61 女神の救済1
ただいまと言う声を聞いて玄関に出てきたエリナは、神官に付き添われて帰って来たローズを見て厳しい表情になった。
「娘はまた魔力を使い過ぎたんですね。神殿で倒れたんでしょうか」ローズの顔色を見たエリナは、神官が口を開く前に事情を尋ねた。神官は、自分もよく分からない事情をどう説明したら良いかと困り顔になった。
「確かに今日は、普段より魔力を使わなければなりませんでした。けれど、倒れる程ではありません。ただ帰り道で聖女の一人とトラブルになったらしく、そのせいで二人共危い状態になったようです。そこにちょうど居合わせた神官がいて、彼が神殿に応援を求め、私もその場に駆け付けました。ローズは意識があって歩けましたが、ふらついていたので付き添って参りました」
ベルフリーデも大切な聖女の一人であり、事情も分からないのにうかつな事を言えないと、神官はとりあえず今分かっている事実をエリナに伝えた。
聖女の一人とのトラブルと聞いて、エリナは眉をひそめた。
「そうですか。それはわざわざありがとうございます。そのもう一人の聖女は大丈夫ですか。彼女も誰かが送って行ったんですか」
「はい。特に怪我や命に係わる様な事はありません。ただその聖女は倒れて意識が無かったので、他の神官達が担架で家へ運びました。私は実際何があったのか分からないので、ローズさえ良ければ事情を聞きたいと思うのですが…」
ローズは神官に「良いですよ」と答えようとしたが、それより早くエリナが答えた。
「すみませんが、今娘は疲れて顔色も優れません。休ませたいので、どうぞお帰り下さい。明日も魔力の回復次第では、神殿へは遣れませんので」
きっぱりとした調子でエリナに言われ、神官はハッとしてバツが悪そうな顔になった。
「そうですね。おっしゃる通りです。こちらの配慮が足りず、ローズに更に無理をさせるところでした。申し訳ありません。明日は体調を見て、無理そうなら休んでください」
神官が帰って行った後、エリナはローズに「その聖女は、ベルフリーデね」と確認した。
ローズがうなずくと「雨に濡れてひどい顔色だから、お風呂で温まっていらっしゃい。お風呂から出て夕食を食べたら、今日はすぐに寝ると良いわ。魔力は寝ないと回復しないから。明日神殿は休んで、ベルフリーデと何があったのか聞かせてちょうだい」
「うん。分かった。心配かけてごめんなさい」謝るローズの手から黙ってカバンを受け取ると、エリナは台所へ戻って行った。
温かい湯に浸かると、ローズは自分の身体が思ったよりずっと冷え込んでいた事に気づいた。長い息を吐いて、さっきのベルフリーデについて考える。
(ベルは、もうあの黒い魔力に憑りつかれてしまったんだろうか。何度浄化してもすぐにおかしくなってしまう。ベルはあの時、私の苦しむ様子を見ながら喜んでいた。今日私の魔力をぎりぎりまで使わせる為に神殿から帰って、治癒が終わったところを待ち伏せしたのね。友達だと思っていたのに、私はベルにそれ程憎まれていたんだろうか。殺してしまいたいと思う程に)
食事中エリナはローズに何も聞かず、自分は何か深く考え込んでいた。リアムは仕事で遅くなると言っていたので、お互いに何も話さないで静かに夕食を終えた。その後ローズは少し話を聞いてもらおうとしたが、エリナに促されて早々に自室に引き上げ、言われた通りベッドに入った。
けれど寝ようとしても、頭の中にさまざまな出来事がひしめき合って、疲れているのに眠気はやって来ない。
ベッドで悶々としていると、玄関でリアムが帰ってきた音がした。
ローズはその音を聞いて、このままではどうせ眠れないのだから、やはり今日起こった事を二人に話して意見を聞きたいと、部屋履きを履いて上着を羽織り階下へ降りて行った。
階段を降りると、食堂のドアから廊下に明かりが漏れ、中から両親の話し声が聞こえてきた。ローズの足音は厚手の部屋履きで消えて、二人はローズが廊下にいることに気づいていなかった。
「だから、この世界にあの魔力が入って来るのはおかしいのよ。女神様に頼んで私達が作ったこの世界は、外から隔てられているはずだもの」エリナの声がした。
「そうだな。ここにいればローズは安全だと思っていたが、君とベルフリーデに起こった事が、また起こり始めている様だ。ベルフリーデがこの世界に現れるなんて、予期せぬ何かが紛れ込んだのか、それともあちらの世界がもう待てなくて、助けを求めているという事か」
「ベルフリーデはあの時と同じく、何回浄化しても黒い魔力を止められないみたい」
「今日ローズはベルフリーデに何を仕掛けられたんだ?」
「詳しい話はまだ聞いてないの。あの子の魔力が尽きかけていたから、今日は早く寝かせて明日何があったか聞くつもり。でも、黒い魔力を体内に入れられてはいないと思う。もしそうなら、ああして元気にしてはいられないもの」
「そうか。それなら良いが。君がベルフリーデに襲われて、私達が命を落としたのも、こんな霧雨の日だったな」
こっそり二人の話を聞いていたローズは、足が震えて立っていられなかった。
ガタンと音を立てて廊下にうずくまると、慌てた様子のリアムとエリナが食堂から出て来て、ローズを見つけ愕然とした後、諦めた顔をした。
二人はまだ震えの治まらないローズを助け起こすと、居間に連れて行ってソファに座らせた。
ローズを真ん中に挟んで両脇から手を握り、エリナが背中をさすって、リアムは肩を抱いた。
「私たちの話を聞いてしまったのね」エリナに静かに言われたローズは、両親に何をどう聞いたら良いのか分からず、闇雲に言葉を迸らせた。
「お母さんたちの話してた事、全然意味が分からなかった。この世界は二人が作った世界って何?それと、ベルフリーデはこの世界にいるはずが無いっていうのはどうして。
…ベルフリーデに襲われて、お母さんたちは命を落としたって言ってたよね。じゃあ、何で今私と一緒にここにいるの。この世界は、まやかしなの?本当の事が知りたい」
ローズがまくし立てる様に質問するのに、リアムは、寂しそうに微笑んだ。
「私達が女神様にお願いして、お前に危険が迫った時逃げ込める、安全な世界を作ってもらったんだ。お前が聞いた通り、私達はもう生きてはいない。だが万一お前がこの世界に逃げて来る事があれば、こうして一時一緒に過ごせる事になっていた。
それもお前が力を取り戻して、あちらの世界で悪魔に立ち向かえる様になるまで、という約束だったが。本当ならここを使わず、お前が安全に向こうの世界で暮らせるのが一番良かったんだろう。
だが、ローズ。私は大きくなったお前にこうして会えて、少しでも共に過ごせて、こんなに幸せな事は無かった」
「私もよ。ここを使うのはあなたに危険が迫った時と分かっていても、いつかあなたに会いたいという願いは消せなかった。
あなたが今いるこの世界は、私たちの持つあなたの幼い頃の記憶と、あなたが大きくなったらこうしたかったという願いで出来ているの。それはあなたにとってはまやかしかもしれない。
だけど、あなたを毎朝起こしてキスをして、あなたとお父さんのお弁当を作り、家族三人でお祭りに行って、おじさんに飴を作ってもらったのは、私にとって真実よりも大切な記憶よ」
もう少し一緒にいたかったんだけど、とエリナは寂しそうに微笑んだ。
リアムもローズの髪を愛し気に撫ぜた。
「そうだな。もう時間が来たようだ。お前が充分聖女としての力を取り戻せたから、女神様はお前をあちらの世界に返すおつもりで、私たちの作った世界の秘密をお前に知らせたんだろう」
「女神様は、私達への慈悲でここに私たちを留めおいて、こうしてもう一度あなたに会わせてくださった。…私たちの記憶と願いで出来ているこの世界が消えたら、ベルフリーデも一緒に消えるわ。ベルフリーデはあの時私達と一緒に死んでいるんですもの。だから、あなたの目が覚めたら、もう私達もベルフリーデもいなくなるはずよ」
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