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いつかあなたを  作者: Jun
救済の世界

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66 過去の闘いの記録3

 ベルフリーデが聖女になってからの日記は、無事聖女になって自信がついたせいか、母親に関する記述はほとんど無くなっていた。

 エリナに対しては、劣等感や妬みと言った気持ちを抱きながらも、表面上は和やかに過ごしていた様だった。しかし、三人で仲の良い友人だったリアムとエリナが恋人になり結婚したのを境に、徐々に怒りと憎しみの記述が増えてきていた。


 ローズは両親の最後の記憶の中で、ベルフリーデがこう叫んでいたのを思いだす。


『親友? 私はあなたがずっと目障りだった。小さい頃から、あなたがいなければ私が一番優秀な聖女だったのよ。リアムだって、私の方が先に知り合って仲良くなったの。それなのにいつの間にかあなたと付き合って、結婚すると言い出して。その上あなた達の子どもが、今までにないほど力の強い聖女だなんて。それを聞いた時から、私はいつかあなたをこうしてやりたいって思っていたの』


(誰か彼女の孤独に寄り添う人がいれば、良かったんだろうか。小さい頃から比べられたりしなければ、お母さんと本当に親友になれたんだろうか。もし彼女がお母さんに少しでも本心を打ち明けていたら、こんな結末にならなかったんだろうか。それともお母さんがいたからこそ、彼女はこうなってしまったのか)

 そこまで考えたローズは、もしかしたらを考えるのは止めようと決心した事を思い出し、日記を再び読み進めた。


『〇月✕日 祭りには行かないつもりだったのに、エリナがしつこく誘うので仕方なく出かけた。待ち合わせ場所の噴水に行くと、リアムと子どもまで一緒に来ていた。子どもがはしゃいでうるさいので、少しだけ付き合ってから頭が痛いと言って帰る事にした。

 エリナが私の仮病を本気にして治癒をかけようとしたので、聖女の魔力を無駄遣いするなと言って断った。あの子は誰にでもすぐに治癒を使って、感謝されるのが大好きだ。何度注意しても繰り返すので、今日はきつく断った。リアムから『魔力を使い過ぎないように注意してくれて、ありがとう』と見当違いの礼を言われて腹立たしい。


 帰る時エリナが【飴屋のおじさん】の所で私の分も買って、明日神殿で渡すからと言い出した。小さい頃行っていた飴細工の出店だけれど、子どもでも無いのに、飴など欲しくなかった。

 面倒で頷いておいたから、きっとエリナは私が昔好きだったピンクのダリアを買って来るだろう。

 広場を抜けて帰る途中、ひとりの男が綺麗な石を売る店を出していた。

 まがい物だと思うが、宝石の様に光る赤い石が綺麗で見入っていると、男は思っているよりずっと安い値段を言って勧めてきた。つい買ってしまったその石は、今私の机の上で光っている。宝石では無いだろうけど、アクセサリーに加工しても良いかもしれない。


 〇月✕日 今朝神殿に着くと、やはりエリナからピンクのダリアの飴を渡された。借りを作りたくなくて代金を払おうとしたら、飴屋に治癒をかけてやったので無料だったと言う。何度言っても意味が無いので何も言わず受け取り、飴は帰りに町のごみ箱に捨ててやった。とてもすっきりした。

 飴を捨ててから、昨日の赤い石をアクセサリー店に持って行った。チェーンを買えばネックレスにしてくれると言うので、やってもらう。首にかけると、いつもより魔力が多くなった気がした。

 帰宅すると久しぶりに母親が顔を出し、私に何か言おうとする。母の言う事は何も聞きたくないので『疲れているから、話しかけないで』と言うと、驚いた事に母が口をつぐんだ。自分の部屋に戻って行く母の後ろ姿を見て呆然としていたら、玄関脇にかけられた鏡に自分が映っていて、胸元の赤い石が輝いていた。もしかしたら、この石が母に言う事を聞かせてくれたのかしら。そうだとしたら、ありがたい。


 〇月✕日 この石は、本当に私に新しい力を与えてくれた。お陰で、あれから母と一度も顔を合わせないで済んでいる。新しい力を授かったせいか聖魔法は弱まったが、他の聖女を操れるようになり、仕事を肩代わりさせれば問題無い。神官でさえ、私が治癒を行っていると信じている。

 それなのに、エリナだけは思う様に操れない。出来るだけ働く時間や場所をずらしていたが、いつか気づかれてしまうかもしれないと心配だった。

 けれど最近石から聞こえるようになった声が、どうしたら良いのか教えてくれた。石は私の事を良く知っていて、望みを叶えてくれる。


 〇月✕日 朝から霧雨が降り続いている。私はこれから家を出て、望みを叶えに行くつもりでいる。その前に、今日起こった出来事を書いておく。小さい頃から書いて来た日記の、最後を飾るのには相応しい出来事かもしれない。


 今朝ドアを叩く音がして、出てみたら男が立っていた。

 見知らぬ男は父と名乗って、私を見て目を潤ませた。

『大きくなったな、ベルフリーデ。会いたかったよ。母さんには帰ると手紙で知らせたが、聞いていないか』などと言う。

 父親は私が五歳の時遠くの国に働きに行き、それから一度も会った事がなかった。

 この男は年を取ってはいるが、居間に飾ってある絵姿にそっくりなので、父親で間違いないのだろう。

 男は図々しく家の中に入り込むと『母さんはどこにいる』と私に聞いた。

『さあ、知らないわ』と答えると気色ばんだが、黙って母の部屋に向かった。こんなに長い間留守にしていたくせに、まだ母の部屋を覚えていた事に私は内心驚いた。

 しばらくして『おい、どうした。大丈夫か』と騒ぐ声が聞こえ、母を抱えた男が血相を変えて戻ってきた。

『ベルフリーデ。お前、聖女になったんだろう。母さんは病気だ。治癒してやってくれ』

 私を放ったらかしにした男に力を使えと命令され、激しい憎しみが沸き上がった。憎しみを受けた赤い石は強く輝いて、母と同じく男も気絶させてくれた。

 さあ、日記はこれでお終い。今までの私も、みんなも、全部滅んでしまえば良い。



 日記はそこまでで終わっていた。この後ベルフリーデはエリナの家へ向かい、更なる憎しみという栄養を得た悪魔が姿を現して、闘いが行われたのだろう。


 ローズは暗澹たる気持ちで日記を置くと、最後の本を手に取った。

 それは全てが終わってから、周囲の人達から集められた証言だった。


 それによるとエリナ、ベルフリーデと共に働いていた聖女達は、悪魔が滅んだ時、皆一様に魔力不足で倒れていた。ベルフリーデが日記に書いていた通り、彼女は悪魔の力を宿して聖魔法が使えなくなっていた。それを隠す為に他の聖女を操り、さも自分が治癒を施しているかのごとく装っていたのだった。操られた聖女達はベルフリーデの代役を務めていたせいで、皆魔力不足に陥っていた様だ。

 回復した聖女から話を聞いたところ、ベルフリーデに『私が手をかざしたら、あなたが横から治癒をかけて』と言われると、無条件に従ってしまったと言う。


『ベルフリーデのネックレスの石が光ると、頭に靄がかかった様になりました。

 はい。そうなっている間は、魔力が足らなくても平気だったんです。いえ、本当は身体はきつくて倒れそうでしたが、何故だかまだやれると思ってしまって。あのまま続けていたら、魔力が枯渇して死んでいたかもしれません』


 治癒の状況を確認する神官も、ベルフリーデの横にいつも他の聖女がいる事に、全く違和感を感じなかったという。

『本当なら、何故いつも二人聖女がいるのか不思議に思うべきでした。しかし、それが当たり前だと思っていたんです。…悪魔に欺かれるなど、恥ずべきことです。これから一層の修行を積むと、女神様に誓いました』


 ベルフリーデの母親は、衰弱して亡くなっていた。父親が帰った日には既に息が無く、治癒をしてもどうにもならなかったらしい。意識を取り戻した父親は、妻と娘の死後べルフリーデの日記を読み、責任を感じ後悔に沈んでいた。


『私が外国の仕事を引き受けたのは、二人に良い暮らしをさせてやりたかったからです。出来るだけ手紙は書きましたが、元々筆不精の上慣れない暮らしで疲れていたので、手紙の回数は多くなかったです。はい。出国した時娘は小さかったので、宛先には妻の名前しか書いていませんでした』

 聞き取りをした神官は、何故ベルフリーデが大きくなっても、彼女に宛てた手紙を書かなかったのかと父親に尋ねた。

 『娘が成長して、もう手紙を読めるのは分かっていました。けれどそうなると、父親として娘に何を書いたら良いのか分かりませんでした。それに全く家に帰らない私を、娘がどう思っているか考えると、怖くなってしまったんです。だから妻が私からの手紙の内容を、娘にうまく話してくれているだろうと勝手に考え、逃げていました。

 はい、娘が聖女になった事は知っていました。ベルフリーデが聖女になれて喜んだ妻が、聖女の衣装を身に付けた娘の絵姿を送ってくれましたから。そうですね。その時に、お祝いのカード一つでも、娘に贈ってやれば良かったです。


 思えば最後に会った娘は、私を他人を見る目で見ていました。妻の治癒を頼んだ私の意識を奪ったのも、今なら私達を憎んでいたからだと分かります。

 あの子に会えた日が、二度と会えなくなる日だとは思っていませんでした。全て私が招いた事です』


 その後ベルフリーデの父親は再び外国へ渡って、消息は知れない。ここに残って悪魔に憑りつかれた聖女の親として、知り合いもいない街で暮らすよりは、その方が良かったのだろう。ローズはベルフリーデの日記を読んだ後、この父親に責任が無いと言って慰める気にはなれなかった。けれど全てこの父親が招いた事というのも、違う気がした。

(この人が自分のせいだと考えても仕方ないかもしれないけど。ベルフリーデのお母さんが、手紙の返事にもっと弱音を吐いたり、帰って来て欲しいと言ったら、違っていたんじゃないかしら。そうしたら、ベルフリーデもお母さんに弱さを見せられたんじゃないかしら)

 何度目か分からない、もしかしたらを考えそうになったローズは、最後に取っておいた絵姿を手に取った。


読んでいただき、ありがとうございます。


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