68 最後の出会いと別れ
神殿の入口を入ってすぐの参拝者が祈りを捧げる場所へ来て、何となくそちらに目をやったローズは、参拝者の中に見覚えのある人がいる事に気づいた。
『飴屋のおじさん』
自分が知っていた頃より年を取り、少しだけ小さくなった店主が女神像に向かって、熱心に祈りを捧げていた。
ローズの視線に気づいたトムが、店主について教えてくれた。
「あの人は聖女エリナが亡くなって何年か経ってから、ここに祈りに来てくれるようになったんだ。今は毎週必ず顔を見るよ。昔祭りで飴細工の店を出していて、そこにエリナが毎年買いに来てくれたと言っていた」
「私、話をしてきても良いかしら」堪らなくなってローズが尋ねると、トムは「ああ。それ位の時間はあるから大丈夫だよ。君は聖女エリナにそっくりだから、きっと驚かれるだろう。さっきみたいに親戚と言えば良いんじゃないか」とローズの側から離れ他の神官の所へ歩いて行くと、何か話を始めた。
ローズは祈っている店主に近づき、傍らに立つと「突然すみません。あの、お祭りで飴細工のお店を出していた方ですよね」と話しかけた。
店主は祈りの姿勢を崩してローズの方をゆっくり見上げたが、その途端目を見開き、驚きで倒れそうになった。ローズは慌てて背中に手を添え、店主に治癒をかけた。
すると店主は「まさか、そんなはずは無い」と言いながらも、ローズの顔を食い入るように見て聞いた。
「エリナ嬢ちゃんかい」
その言葉にローズは涙が出そうになったが「いいえ。私はエリナの遠い親戚で、ローズと言います」と答えた。
「そうか、そうだよな。嬢ちゃんのはずが無いな」店主はそう言って何回か頷くと「ローズさんと言ったか。今、治癒をかけてくれただろう。エリナ嬢ちゃんも飴を買いに来た時、よくそうしてくれた。助かったよ。ありがとうな」涙を浮かべ礼を言った。
「私、おかあ…エリナ叔母さんが、お祭りでいつも飴細工を買っていたと聞いていました。うんと小さい頃ですが、実際にダリアの形の飴細工を見せてもらった事もあります。
今日は、叔母さんの資料を見たくてこの神殿に来たんです。帰ろうとしてここまで来たら、案内してくれた神官さんから、あなたが昔お祭りに飴細工の店を出していて、聖女エリナを知っていたと聞いたので。いきなり声をかけて驚かせてしまい、すみませんでした」
「おお、そうか。そうか。嬢ちゃんは俺の事を話してくれていたのか。嬉しいよ。
そうなんだ。エリナ嬢ちゃんは、ちっちゃい頃から毎年俺の飴を買いに来てくれたんだ。だけどある年からぱったり来なくなって、どうしたのかと思って街の奴らに聞いてみて、俺は初めてあの事件を知ったんだ」店主は悲しそうに口を引き結んだ。
「そうだったんですか。それは、驚かれたでしょうね」
「ああ。最初聞いた時は信じられなかったが、嬢ちゃんはもう二度と飴を買いに来なかったから、信じるしか無かったな…。俺も今は年を取って、祭りを巡る飴屋は畳んで街に落ち着いた。それで時間が出来たんで、こうして嬢ちゃんの神殿に祈りに来ているんだよ」
ローズは深く頭を下げ、店主に礼を言った。
「エリナ叔母さんの為に祈って下さって、ありがとうございます。叔母さんが知ったら、とても喜ぶと思います」
礼を言われた店主は、悪い事が見つかったかのようにうろたえた。
「いや、そんな風に礼を言われると困っちまうんだ。だって、俺は」言葉が続かず黙り込んで、涙ぐむ店主を見て、ローズは黙って続きを待った。
やがて店主は懐から大判の古びたハンカチを取り出すと、両目に押し当て涙をぬぐい、小さな声で話し出した。
「こんな事はダメなのかもしれんが、俺はエリナ嬢ちゃんの為にも祈ってるが、心の中でベルフリーデの為にも祈ってるんだよ。あの子は悪魔を招んだと言われてるが、ちっちゃい頃からエリナ嬢ちゃんと一緒に飴を買いに来てくれてたんだ。
あの子たちはいつも色違いでダリアを頼んでな。お揃いで持つのが好きだった。だから二人があんな事になるとは、なかなか信じられなかったよ。
…このハンカチは、ベルフリーデが聖女になって初めて祭りに来た時、俺にくれたんだ。俺がいつも飴造りで火傷しているの見てたから、俺の火傷を治してくれる聖魔法を籠めて刺繍したと言ってくれたものなんだ」
すっかり聖魔法は無くなってるけどな、と言い、店主は泣き笑いした。
(聖魔法を無駄遣いするなと言っていた、あのベルフリーデが)
ローズは驚いて店主の持つハンカチを凝視した。その刺繍は確かにあまり上手ではなく、所々途切れたりよれたりしていたが、丁寧に刺されていた。絵姿でベルフリーデが着ていた衣装の刺繍を彷彿とさせ、本当にベルフリーデが自ら刺したものなのだろうと分かった。
ベルフリーデが苦手な刺繍をしてまで、火傷を治す聖魔法を籠めたハンカチを贈った店主は、今も彼女をエリナ同様大切に想い、祈りを捧げてくれていると知り、ローズは何か救われた気がした。
「聖女エリナの親戚に言う話じゃなかったな…すまん」謝る店主に、ローズは精一杯の笑顔を見せた。
「いいえ。エリナもきっと、ベルフリーデを思ってくれる人がいた事を、喜んでいると思います」
ローズは店主に「どうかお元気で」と別れを告げ、終わったと言う風にトムを見ると、彼は話していた神官に一言二言言って戻って来た。
「話は終わったかい。大丈夫?」トムはローズの少し赤くなった目を見て聞いた。
「ええ。大丈夫よ。色々思い出して懐かしかっただけ」
「今日俺はこのまま仕事を抜けるから、一緒に家に行こう。母さんが待ってる」
「分かったわ。ケイトさんには、私から黒い魔力を吸い取ってくれた力について、聞かせてもらう約束をしていたの」
「そうか。あれはまだ昨日の話なんだな…。君は何だかすっきりした顔をしてる。あの人と話せて良かったみたいだね」
「ええ。飴屋のおじさんに会う事が出来て、もう思い残すことなくあちらの世界に戻れると思った。おじさんはお母さんだけでなく、ベルフリーデの事も覚えていて、大事に思ってくれてたの。彼女を思う人が一人でもいる事が、自分でも不思議なんだけど嬉しかった」
トムはローズを横目で見ると「ベルフリーデに襲われた時も彼女の心配をしていたし、君はお人好しだな」呆れて言った。
「まあ良いさ。そういう所が、前例の無いほど力のある聖女に生まれた所以なのかもしれないしな。これからの俺たちには、君の力が頼りだから」
そう言われてローズは、女神像に祈りを捧げた時起こった現象を思い出した。
「さっきあなたが私を案内しに来てくれる前、私も女神様に祈りを捧げたの」
「ああ。祈っていたね」
「あの時、女神様に力を授かったのよ」
「何だって⁈ 力って、どんな」
「祈りを捧げていると、身体の中に力強い、清浄な魔力が入ってくるのを感じたの。それから声がして『この力を汝に預ける。この力を用いてあちらの世界の悪魔を滅ぼしなさい』っておっしゃってた」
それを聞いたトムはため息をついた。
「はあ。そういう大事な事は、早く教えてくれよ。あの部屋に着いてから、いくらでも言う機会はあっただろう」
「ごめんなさい。私もあの時は驚いたのと、人前で滅多な事は言えないと思って、すぐには言い出せなかったの。あの部屋に着いてからは、あなたが私の両親の作った世界の話を始めるし、記録を前にしたら、そちらで頭がいっぱいになっちゃって。今あなたが私の力について話したから、思い出したのよ」
「そうか…。まあ、今話してくれたから、同じ事か。さっきあの部屋でも言ったけど、俺と母さんは、あちらの世界にいる大事な人の危機を救いに行きたいんだ。だから君が今教えてくれた事は、すごく心強い。励まされたよ」
神殿を出てリアムの勤めていた役所の前を通り過ぎる時、ローズは懐かしそうにその建物を眺めた。あの世界でローズの帰る時間が早い時は、時々リアムの役所まで迎えに行って一緒に帰ったものだった。
(あの記憶はきっと、お母さんがお父さんと一緒に帰っていた記憶なのね)
両親がどう過ごしていたのか、両親が自分の為に作ってくれた世界を通して教えて貰えた。
女神様が自分をこの世界に戻してくれて、両親と過ごし愛されて、ローズは以前よりも強く自由な自分になれたと感じていた。
(きっと、知らなかった自分を取り戻せたからだわ)
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