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いつかあなたを  作者: Jun
救済の世界

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57 噴水広場の出来事

 辿り着いた噴水広場はダリアの花で装飾され、吹き出す水も光魔法で輝いて、祭りらしい華やかな空間に変わっていた。いつもは噴水の周りに人々が思い思いに座り、屋台で買ってきた昼食を食べたり、飲み物を片手に一息ついている憩いの場所だが、今夜はロマンティックな恋人たちの姿ばかりが目について、ローズは飴を握り締めて立っている自分がひどく幼く、場違いの様に感じられた。


 まだ両親は広場に来ていなくて、考えてみれば母は『あとで』と言ったけれど、父は同僚と一杯やってから来るのだろうし、母も友人の店に行けば、あれこれ買いながら長くなるお喋りを楽しんでいるに違いなかった。そうなると、このままここで長時間ただ待っているのも馬鹿馬鹿しいと、ローズもまた広場に戻ってどこかの店を冷やかすか、母の友人の店を探して合流しようかと考え始めた。

(よし、戻ろう。だけどせっかく来たから、噴水にコインだけ投げてからにしよう)


 普段はなんの変哲もない噴水なのに祭りの夜だけは、ここにコインを後ろ向きに投げて見事噴水の中に入れば願いが叶うという話がある。もっと夜が更けて来ると家に帰る前に運試ししようと考える者が増えて混み合うので、今のうちにとローズは考えた。

 ポケットを探り、家に出る前に入れておいた銀色のコインを手のひらに載せた。

 あとは願いを思い浮かべながら、これを背後に放り投げれば良い。


 ローズは今までと同じ願い『家族みんな健康で、仲良く暮らせますように』と願うつもりでいたが、いざ願いを思い浮かべる段になった時、今年はちょっと違う願いにしてみようかという考えが過ぎった。

 神殿でベルフリーデに『いい加減両親じゃなくて恋人』と言われ、噴水の周りが恋人だらけな事に少々あてられていたローズは、よし、私にも好きな人が現れますようにと願いながらコインを放り投げた。


 水音が聞こえれば良いなと思って急いで振り返ると、目の前に神官のトムが立っていて、しかも彼はローズの投げたコインをキャッチしていた。

「え、取っちゃったんですか⁈」

 トムは驚いた顔で、悲鳴の様な声をあげて迫るローズから距離を取りながら「これ、ローズさんのだよね」とコインを差し出してきた。

「そう。これが噴水にちゃんと入れば、願いが叶うところだったのに…。なんで取っちゃったんですか」非難するローズに、トムはきょとんとして「いや、何かの拍子に手から飛んでいったのかと…」と困惑した声を出した。


 ローズはため息をついて「これ、お願いをしながらコインを後ろ向きに投げて、うまく噴水に入れば願いが叶うって言うおまじないなんです。誰かが取った時どうなるのか聞いた事が無いけど、もう一回やっても良いのかしら…」

「そうだったのか。それはすまない。この噴水でそんな事をしている人を見た事が無かったから、全然知らなかった」

 それを聞いて(そういえばこの人は最近ここに来たんだっけ)と思い出したローズは、口調を和らげて「お祭りの夜だけの習慣だから、普段は誰もやらないんですよ。見た事がなくて当たり前です」と教えた。


「そう言う事か…じゃあ、君の願いはどうなるのかな。俺が手伝えるなら力になるが」

「いえ。そこまでしなくても大丈夫です。元々、他人に叶えられる願いではないですから」

 もう今年の願掛けは失敗と割り切ったローズは、広場に戻ろうとした。

「それじゃあ、失礼します」踵を返すと、トムは慌てて声をかけてきた。

「あの!昼間、母さんを助けてくれてありがとう」


 お礼を言われ、、ローズは足を止めてもう一度トムに向き直った。

「どういたしまして。昼間もお礼を言ってくれたし、私は聖女の役割を果たしただけだから、そんなに改まらないでください」微笑むローズに、トムは尚も何か言おうとして、迷った素振りをしている。

(ああ。もしかしたらあの魔力の話かも)ローズは浄化した魔力について口止めされた事を思い出した。

「あの。私は本当に誰にも言いませんから、安心してください。それより、ご本人はとても辛いと思います。何か原因があるなら、高位の神官に相談した方が良いと思います」

 得体の知れない黒い魔力が溜まって、呼吸もままならなかったトムの母親を思い浮かべて忠告した。


 「ありがとう。そうだね、君の言う通りだ。機会があったらそうする。

 とにかく今日は本当に助かったから、もう一度お礼が言えて良かった」トムはそう言うと、まだ持っていたコインをローズの手に握らせ、去って行った。

 その顔は諦めの気配に満ちていて、きっとトムは誰にも相談するつもりが無いか、もしくは相談しても効果が無いのは分かっているんだろうと思わせた。

 悲し気な背中を何となく見送っていたローズの背中を、誰かが強い力で押した。


「あ!」押された弾みで持っていた飴と、さっきのコインが飛んで行ってしまった。慌てて拾いに向かったが人混みの中で地面に落ちた飴細工は、あっという間に踏みつぶされて粉々になった。小さなコインもどこかに行ってしまって、見当たらない。

 ぶつかった者は気づかず通り過ぎたのか、謝る者も、壊れた飴を拾い集めるローズを手伝う者もいない。出来るだけ粉々になった欠片を拾い集めて袋に入れ、立ち上がって辺りを見渡したが、それらしい人物はいなかった。

(いくら混んでると言っても、あんな勢いでぶつかったら絶対に気づいたはずなのに。ひどいわ)

 おじさんが作ってくれた飴が、母の分まで壊れてしまった事に気落ちしたローズは、とぼとぼと歩いて広場へ戻った。


「ローズ?」俯いて壊れた飴の袋を持って歩くローズに、声をかける者がいた。顔を上げるとベルフリーデがいて、こちらを見ている。

「ベル」情けない声を出すローズに、ベルフリーデは「一体どうしたの。お祭りなのにしょんぼりしてる人がいると思ったら、ローズだったから驚いたわ。おじさん達と一緒に来たんでしょう。どこにいるの」と聞いてきた。

「お父さん達と一緒に来たけど、それぞれ行きたい場所に分かれて買い物してたの。お父さんは酒場で、お母さんはアクセサリーのお店に行くって言ってたわ。

 私はいつもの飴を買って両親と待ち合わせた噴水に行ったんだけど、そこで人にぶつかられて、せっかく買った飴を落として、粉々になってしまったの。

 だから、もう一度おじさんの店に行って買い直そうと思って、戻ってきたところよ」


 萎れた様子のローズにベルフリーデは「じゃあ、一緒に行きましょうよ」と言って腕を組んできた。「ベルはお母さんと一緒じゃないの?」ベルフリーデの家は父親が外国にずっと仕事に行っていて、いつも母親と二人で祭りに訪れていた。

「広場までは一緒だったけど、もうどこかに行っちゃったわ。私は知り合いに会えるかもと思って辺りを見ていたら、しょんぼりしてるローズに会えたって訳」陽気に笑うベルフリーデの笑顔を見ていると、さっきまで落ち込んだ気持ちが薄れてローズも笑顔になった。

「じゃあ、私は運が良かったな。そうだ。飴屋のおじさんが、ベルの分は無料で作ってくれるわよ」

「え、どうして」

「さっき買いに行った時、おじさんの腕に少し火傷があったの。それを治してあげたら喜んでくれてね。お返しにもっと作るって言ってくれたから、ベルが来たら作ってあげて欲しいって頼んでおいたの」今年一緒にお祭りに来るのを忘れていたお詫びよ、とローズは言った。


 それを聞くとベルフリーデは組んでいた腕をほどき、ローズの顔をじっと見つめた。

「どうしたの、ベル」

「ローズ。そういう事を軽々しくしたらダメよ。私たちは聖女なのよ。聖女の力は貴重なんだから、安売りするべきじゃないわ。軽い火傷なら、自分で神殿に行って祈れば治ったはずよ」

 今まで聖女の力は貴重などと言わなかったのにとローズは戸惑ったが、ベルフリーデの強い口調に気圧されてとりあえず頷いた。‘’安売り‘’という言い方に嫌な感じはしたが、はっきり何が嫌なのか分からなかったし、力に限りがあるのは確かだったからだ。

 ローズが頷くと、ベルフリーデはまた腕を組んでにっこり笑った。


「じゃあ、飴屋に行きましょう。もう治してあげてしまったなら、サービスしてもらわなきゃ損だもの」



読んでいただき、ありがとうございます。


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