7 ローズとマーガレット1
マーガレットと知り合ったのは、ローズが学院に入学してしばらく経ってからだった。
家に金が無く両親に必要な物を用意して貰えないローズは、得意な刺繍で内職をして、学用品を買う費用を細々と捻出していた。両親に知られると全額取り上げられてしまう為、仕事を貰うのは貴族の来ない町の雑貨店にして、刺繍をするのは夜になって自室へ引っ込んでからこっそりと行っていた。
またローズは学院の生徒達にも、自分が働いている事を知られない様に隠していた。アマンド男爵家が貧しいだけでなく、男爵夫妻がなりふり構わず娘の身売り先を探している事が学院でも知られていた為、ローズは皆から憐れみを含んだ軽蔑の目で見られる事が常だった。この上働いて稼いでいる事がバレたら、貴族にあり得ない事と、今まで以上に遠巻きにされるのは間違いなかった。
その日もローズは人目を忍びながら、完成品を納めに雑貨店へやって来た。
「これ、出来上がりました」
頼まれていた幾つかの品を差し出すと「おお、早かったね」店主は笑顔で受け取って品物を改め、ローズへ手間賃を払ってくれた。
それから、次に頼みたい品物についての話を始めようとした時、客の訪れを知らせるドアベルが鳴った。二人揃って入口を見ると、見知った顔の学院の女生徒が立っていた。
(何でこんな町の雑貨店に、マーガレット様が?)
ローズが入学した当初から、麗しいアランと妖精の様なマーガレットの二人は有名なカップルだったので、ローズはすぐに女生徒がマーガレットだと気づいた。
学院生、それも有名な先輩に内職をしている事を知られたくなくて、ローズは咄嗟に俯いて顔を隠した。そんなローズの様子には気付かず、町の雑貨店に似合わない貴族らしいマーガレットに、店主は戸惑いながら声をかけた。
「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか」
マーガレットは店主に向け、手に持っていたポーチを見せた。
「この刺繍をした人の、他の作品があれば見たいのだけど」
マーガレットが持っている品を見て、ローズは驚いた。それは先週自分が納めた小さなポーチで、我ながら上手に出来たと思っていた品だった。
ポーチを見た店主は笑顔になり「お嬢さん、良かったですね。ちょうど今、当人が新しい品を納めに来た所なんですよ。いつもは入ってすぐ売り切れてしまうので、本当に運が良いです」店主が、ローズを指し示すと、マーガレットの目が俯いているローズに留まった。
「あら、あなた。同じ学院の方ではなくて?」
ローズはマーガレットが自分を知っていて、隠していた事を知られてしまったショックで返事が出来なかった。
「お嬢さん、ローズをご存知なんですか」店主が驚いて尋ねると、マーガレットはローズの蒼白な顔を見て「いいえ、人違いみたい。少し知り合いに似ていただけだわ」と答えた。
次の品物の話が終わらないと帰れないローズは、安堵で放心したまま、マーガレットが自分の作品を全て買い上げるのを見ていた。
「私の侍女が、このポーチを持っていたのよ。とても上手で可愛らしい刺繍だと思ったから、店を教えて貰って買いに来たの」生き生きと話すマーガレットの周囲には、目に見えない清浄な空気が漂っていた。彼女の話を聞いている店主も、心なしか目元のクマが薄くなって、何か元気の出た様子で品物を包んでマーガレットへ渡した。
「お買い上げありがとうございます。またお待ちしております」
その後ローズも、次の品の打ち合わせを終えて雑貨店を出た。手に入ったお金で無くなりかけているノートを買おうと、文具店へ向かい歩き出したが、少し歩いたところで待っていたマーガレットに捕まった。
「あなたが、この刺繡を刺した人なのね。同じ学院生だとは思わなかったわ」
嬉しそうなマーガレットに怯えたローズが後退さると「急に話しかけてごめんなさい。別に、あなたに悪い事をしようと思っている訳じゃないの」と慌てた。
「じゃあ、どうして私を待っていたんですか」
「あなたに、刺繍を教えてもらいたくて」マーガレットは照れ臭そうに答えた。
ローズはマーガレットに連れられて、さっきは店の外で控えていた彼女の侍女と護衛と一緒に、初めてカフェに行った。
めったに食べられないケーキに目を輝かせるローズに、マーガレットは自分の事情を話し始めた。
「私の恋人に、刺繍したハンカチをあげたいの。だけど私は本当に不器用で、全然まともな品が作れないのよ。だから、こんなに素敵な刺繍をするあなたに教わったら、少しは上手に出来る様になるかと思ったの」
「お母様や、刺繡が得意なお友達に習えばよろしいのでは?」
「お母様も、刺繍は大嫌いなの。頼んだけれど、絶対に嫌だと言われたわ。刺繍の得意なお友達は…。あなた、私の恋人を知っているかしら、五年生のアラン・ガードナー」
「はい。マーガレット様とガードナー様は有名ですから」
「そう…。彼は皆に憧れられているから、私はお友達に彼の話を余り出来ないの。以前仲良くしていた刺繍の得意なその方も、どこかよそよそしくなってしまってね」マーガレットは寂しそうな顔を見せた。
学院で見かけるマーガレットは、いつも友人に囲まれて笑っているのにと、ローズは驚いた。
「だから、あなたみたいに本職の方と知り合えたのは、本当に運が良いと思ったの。お願い。ちゃんと授業料を払うから、私に刺繍を教えてくれないかしら」
結局ローズはマーガレットの押しと授業料につられ、《ローズの内職を口外しない》、《人前では他人として振る舞う》、《会うのは町のカフェの個室》と取り決め、定期的にマーガレットに刺繡を教える事になった。
そうやって会っている内に、お互いに孤独だった二人は気安く話をする様になり、やがてマーガレットの刺繍が上達して一人で出来るようになってからも、ただ二人で楽しむ為だけに『刺繍の会』は続けられた。
本当に親しくなった頃、ふとマーガレットがローズに言った。
「ローズ。私の聖魔法って、どういう物か知っている?」
「どうって…。一緒にいるとすごく清々しい気持ちになるし、あと、魔を祓うと聞いた事があります」
それを聞いたマーガレットは真面目な顔で、ローズに教えてくれた。
「昔聖女と言われた人の中には、聖魔法で悪魔まで封印出来た人もいたらしいけど、私の聖魔法は微々たる力なの。ちょっとだけ悪い物を寄せ付けなくしたり、弱い魔の気配を祓う程度でね。
実は、人の中に弱い魔の気が生まれる事って良くあるのよ。私が、よそよそしくなった友達の事を話したのは覚えてる?」
ローズがうなずいた。「刺繍の得意なお友達でしたよね」
「そう。あれは、よそよそしくなっただけじゃなかったの。彼女の中に黒い物が見えた。彼女に気づかれない様に魔法をかけると、その場では消えるけど、次に会う時はまた出て来てしまう。アラン様が原因だと分かっていたから、あれ以上ひどくならない様に、彼女から離れたのよ」
「その黒い物は、嫉妬という事ですか」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。アラン様に憧れる人が皆、そうなる訳ではないから。私は怖くなって、お守りを作る為にあなたに刺繍を習い始めたの」
「刺繍でお守り?」
「そう。一刺し一刺しに聖魔法を籠めて刺繍をすれば、それを持っていれば魔を跳ね返せるお守りになるでしょう。アラン様にいつも持っていてもらいたいから、まともな刺繍が出来るようになりたいと思ったのよ」
「じゃあ、もう随分沢山お守りを作ったから、大丈夫ですね」
「そうね。実は、アラン様には本当はお守りは必要ないかもしれないんだけど」
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