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いつかあなたを  作者: Jun
救済の世界

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67 絵姿と消えない記憶

 絵姿の一枚目はリアムで、おそらく役所が職員の登録の為に保管していたものだろう、少し固い表情でこちらをまっすぐ見ている絵だった。

「お父さん」目に入った途端涙が溢れてきた。何とか止めようと思うが、おはようと言って微笑む姿が思い浮かんで止まらない。両親はあの世界の出来事は二人の持っていた記憶と、願望で出来ていると言ったが、ローズにとってはまぎれもなく真実だったと心の底から思った。

 毎朝二人で歩く道で、交わした他愛もない会話も、リアムが飴を食べて閉口していた様子も、決まり悪そうにガサガサと新聞を畳む姿も、そして分かれ道で自分の手を握って自慢の娘だと言ってくれた事も、全てきちんと残っていた。


 絵姿の中でリアムが締めているネクタイだって、ローズは覚えていた。

 エリナが刺繍をしてくれた物だと、リアムが自慢していたネクタイだ。その時は分からなかったが、かつてはエリナの聖魔法が籠められた刺繍だったのだろう。

 エリナは魔力を使い果たして、もう使えないと言っていた。悪魔との闘いで全ての魔力を捧げたなら、このネクタイの刺繍からもエリナの魔力は全て抜けきってしまっただろう。しかしそれまではきっと、愛するリアムを守っていたのだ。


 ハンカチで涙を拭いて、リアムの絵姿を脇に置いたローズは、次の絵姿をめくった。それはエリナの絵姿で、聖女の衣装を着けていた。

「あ、この刺繍」エリナの衣装に刺繍されていたのは、自分が着ていたものと全く同じ、白いダリアの刺繍だった。エリナはあの世界のローズに、自分が着ていた物と同じ衣装を着せてくれていたのだと思うと、ローズは胸がいっぱいになった。

「お母さんも刺繍が上手だったのね」

あの見事な刺繍はエリナが刺したものだったのかと、自分とエリナの共通点を見つけてローズは嬉しかった。もしかしたらと考えるのは止めたいのに、母が生きていたら、一緒に刺繍を刺したかったと思ってしまう。

 一緒に過ごしたあの世界で、エリナは全然刺繍をしなかった。それは、もう聖魔法を籠められないと思っていたからかもしれない。

「聖魔法なんて籠められなくても良かったのに。いつかまた会えたら、一緒に刺繍をしたい。私はお母さんの為に薔薇の花を刺すから、お母さんにはダリアの花を刺して欲しいな」

午後の日が柔らかく差し込む居間で、お互いに刺した刺繍を広げて笑い合う、そんな幻影が見えた気がしてローズは目を閉じた。


 三枚目の絵姿は、家族三人のものだった。家の居間にも同じものが飾ってあった気がするから、おそらくあの闘いの後に神殿の者が持ち出して、ここに保管したのだろう。

 リアムとエリナ、そして五歳くらいのローズ。三人ともよそ行きの服を着て、笑顔を浮かべている。

 ローズはその時突然、この絵姿の事を自分の記憶として鮮やかに思い出した。

そうだ。これは魔力判定を受けた帰りに、三人で写し絵の店に行って取ってもらった絵姿だ。


 魔力判定の場に三人で出向き、ローズが緊張しながら魔道具に手を置くと、示された判定を見て係員は驚いた。

『お嬢さんは聖魔法ですね。それも、前例のないほど魔力量が多いようですよ』

 エリナは『ローズ、お母さんと一緒の魔法よ』と喜んだが、リアムは『ローズも君みたいに頑張り過ぎて、倒れなければ良いが』と渋い顔をした。

 リアムの心配を聞いたエリナは『今度は私が一緒にいて、見張っているから大丈夫よ』と笑っていた。あの時母は、一緒に神殿で働く娘の姿を思い浮かべていたのだろう。

『じゃあ君の見張りは、ローズに頼もう』と名案を思い付いた様に言った父も、三人の未来を疑っていなかった。

 ローズはその絵姿を大切に、リアムとエリナの絵姿の横に並べて置いた。


 いよいよ最後の一枚となったのは、悪魔を呼び覚ました罪人の記録として残されている、ベルフリーデの絵姿だった。

 ローズが心なしか緊張しながら絵姿を手に取ると、絵の中のベルフリーデは母と同様、聖女の衣装を着ていた。それはローズが神殿で見慣れた‘’ベル‘’の姿だったが、あの日記を読んだ後に見るとどこか違って見えた。

神殿では屈託なく明るく振る舞い、ローズの良き同僚で、尊敬できる聖女だったベルフリーデと、幼い頃から母親の期待に応えられない事を恐れ、努力し続けても望んだ場所に到達出来ず、敗北感に苛まれながら聖女になったベルフリーデ。


(この絵姿は、聖女として神殿で働き始めた時に納められた物ね。ベルはその時から、あんなに激しい憎しみを抱いていたのかしら)

 少し緊張した顔でこちらを見ているベルフリーデの瞳は、明るい緑色だった。あの祭りの時に見せた暗い森の色で無いのを知って、ローズは少しホッとした。

 ベルフリーデの衣装にも刺繍が施されていたが、それは少し歪で、布がよれているのが見て取れた。けれど細かい部分まで丁寧に刺繍されていて、刺繍の苦手なベルフリーデが、頑張って魔力を籠めて刺したのが分かった。

その刺繍を見ていると、ローズはどうしてもマーガレットを思い出さずにいられなかった。


(マーガレット様と同じ色を持つ、森の妖精みたいだったベルフリーデ。マーガレット様と同じで、刺繍が苦手だと言っていたわ。私たちがそうした様に、ベルフリーデとお母さんが一緒に刺繍の会をして、お茶を飲んでケーキを食べて、沢山話をしていれば、違った未来があったような気がしてしまう。

 ベルフリーデは私の両親を苦しめ、命を奪い、私はそのせいであちらの世界に送られた。彼女が敵と分かっているけど、共に過ごした記憶の中にある彼女を思うと、どうしても心底憎むことが出来ない。

 悪魔に出会い心を明け渡したのは彼女だけれど、私もお母さんも彼女を親友と思っていたのは、そう思えるだけの時間があったからだと思ってしまう)


 考えても仕方ない想いを吹っ切る様に、長く息を吐いたローズは、ベルフリーデの絵姿を他の三枚とは別の側に置いた。それからトムに教えられていた紐を引き、程なくしてドアがノックされてトムが入って来た。

 ローズの座るテーブルに近寄り、二つに分けられた絵姿に目を留めると、トムはローズに言った。「家族の絵姿は、君が持って行ったら良いよ」

「良いの?神殿の貴重な資料なんでしょう?」

「君にとっての方が、より貴重だろう。神殿にとって、これは所詮資料だよ。成し遂げた偉業とその経緯さえちゃんと伝わっていれば、成し遂げた者の姿形に意味は無い。後の者達は伝えられた事を学び感謝して、次に伝えられたらそれで良いんだ」トムがすっぱりと言うので、ローズは笑った。


「そうね。トムの言う通りだと思う。この絵姿は、私が持っている方がお父さんもお母さんも喜ぶわね」ローズは絵姿が挟まれていた紙ばさみに、三枚の絵姿を入れてカバンに仕舞った。

 ベルフリーデの絵姿はトムが新しい紙ばさみに入れ、三冊の本の上に丁寧に置くと、元通り箱に仕舞って蓋を閉じた。

ビロードの布に包んだその箱を元あった場所に納め、二人は連れ立って部屋を出ると神殿の出口へ向かった。

 神殿の中を歩くローズが、思わず「懐かしいわ」と言うと、トムは「君とベルフリーデは、本当に仲良さそうに見えてたよ」と言った。

「俺はベルフリーデを神殿で見つけた時恐怖を感じたし、君や周囲に害を及ぼさないか警戒した。何しろ彼女は、悪魔を呼び込んだ張本人だからな。だが神殿で話をしたり、治癒をしている時の君達は、少なくとも俺の目には、ただ仲の良い友人に見えた。だから油断していたんだが、あの祭りの日から君とベルフリーデの仲は、目に見えておかしくなっていった」

トムはそう言って「祭りの日、二人の間に何か諍いでもあったのか?」と尋ねた。


 ローズは(ベルフリーデがあなたと私の仲を疑って、嫉妬をしたのは確かよ)と思ったが、それを口に出すのは止めた。親友としての最後の秘密の話を、当のトム本人に教えたくなかった。

だから「私にもそこまで彼女を怒らせる様な、具体的な出来事は思い当たらないの。強いて言えばベルフリーデは聖女の能力にこだわっていたから、私が飴屋のおじさんに治癒をかけたのを怒っていたくらいかな」と答えた。

 トムは「そうか。俺も日記を読んだが、ベルフリーデは聖魔法は特別だと思い込んでいたから、それが原因なのかもしれないな」と納得した様子で歩を進めた。


読んでいただき、ありがとうございます。


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