65 過去の闘いの記録2
ローズは、トムの推理に頷いて答えた。
「私がこの世界に来た理由は、あなたとケイトさんと同じ。あちらの世界で悪魔が仕組んだ襲撃に遭って、死にそうになったの。その時女神様が私をこの世界に逃がしてくれたと、最後に両親が話してくれた。
両親は死の間際に、私に危険が迫った時はもう一度守らせてくれと、女神様に願っていたの。女神様はそれを聞き届けて、私を両親の元に戻して、少しの間一緒に暮らせる様図らって下さったのだと思う」
「そうか。君はご両親から他に何か聞いているかな」
「あなたとケイトさんの話をしたら、女神様に力を借りた人が、この世界に他にもいるんだなって言ってたわ。それからあちらの世界に私の大事な人がいる様に、その人にもきっと大事な人がいるんだろうって。
だから、あちらの世界からのもう待てないというメッセージとして、ベルフリーデが現れたのかもしれないと言ってた」
「君のご両親の言う通りかもしれないな。あちらの世界の状況と、俺達と言う異物の存在がベルフリーデを登場させて、君の為の世界の崩壊を早めた。俺と母さんの大切な人が、あちらの世界で危機に瀕しているから、一刻も早く救いに行きたいと俺達は望んでいた」
「あなたとケイトさんはこの世界にいるのに、どうしてその人が危機に瀕している事が分かるの」
「俺たちはこの世界に移る時、一つだけあららの世界から持って来た物がある。それを通して、その人の状態を見守ってきた。母さんが黒い魔力を溜めていたのは、その人を救う為だ。君も、大切な人に関係ある何かを持って来ただろう?それが無ければ、絆が消えてしまうから」
トムにそう言われ、ローズはレイモンドのダリアをカバンの上から触って確かめた。
「そうね。確かに持って来たわ。私もあちらの世界の悪魔を滅ぼしたい。でもその前に両親とベルフリーデに何があったのか、知りたいと思ってるの」
「分かった。まずはここにある君の両親と、ベルフリーデの記録を読むと良い」
トムが立派なビロードの布に包まれた箱を取り出し蓋を開けると、中から数冊の本と絵姿が出てきた。
部屋にあるテーブルの上に、トムは丁寧な手つきでそれを並べると「俺は他の仕事をしているから、ここでゆっくり読んでくれ。読み終わったらそこにある紐を引いて貰えば、迎えに来る」と言って部屋を出て行った。
独りになったローズは椅子に腰かけ、まず一番上にあった一冊を手に取り読み始めた。
それにはあの夢で見た闘いが終わった後、どんな風に人々がエリナ達を発見し、悪魔との闘いで命を落とした事を知ったのかが書かれていた。
『その日は朝から霧雨が降り続いていた。夕方になって雨が激しくなると、空には雷鳴が轟き嵐になった。その頃、神殿にある女神像が雷鳴と呼応するように突如光りを放った。その光は驚く神官達の前で神殿を通り抜け、一直線に聖女エリナの家へと達した。
異変を感じて聖女エリナの家へ駆けつけた神官達は、部屋の中に倒れている聖女エリナ、夫リアム、そして同じく聖女であったベルフリーデが亡くなっているのを発見した。
屋内であるにもかかわらず、三人の身体は水底から引き上げられた様に濡れていた。さらに、ベルフリーデの顔や腕には蛇が這ったような黒い痣が多数残っていて、額には焼け焦げた痕があった。また聖女エリナの金色だった髪は白髪に変わっていて、これは魔力が尽きた時に現れる現象と思われた。
聖女エリナとリアムの長女ローズの姿は、家中を探しても見つける事が出来なかった。ローズはこの数週間前に魔力判定を受け、非常に多くの聖魔力を持つ、偉大な聖女となるだろうと判定されたばかりだった。
神官達は過去の文献から、ベルフリーデに刻まれた蛇の様な痣は、この者が悪魔を宿し世に放った証と知った。また額に残された傷痕は、エリナとリアムに力を貸した女神様が放った光で付けられた傷跡、すなわち魔の印と分かった。
蛇の痣と額の痕については過去に悪魔が現れた際、残された文献に書いてあった事だが、古い聖典には水についての記述もあった。
‘’ 彼方の世界の聖なる湖は女神の力を湛え、悪魔と闘う者に力を与える。湖は清浄な水が満ち、女神は聖水によって人々を救う。女神は湖を通じ聖女を遣わし、彼方の世界の悪魔を滅する‘’
これにより神殿は、聖女エリナとリアムは女神に聖なる湖に導かれ、悪魔と化したベルフリーデとの闘いに勝利したと認定する。未だ行方の分からない長女ローズは、上記の記述により彼方の世界に送られた可能性が高いと考えられる。
聖女エリナとリアムに、心からの感謝を捧げ、永遠の安らぎを祈る。また、願わくばローズに女神様の御加護を』
あの両親の記憶を見たローズは、実際にこの本で書かれている通りの事が起こったのだと分かった。ベルフリーデに残された痣と痕の事は知らなかったが、確かに記憶の中でベルフリーデは蛇に変わっていたから、そうなってしまっても不思議は無いと考え深く息を吐いた。
二冊目を手に取ってみると、それはなんとベルフリーデの日記だった。ベルフリーデは幼い頃から、習慣として日記をつけていたらしい。ただ神官が読んで、悪魔に関係した部分だけを抜き取ったものなので、ここにある日記の日付は飛び飛びだった。
(聖女だった人が、どうして悪魔を身に宿してしまったんだろう)
その答えが知りたいと、ローズは日記を読み始めた。
一ページ目は魔力判定を受けた日の日記だった。
『〇月✕日 きょうはまりょくはんていで、わたしはせいまほうつかいだった。おかあさんはずっとわたしのまりょくがせいまほうならいいといっていたから、すごくよろこんだ。せいまほうはとくべつよって、なんべんもいってもらえた。こんどからしんでんでべんきょうするみたい。おかあさんが、がんばればいちばんになれるっていうからがんばろう。
〇月✕日 しんでんにいったら、せいまほうの子があつめられてた。べんきょうはまりょくのつかいかた。せいまほうはけがをなおせる。ちゆってよぶみたい。ちゆはつかれていやだけど、おかあさんのゆびのきずをなおしたらよろこんでくれた。うれしい。たくさんちゆをすると、もっとたくさんできるようになるんだって。まりょくがふえるといいわねっておかあさんがいってた。
(私が持ってる修行の頃の記憶は、お母さんの子ども時代の記憶。お母さんもベルフリーデと同じ様に、最初は疲れて嫌だと思っていたわ。それでも頑張っていたのは、こうして怪我が治った相手が喜んでくれていたから。
ベルフリーデも無邪気に喜んでる。…この後から日記の字が上手になってるわ。大きくなったのね)
〇月✕日 判定を受けてから治ゆをずっと続けてきたから、明日みんなのま力をはかってみることになった。神官さまは『みんな良くがんばってきましたから、きっとま力がふえているでしょう』と言っていた。お母さまはわたしが一番ま力が多いと思ってる。でも私はエリナが一番だと思う。わたしも多いけど、いつもエリナの方がわたしよりひとりかふたり多く治ゆできるから。
だけどエリナが一番だったら、お母さまががっかりするのがこわい。
エリナはわたしとなかよしだ。お母さまにエリナとなかよしだと言ったら、あの子はきんいろのかみでいいわねといわれた。わたしもきんいろならよかったな。
ローズは小さいベルフリーデの気持ちを思うと辛くなった。両親の作った世界の中で、彼女はよくローズの髪や容姿を羨んで、自分は平凡なだと言い、褒めても決して本気にしなかった。それが、小さい頃から母親にこんなふうに言われたせいなのだと知って胸が痛んだ。
〇月✕日 やっぱりエリナが一番だった。私は二番。神官さまは『多いからえらいというわけではありません。これから治ゆをしていけばふえることもあるし、反対になまけていたらへることもありますよ』といっていた。
だけどおうちにかえってそういったら、お母さまは、多い方がえらいにきまってるといった。だからわたしにがんばりなさいって。
一番だったエリナはうれしそうにわらってた。これからもがんばりますとやくそくしていたのをおもいだして、わたしはいやだなと思った。
エリナもがんばったら、わたしががんばってもおいこせない。
〇月✕日 まいにち治ゆをがんばってる。だけどエリナもがんばっていて、わたしはやっぱりエリナより治ゆできる数が少ない。
わたしはエリナに親友で一番なかよしの友だちと言われてる。前はうれしかったけど、今はうれしくない。だってエリナがいるとわたしが一番になれないし、お母さまにいつになればおいこせるのかしらと言われるから。
わたしは親友はいらない。エリナにいなくなってほしい。
〇月✕日 お母さまがこの日記をみて、なぜか分からないけどしかられた。エリナがいなくなればいいとおもっちゃダメだって。
そういうわるいことを考えていると、せいまほうがつかえなくなって、せい女になれないみたい。お母さまはわたしがせい女になれないのはいやだと言っていた。
だからもうエリナがいなくなってほしいと思わないことにする。これからはお母さまがいうとおり、いいことだけ考えよう』
ここまでがベルフリーデが幼い頃に書いていた分だった。その後はかなり間が空いて、ベルフリーデが聖女になってからの日記だった。
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