか待ち構えていた。
全員が揃った頃、家令のマルタンが進み出て、一人一人の顔を見ながら話し出した。
「皆は既に十分承知していると思うが、主家について他所で口外する事はタブーとされている。これまでガードナー家では各々の良識に任せていたが、今後は厳重にそのルールを遵守する様、それぞれ魔法契約を結んでもらう事になった。これを拒否する者は、当家で働き続けることは出来ない。その者には今までの勤務態度に応じ紹介状を書くので、ガードナー家を去ってもらう事になる」
いきなりの宣言に皆が騒めく中、マーガレットが家内を預かる女主人として、マルタンにエスコートされ姿を現した。大げさな話だと面倒そうな顔を隠していなかった使用人も、いつもは遠めに見るだけの伯爵夫人の登場により、事の重大さを理解し姿勢を正した。
「皆突然の話で驚いたでしょうが、主家の話を漏らさないなどは当然の事とわきまえていると思います。マルタンも言った通り今回の話は、ガードナー家で働く者は全員、その当然の事を遵守すると魔法契約で約束するだけの話です。
何かあった時に自分が話したのではないと証明する必要が無くなる為、これは皆さん自身を守る事でもあります。
それでも魔法契約までするのは嫌だと考える者は、ここで名乗り出てください」
互いに顔を見合わせていた使用人達も、これまで情報を外に漏らした、漏らしていないで争ったり、責められて辞めさせられた者もあったので、マーガレットの言う『自分の身を守る』には一理あると思い始めた。
そしてそう思った者は口々に「私は問題ありません」「喜んで契約致します」と声を上げ始めた。
ほとんどがそうなる中、幾人か具合の悪そうな顔をして黙っている者がいるのに、マーガレットは気づいた。
(あの者達はどこかの貴族家や、不届き者の息がかかっているのかもしれない)
マーガレットはマルタンにそっと目配せをすると、マルタンも心得た様子でうなずいて、自分の後継として育てている侍従を物陰に呼び、様子の怪しい者を調べる様指示を出した。
「あの者たちがいつ雇い入れられたか、素性はどうなのか、紹介状を再度確認しなさい。推薦者がいたらその人に連絡して、本当に推薦したかも確認するように」
結果としてその数人を除き、全員が魔法契約を結ぶことに積極的に同意した。皆が契約を終えるまで、レイモンドが魔法を使わない様に庭で遊ぶのは止めさせた。
様子のおかしかった者達は、その後内密に雇い主と相談したり、もしくは仲間に情報を話せなくても自ら行動すれば良いと判断してか、魔法契約をしても良いと言って来た。しかしその頃には調査が済んで、嘘の経歴や素性は暴かれていた。
幾人かは推薦者が捏造されたり、持って来た紹介状が偽物だった者で、幾人かはガードナー家の商才を妬む貴族家が、情報を得ようとスパイとして送って来ていた者で、そして幾人かはレイモンドの噂を聞きつけ、あわよくば誘拐しようと企む貴族家やならず者の手下だった。
「まさかレイモンドの魔法を秘密にする為の対策が、我が家に潜り込んでいた危険要素をあぶり出す絶好の機会になるとはな」
全ての処分、対応が終わり、やっと砂場で遊べるようになったステファンとレイモンドを見ながら、アランは横に立つマーガレットに言った。
「本当にね。今までは紹介状や推薦があって、その内容が良ければ雇い入れていたけど、今後は雇い入れる時、全員とガードナー家に敵対したり内情を洩らさない魔法契約を結ぶことにするわ。レイモンドだけじゃなく、ステファンだって誘拐の可能性があるんだもの。これまでが甘すぎたわ」
「人を疑うのは嫌な事だが、誰がいつ魔に魅入られるのか分からないのは、シュタイン家の事件で思い知ったからな…。マーガレットは昔から悪意を形として見てきて、人が嫌いにならなかったのかい」
「幼い頃、悪意が見え始めた時は嫌になったわ。それで神殿へ行って、悪意を跳ね返したり、無視する術を学んだの。今は私が見えても見えなくても、闇に落ちる人は落ちていくし、正しい道を選ぶ人はそうすると分かったから、気にしなくなった。
ローズはそういう意味で、とても強くて美しい人なの。だから彼女といると、私は安心していられる。
彼女は捨て子で両親を知らなくても、学園で他の生徒に蔑まれても、妾として売られても、レイモンドが後継から外されても、誰かを恨んで自分を憐れみ、絶望して立ち止まってはいなかった。少しでも良い事を見つけて、今をあがいて、自ら光差す方へ行こうとするのよ。だから、アラン。きっと彼女の事は、女神様が救って下さっていると思うわ」
遠くを見る様な視線で、マーガレットはローズを思い浮かべながら語った。
どこかへ行ってしまった大切な友人が、いつかきっとまた自分の前に姿を見せてくれる、そう信じていた。
「お父さま、お母さま! レイモンドがまたおもしろい物を作ってくれました」
遊びに夢中になっていたステファンが、レイモンドの作品を見せようとアランとマーガレットに声をかけた。
脇で見ている乳母と侍女も驚いた顔で歓声を上げて、レイモンドの作品を眺めている様子だ。
「ステファン、レイモンド。今行くわ。私たちにも見せて頂戴」
アランとマーガレットは手をつなぎ、二人の元へ歩み寄って行った。
レイモンドの魔法が復活して、その対応をするのにかなりの時間がかかった為、トーマスとタリム村へ行く日は、最初に手紙を交わしてから数週間後になってしまった。
アランはトーマスへ事の経緯を綴り、遅くなってしまった事を詫びる手紙を書いた。
それを読んだトーマスは「レイモンドの安全の為、君の家を煩わせてしまって済まなかった。こちらこそ詫びと礼を言わねばならない」と返事を書いた。また、アランの所にまでレイモンドを狙う輩が入り込んでいたのを知って恐ろしく思った事、その為出来るだけ早く、王家と話をするべきか悩んでいるとも書き添えた。
「タリム村へ行くのに君とマーガレットが来てくれたら、その件も一緒に相談させて欲しい」
アランもマーガレットも、レイモンドの土魔法の凄さを毎日自分の目で確かめていたので、王家へ相談したいと言うトーマスの話は是非もなかった。
そしてとうとうアランとマーガレットが、レイモンドと一緒にシュタイン家本邸を訪れる日がやって来た。
「カミラ。今日はアランとマーガレットが、レイモンドを連れて訪ねて来てくれるよ。俺と一緒にタリム村へ行って、父上の亡くなった場所へ花を手向けてくれるんだ」
トーマスは、自室で簡単な執務を行っているカミラへ声をかけた。
カミラは相変わらず意識をどこかへ置き去りにしたまま、機械人形の様に生活していた。彼女の世話はシモーヌがしてくれて、身だしなみも以前と同じ様に整えてくれるので、本当にカミラの近くにいる者にしか彼女の異変は知られずに済んでいた。
行方不明になったままのクラウスについても、クラウスは今までカミラと乳母としか接していなかった為、家の中の雰囲気は暗いものの、不在を悼む悲壮感は生まれていなかった。
嫡子が侍女に誘拐されている状態でも平穏に営まれている日常は、今のシュタイン家の歪さを表していた。
トーマスは自分から声をかけたものの、カミラの返事が無い事はいつも通りと気にせず、アランの馬車が到着するまで庭を散歩しようと思い部屋を出た。玄関を抜けて散策していると、薔薇の良い香りが漂ってくるのに気づいた。
(そういえば、以前アランが身重のマーガレットと訪ねて来てくれた時も、薔薇が綺麗に咲いていたな…。あれから何年が経つんだろう。あの時のカミラはアランが来るのが楽しみで、玄関ポーチに立ってずっと待っていた。あの時カミラの為に黄色い薔薇を切って貰おうと思っていたが、結局俺は庭師に頼んだのだろうか)
その時どうしたのかは思い出せないまま、トーマスは庭師を呼ぶと、黄色い薔薇を何本か切って、メイド長のシモーヌからカミラへ渡して貰う様に頼んだ。
それと一緒にリチャードが好きだった紫のクレマチスを花束にして貰って、森に持って行って供える事にした。
やがて家令のオリバーが、アランが到着したとトーマスを呼ぶ声がしたので、トーマスは慌てて玄関ポーチへ向かった。
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