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いつかあなたを  作者: Jun
救済の世界

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60 黒い魔力とケイトの秘密

 神殿の奥に向かって進んで行くと、見覚えのある金茶の髪の神官が歩いているのを見つけて、ローズは声をかけた。

「トムさん、おはようございます」

 振り返ったトムは、ローズを見てハッとした顔になると「おはようございます。昨日は、余計な事をして済みません」といきなり謝罪してきた。

「余計な事って、コインの事ですか? 大した事じゃありませんから、気にしないでください。それより、今あなたのお母様がいらしてるの。入口を入ってすぐの席に座っているから、早く行ってあげてください」

 ローズはケイトを待たせているのと、ベルフリーデにトムとの仲を誤解されている恐れもあるので、こうしてトムと二人で話しているの人に見られたくないと思い早口で用件を告げた。


「母が?」途端に心配そうになったトムに、ローズは慌てて「お元気そうだったから大丈夫よ。体調が良かったから、あなたにお昼を持って来たとおっしゃっていたわ」と説明した。

 それを聞いたトムは明るい顔になって「それなら良かった。知らせてくれてありがとう」と足早に立ち去った。

 これで一安心、控室に戻ろうと振り返ったローズは、誰かがさっと物陰に隠れた様な気がした。

(まさか、ベルフリーデ? いえ、さっき浄化をかけて元に戻っていたし、私の気にし過ぎよ)

 そう思っても念の為物陰を覗いてみたが、誰も見当たらなかったのにホッとして控室に急いだ。


(ああ、疲れた…)

 その日最後の患者の治癒が終わって、ローズは疲労困憊でふらふらになっていた。

 前回の失敗を踏まえ、倒れないぎりぎりでは踏み止まっていたが、魔力を限界近くまで使っていた。

 あれから支度を整え患者の待つ広間へ行くと、担当の神官から、ベルフリーデの体調が悪くなって帰ったと教えられた。

 今神殿にいる聖女の仲ではベルフリーデとローズ、二人の魔力量が高く、自然と二人で多くの患者を受け持っていた。ベルフリーデが抜けてしまった今日は、必然的に残った聖女達の分担が多くなり、中でもローズは他の聖女達が早々に限界を迎えてしまう為、残った患者を一手に引き受ける形になった。


 神官は『患者さん達には事情を話して、明日また来てもらうから無理をしないでください』と言ってくれたが、患者からやっと楽になれるという期待の目を向けられると「今日は帰って明日まで我慢してください」と言いづらく、ローズはかなり無理をした。


(帰ったらお父さんとお母さんに叱られそう。でも、まだちょっとは魔力も残っているし、早く帰って寝れば回復するから大丈夫)

 心配した神官が家まで送ると申し出てくれたが、神官達はまだやる事が沢山あるのだからと断って、ローズは一人で家路についた。


 朝から降り続く霧雨は未だに止まず、街は灰色のベールに包まれていた。ローズが少しふらついた足取りで大通りから路地へ入った時、背後から自分を呼ぶ声がした。

 聞き覚えのある声に振り返ると、雨の中から現れたのはベルフリーデだった。

「ベル。もう体の具合は良いの?出歩いて大丈夫?」驚いて尋ねるローズに「ええ。大丈夫よ。心配かけてごめんなさい」ベルフリーデは微笑んだ。

「それなら良かったけど、体調には気を付けて。私は今終わって帰るところなの。また明日、神殿で会いましょう」

 ベルフリーデはどこかへ行く途中なのだろうし、自分も今日は早く帰って休みたいと思い、ローズはそのまま別れようとした。


「あら。もう少し話をしてくれても良いじゃない。トムとはあんなに熱心に話すのに、私と話す時間は無いのね」

 いつの間にか目の前に来ていたベルフリーデが、ローズがさよならと手を振るつもりで上げた片手を、きつく掴んだ。

「違うわよ。今日は疲れたからすぐ帰るだけで、あなたと話したくない訳じゃないわ。

 …それより、今朝トムと話すのを見ていたのは、やっぱりあなただったの?ずっと何か誤解しているようだけど、あれは彼に訪問客がいてそれを教えただけよ」


 ベルフリーデに浄化をかけたかったが、ローズにはもうほとんど魔力が残っておらず、この場を逃れるには立ち去るしか方法がなかった。

 ふふ、とベルフリーデは笑った。

「ローズったら、また無理して治癒を施したのね。私がいなくて他の役立たずの聖女達だけじゃ、そうなるって分かってたわ。あなたは何度注意されても、皆に良い顔をして無理をするわよね。自分の身を守るより、人を助けて破滅する方が幸せなのね」

「何言ってるの、ベル」


 繋がれている手を振りほどきたいのに、ベルフリーデの掴む力が強くて離れられないでいると、ベルフリーデからローズに向かって、黒い魔力が流れ込んできた。

(苦しい、苦しい、苦しい)

 空っぽに近いローズの魔力の器に注がれる黒い魔力は、毒を流し込まれている様に激しい苦しみをもたらした。苦しみながら意識が遠のいていくローズを見て、ベルフリーデは笑顔を浮かべたが、路地に飛び込んできた誰かに引きはがされ、地面に勢い良く倒された。

「うっ」石畳に叩きつけられたベルフリーデは声を上げ、そのまま動かなくなった。

 

 ローズは荒く息をしながら目を開けようとしたが、身体の中に渦巻くおぞましい魔力のせいで、どんどん意識が薄れていく。

「母さん、こっちだ。早く」

 トムの声が聞こえたかと思うと「ローズさん、頑張って。すぐ楽になるから」というケイトの声がして、ローズの手を握り締めた。

 ケイトの手が触れた途端、ローズの中に渦巻く黒い魔力がその手に吸い込まれていき、身体の中が浄化されていくのが分かった。身体が楽になっていく。


 やがてローズが目を開くと、自分を抱きかかえているトムと、手をつないでいるケイトが目に入った。ケイトの顔色は悪くなってはいたが、昨日治癒を施した時程では無かったのでローズはホッとした。

「ベルは大丈夫ですか」倒れたままのベルフリーデに目をやって尋ねると「彼女は、自分の中の黒い魔力を君に移して抜け殻になっているだけだ。身体に別状は無い。こんな事をされても、まだ彼女の心配するなんて、君はお人好し過ぎる」トムが呆れたように答えた。


 トムはローズを建物の壁にもたれるように座らせると、その横に気を失っているベルフリーデを寝かせ「母さんもここに座っていて」とケイトにも手を貸して座らせた。

 「俺一人では手が回らないから、一旦神殿に行って人を連れて戻って来る。彼女は気を失ってるから、運ぶのに担架も必要だしな。君は母さんとここで待っていてくれ」トムはそう言うと、神殿に向かって走り去った。


 後に残されたローズは「ケイトさんが、あの魔力を吸い取ってくれたんですよね。ありがとうございました」と礼を言った。

 ケイトは少し青褪めた顔で「昨日ローズさんが浄化してくれたから、何とかなりました。ローズさんもあれは辛かったでしょう」と微笑んだ。

 ローズは思い切って「昨日の分も、ああやって誰かから吸い取ってあげたんですか」と尋ねてみた。自分が今まで知らなかっただけで、ベルフリーデの様にあの魔力に侵されている人がいるのではないかと思ったのだ。


「…そうですね。あの魔力は、本当はこの世界には無いはずのものなんです。それについては、今度ゆっくりお話させてください」

「この世界に無い魔力ですか。分かりました。今度教えてくださいね」

 ローズは、昨夜エリナも『本当ならこの世界にあんなものは入ってこないはずなのに』と話していたのを思い出していた。同じことを言うケイトに話を聞けば、エリナの言った意味が分かるかもしれない。


 しばらくして、曲がり角の向こうから「こっちです」というトムの声が聞こえて、神官が数名駆けてくるのが見えた。ローズは神官に付き添われ、ベルフリーデは意識の無いまま担架に乗せられ、それぞれ家路に着いた。トムとケイトはそれを見送ってから二人で寄り添い、いつまでも降り続く霧雨の中を帰って行った。



読んでいただき、ありがとうございます。


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