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いつかあなたを  作者: Jun
救済の世界

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71 導かれる者達

 初めて黒い魔力を吸収した時ケイトが倒れたのは、カミラと別れてから二年が過ぎていたので、その間の分を一気に吸収して負担が大きかったのが原因だった。その後は絵本の少女が黒くなる度すぐに吸収するようにしていた為、苦痛であるのは変わらないが倒れる程の事にはならなかった。

 それでも四六時中黒い魔力を取り込んでいたケイトは、年を追うごとに身体が弱くなっていった。

 その頃にはトムは見習いを卒業して正式に神官として神殿で働き始めていたので、ケイトは神殿の仕事を辞め、トムと二人で小さな部屋を借りて家事に専念する様になった。

 北の神殿の神官たちはトムとケイトが女神様の導きでこの地に来たと知っているし、ケイトが女神様のお告げを受けるところも目撃されていたから、聖女からケイトへの浄化も頻繁にしてもらえて、二人は平穏に日を送っていた。


 しかしある日神官長からトムへ、南の神殿へ移らないかと打診がきた。

 それは安心して暮らしていた二人にとっては、青天の霹靂だった。

 トムはずっとここで働きたいと打診を断ろうとすると、神官長は「お前達がこの世界に来てからかなりの時が経った。他の土地の神殿で、見聞を広げても良い頃だろう。これから行く南の神殿にも、母上の浄化の事はきちんと伝えておくから安心しなさい。それに向こうには、お前達が知って良かったと思う事があるかもしれない」と言い、南の神殿へ移る事を勧めた。

「知って良かったと思う事とは、何ですか」トムが不思議に思って聞くと「南の神殿には、悪魔と闘った聖女の記録がある」と教えてくれた。

「悪魔と闘った聖女ですか?そんな出来事があったとは知りませんでした」


 興味を示すトムに、神官長は「まだ関係者も生きていて、余り公に語られてはいないからな」と話した。

「十五年程前の話になるが、南の神殿にいた聖女が女神様の力をお借りして、悪魔を滅ぼしている。それだけなら素晴らしい話だが、悪魔に憑りつかれたのもまた、神殿の聖女だったんだ。それで、この話はあまり積極的に語られていない。

 お前がこれまで知らなかったのもそのせいだろう。

 南の神殿ではその時の闘いを記録し、毎日闘いで亡くなった聖女へ祈りを捧げている。その記録を読めば、あちらの世界で悪魔に憑かれたお前達母子に所縁のある女性を、救う手がかりが見つかるかもしれない。そういう事情も南の神殿へは伝えてある。その上でお前を記録保管の担当者として推薦しておいた」


「確かに私たち母子にとっては、重要な記録だと思います。お気遣い下さってありがとうございます」トムは神官長に感謝し、ケイトもカミラを救うヒントを貰えればと期待を持ち、二人は南の神殿へ移ってきた。


「俺はそこで、君のご両親とベルフリーデの闘いの記録を読んだ。記録を読む限りでは、ベルフリーデが悪魔に出会って、魂が乗っ取られるまではあっという間だっただろう? 大人になるまで長い間溜めていたベルフリーデの心の闇と、まだ子どもだったカミラの心の闇には最初から差があっただろうが、もし母さんがカミラの黒い魔力を吸い取っていなければ、カミラもずいぶん早くベルフリーデと同様に破滅していただろう。君も知っての通り、悪魔は最後にはベルフリーデの魂を食い破り、蛇として外に現れ出てきたから」


「そうね。記録にもそう書いてあったし、私は実際に両親の記憶を通して、ベルフリーデが蛇になる瞬間を見たわ。父が私たちを庇うのを見て、ベルフリーデの心に憎しみの最後の一滴が注がれて、蛇が現れたのよ」

 ローズが両親の最期という辛い記憶を思い出し目を伏せると、ケイトが隣に来て手を握ってくれた。

「お父様とお母様は、ローズさんをとても愛していらしたのね」

「はい。愛してくれていたと分かりました。私は、あちらの世界では両親に捨てられた子だったんです。だけど拾ってくれた義両親が愛情を注いでくれたから、もうそれで充分だと、幸せだと思って生きてきました。

 だけどこの世界で両親と暮らし、二人が私を命がけで守ってくれたと知ってから、以前よりももっと強く、自由になれた気がしています。

 本当の両親にも、義両親にも大切に愛された自分を誇って、私はもう何からも目をそらさず、くじけずに生きていけると思えました」


 ローズがそう話すのを聞いて、トムは言った。

「俺は気づいたら君の両親が作った十五年前の世界にいて、あの世界で生きる君に出会っただろう。俺の目には、君は聖女として一人でも多くの人を救いたいと考え、自分の信じる道を誠実につき進んでいるように見えていたよ。

 あの世界は君の為の世界だから、ご両親が君に望んでいるのも、自分の思う通りに力強く、まっすぐ生きていく君なんだと思った。

 君は短い間でもご両親と生きてそういう自分を見つけ、強くなれたんじゃないだろうか」


「そうかもしれないわね。両親は私を心配しても、やりたい事を無理に止めようとしなかった。私、両親にベルフリーデから離れるよう願われていたんです。でも、親友だからと言って離れようとしませんでした。…あの時トムさんとケイトさんが助けに来てくれなかったら、どうなっていたか分かりません。本当にありがとうございました」ローズは改めて二人に礼を言うと、トムは「俺こそ、ベルフリーデが出現してからずっと警戒していたのに、あんなに危ない目に遭わせてしまい、すまなかった。君の事を見守っていたつもりだったのに、用事が出来て目を離した隙に、君がベルフリーデに襲われていたんだよ。間に合って、本当に良かった」

「それが悪魔の力なのかもしれないわね。カミラ様だって一人で採石場跡へ行くなんて、いつもだったらするはずが無かったもの。カミラ様はとても寂しがりだから、一緒に行こうと私たちを誘ったはずなんです」


「カミラさんはこの少女が灰色のままで、今どんな状態なんでしょうね」ローズは絵本の少女を見ながらケイトに尋ねた。

「分かりません。灰色になってからは何度試してみても、吸い取る時の痛みも、何も感じないんです。

 これ以上黒くはならないので、このままで良いのかと思ったりもしましたが、灰色と言う事は、魂が汚れたままという事です。

 もう私に力が無くて、カミラ様を白に戻してあげられないのか、この状態のまま生きているカミラ様はどうなっているのか、考えると心配でたまりません」


「そうですね…。何も分からないのは恐ろしいですね」

「だから、何とかしてあちらの世界に戻って、カミラの無事を確認したいんだ。ローズにも、悪魔を滅ぼす力を貸して欲しい。もちろん俺たちも出来る限りの協力をする」

 ローズは強くうなずいた。

「ええ。あちらの世界の私の周囲でも、悪魔のせいで大勢の人が亡くなったの。レイモンドも私も死にかけて、女神様がこの世界に私を逃がして下さった。

 私もあちらの世界に戻って、取り戻した聖女の力と、女神様が授けてくれた力で悪魔を倒したいと思う。だけど一体、どうやったら帰れるのかしら」


「あちらの世界から持って来た物が、私たちを向こう側と結びつけていると言います。この絵本のように、ローズさんも持ってきている物がありませんか」

 ケイトに聞かれたローズは、カバンからレイモンドが作ったダリアの花を取り出して見せた。

「これがそうです。息子のレイモンドが、土魔法で作ったダリアの花です」

「まあ、すごく精巧で綺麗ですね。それに、石みたいなのに何だか温かい」ローズの差し出したダリアを受け取り、ケイトが絵本の灰色のカミラがいるページにそっと置くと、挿絵に描かれた海が揺らめいて、いつの間にか三人の周囲を清らかな水が包んでいた。

(ああ、これはあの時と同じ)

 三人は目を閉じ、水の中に溶ける様に姿を消した。

 



読んでいただき、ありがとうございます。


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