6 カミラとローズ
「やっと妊娠したそうね」
主治医からの連絡でローズの懐妊が伝えられた日、それまで一度も離れに寄り付こうとしなかったカミラが現れた。
ローズは喜び勇んだトーマスが最初に来るものと思っていたので、いきなりのカミラの登場に驚いた。
そしてカミラの目が異様な輝きを持って自分の腹を凝視しているのに気づき、ゾッとして無意識に腹に手を当て庇っていた。
ローズの怯えが伝わったのか、視線を反らしたカミラは笑顔を作り、後ろに従っていたメイドに向けて合図をした。すると進み出たメイドが、テーブルの上に沢山の本と茶葉の箱を並べ始めた。
「これは、妊娠中の注意事項の書かれた本と、妊婦に良いハーブティよ。
あなたは本を全て読んで、ここに書いてある事に従った生活をして貰います。力を尽くして立派な子どもを産んでちょうだい。あなたに不自由の無い様、離れのメイドも増やしますからね。
適度な運動は大事だから散歩は必要だけど、転んだり、万一の事が無い様に、危ない箇所が無いかまずは点検させるわ」
勢いに押されたローズは、やっと「ありがとうございます」と口にした。
するとカミラは意外な事を言われた様に「あら、有難がらないで良いのよ。あなたの産む子は私の子どもなんですもの。夫はしばらくこちらで働かせていたけれど、これからは本邸の仕事に専念してもらいます。今後は私が様子を見に来ますから、安心してちょうだい」と去って行った。
その日から、離れのメイドが本当に増員された。
そのメイド達は皆カミラの忠実な配下で、彼女達はローズがきちんと指導書通り暮らしているか、監視する為に置かれたのだとすぐに分かった。
メイドは事あるごとに「刺繍も結構ですけど、もう少し身体を動かしてはいかがですか」とか、つわりで食が進まない時も「ご気分が優れなくても、この位は召し上がらないとお子様に障ります」とローズを責め、口癖の様に「奥様はお辛いでしょうに、妾のあなたにこんなに手厚くして下さって、本当に慈悲深い方ですよね」と、恩着せがましく話しかけた。
ローズにしてみれば、ここに自分がいるのは他でもないカミラが望んだ事だったし、元気な子を産む様気遣われるのも、いずれカミラの子となるから以外理由は無い。
むしろ何もかもを監視され強制される生活の中、毎日が息苦しく頭がおかしくなりそうで、カミラの《手厚さ》から逃れたかった。
ローズは早く子を無事に腹から出して、さっさとカミラに渡したいとさえ思う様になっていた。
だからメイド達にそう言われる度、ローズは薄く笑うだけで何も答えなかった。それが彼女なりの精一杯の意思表示だった。
トーマスはと言えば、子が出来た事を聞いて離れに来て喜んで以来、訪れがほぼ無くなった。カミラの言っていた通り《本邸での仕事》に専念させられているのだろう。
ローズから見てもあれだけ離れに入り浸っては、カミラの逆鱗に触れても仕方無いと思えたが、トーマスから何度も愛している、幸せにすると聞かされていた為、少しだけ失望した。結局のところカミラの言いなりになって、実際には何もしてくれないと分かったからだ。
ただ失望はしたが、ローズにとってトーマスとの関係はただの義務だったから、落ち込みはしなかった。もっと言えば子を孕んで心身のバランスが崩れている状態で、カミラとトーマスとの仲を慮る負担が無くなり、その点はカミラに感謝さえしていた。
(このまま無事に子どもが生まれたら、私を自由にして欲しいとカミラ様に願ってみようかしら。あの方にとっても、その方が都合が良いだろうし)ローズはそんな事を考えながら、カミラに言われた通り整備された庭を歩き、メイドに見張られながら規則正しい生活を続けた。
「ローズ、最近はこちらに来られなくてすまない」
庭の東屋に座り妊婦に良いというお茶を飲んでいるローズの許へ、トーマスが久しぶりに顔を見せた。
「いえ、寂しいですけど、お仕事がお忙しいとカミラ様から伺っていました」
カミラの名を聞いたトーマスの顔が、あからさまに曇った。
「ローズは、カミラが頻繁にここに来て大丈夫かい。何か嫌なことはされていないか」
「いえ、カミラ様には良くして頂いています。今飲んでいるこのお茶も、妊娠中に良い品だと届けて下さいました」
「そうか。それなら良いが。何かあったら俺にすぐ話してくれ」
そう言われても、自分の日常はカミラのスパイに囲まれている。今この会話だって、後ろに控えた侍女が聞いているのだ。トーマス自身も離れに来ない状況なのに、どうやって話せば良いのかしらと皮肉な気持ちになりながら「はい」とだけ答え、ローズは微笑んだ。ローズにはもう、トーマスに期待する気持ちは無くなっていたから、それで別に構わなかった。それにしても、今日は何でここへ来たのだろうと考えていると、トーマスが話し出した。
「実は明後日、隣の領のガードナー伯爵が訪ねて来る事になったんだ。王都からの帰りに立ち寄るだけだから、君は気にせずここで静かに過ごしていてくれ。
学院時代は彼の奥方のマーガレットとカミラと、四人で仲良くしていたが、今回マーガレットは来られなくてアランだけなんだ。男同士で話すだけだから、あまり騒がしくならないと思うよ」
「わかりました。ここで静かに過ごさせて頂きます」
トーマスの口ぶりから、ガードナー伯爵は自分という存在がシュタイン家にいるのを知らないのだと察し、ローズは暗に姿を見せないと約束した。
話が終わり慌ただしく去って行く背中を見送ったローズは、来訪者がガードナー伯爵だけと聞いてホッとすると同時に落胆していた。実は学院時代、ガードナー伯爵夫人のマーガレットとローズは友人関係で、関係の途絶えた今も心の中では大切に思っている人だったからだ。
カミラは勿論、ローズがシュタイン家の妾に決まる前に交友関係を調べていた。
妾に子を産ませた後その子を自分の子として育て、妾の存在は一生陰に隠しておくつもりだったから、自分の境遇を話せる様な交友関係が無く、社交界にも出ておらず、家が貧しくて親は金で何でも言う事を聞く様な令嬢が理想だった。
それに加えて何故か金髪碧眼を希望していたので、条件に合致するローズが選ばれたと、元両親からは聞いていた。その時シュタイン家に選ばれなければ、カラバン子爵家という生き地獄の様な家に売られる所だったので、ローズは自分が幸運だと思っていた。
しかしもしカミラが、ローズとマーガレットが学院時代友人だったと知っていたら、ローズがシュタイン家の妾に選ばれる事は決して無かっただろう。
ローズとマーガレットの関係は二人だけのもので、学院でクラブにも入っていない、貧しい男爵令嬢のローズが、学年の違う子爵令嬢のマーガレットと親しくなるはずは無かったし、二人が会っている所は誰にも目撃されていなかったので、気づかれないで済んだのだ。
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