56 祭りの夜
治癒の仕事が終わり控の間で着替えをした後、ローズは今日着ていた衣装を丁寧に畳んでカバンに入れた。刺繍に籠めていた聖魔法があらかた抜けてしまったので、家にある刺繡をした新しい衣装を持って来て、こちらは刺繍をほどいてもう一度刺し直そうと思ったのだ。
ベルフリーデがそれを目ざとく見つけ、聞いてきた。
「ローズ、その刺繍の魔力抜けちゃったの?最後に飛び込みで来た女性、そんなに悪かったんだ」
ベルフリーデを含む他の聖女には、トムが女性を母親だと言ったのは聞こえなかったらしい。彼女に溜まっていた黒い魔力の事もあり、ローズは敢えて詳しい事を伝えない方が良いかと思い「うーん。まあそこまででも無かったけど、最後だったから私の魔力の方が危なくなっちゃっただけ。このダリアのお陰で平気だったけど、魔力が抜けたから持って帰ってやり直すわ」と適当に誤魔化した。
「持って帰ってやり直すって。まさかローズ、刺繍を刺し直すつもり?そのダリアに魔力を籠め直すだけで良いじゃない」ベルフリーデが女性の事から刺繍に気を取られたので、ローズは何となくホッとした。
「うん。魔力を籠め直すのでも良いんだけど、刺繍をし直す方が力がたくさん籠められる気がして。それに私、元から刺繍が好きなのよ」
「そう言えばそうだったわね。自分の魔力で刺さなくても良いなら、私の衣装もローズに刺繍して貰いたいわ。そのダリアなんて、本当によく出来てるもの。羨ましいわ」
二人であれこれ話しながら控室を出ると、物陰にトムが立ってこちらを見ているのに気づいた。
ローズは何となく目を合わせずに通り過ぎたが、横を歩くベルフリーデはトムを見ると「ねえローズ。あの新しく来た神官さん、すごく綺麗な顔立ちをしてると思わない?髪の毛も光の加減で金髪に見えるし、瞳も青くて素敵だわ」と囁いて来た。
「そう?私は興味ないな」ローズが言うと「ローズは自分が金の髪で青い目の美人だからそう言えるのよ。私みたいな平凡な茶色の髪だと、やっぱり憧れるわ」と愚痴をこぼし「それに私だけでなく他の聖女も、彼の事を噂してるのよ。あんな人とお付き合い出来たら素敵だなって」と付け加えた。
(ベルは別に平凡なんかじゃないのに)とローズは思ったが、褒めても本気で受け取りそうにないので「そうなんだ。人気者なのね」とだけ答えた。
「お祭りで、何の飴を作ってもらうか決めた?」
「うん、やっぱりダリアの花にするわ。お祭りのシンボルだし、華やかだから持ってて楽しいもの」ベルフリーデが言うので、ローズも「私もそうしようかな。色違いのお揃いで持っても良いわね」と盛り上がり、二人の気持ちはすっかり祭りに移った。
楽しそうに話しながら帰って行く二人の後ろ姿を、トムはずっと見送っていた。
「おかえり」家に着くと、先に帰っていたリアムがサンドイッチを片手にローズを迎えた。エリナが作っておいてくれた軽食だ、と思った途端ローズは空腹を覚えた。
急いで手を洗って台所に行くと、エリナはちょうどローズの分のサンドイッチを皿に並べている所だった。
「ただいま、お母さん。それ私の分よね? 美味しそう!」
「おかえりなさい。そうよ、ローズの分。テーブルに運んでおくから、まず荷物を片付けてらっしゃい」
「はい」
ローズは手早く弁当箱をカバンから出して洗うと、部屋へ行き持って帰った聖女の衣装をクローゼットに仕舞った。
食堂へ行くと母も席に着いていて、隣にローズの分が並べてあった。
「いただきます」
魔力をかなり使ったせいか、いつもより空腹だったローズはどんどん食べ進め、あっという間に食べ終わりそうになった。それを見て、自分はみんなの半分くらいの量をつまんでいたエリナが「私の分もあげましょうか」と聞いてきた。
ちょうど口いっぱいに頬張っていたローズは無言で首を横に振り、急いで飲み込んでから「お祭りで沢山食べるから、大丈夫よ」と答えた。
「お母さんこそ、そんなにちょっとで大丈夫なの?」
エリナは「あなたの食べている姿を見ていると、それだけでお腹いっぱいになっちゃうわ」と笑って「私も、お祭りでいっぱい食べるつもりだから」と胸を張ってみせた。
「だから、これはあなたが食べて」結局エリナの分を貰ったローズは、全て綺麗に平らげてから、後片付けを引き受けた。
「じゃあ出かけようか」三人は沢山の屋台が立ち並ぶ広場に向かって出発した。
「うわあ」毎年のことながら、色とりどりのダリアの生花や造花がふんだんに飾りつけられた広場は、花籠の中を歩いている様でローズを夢心地にさせた。
(毎年見てるのに、どうしてこんなに感動するのか不思議だわ。まるで初めて見るみたいにワクワクする。綺麗なものは、何回見ても特別なのかも)
そんな事を思いながら歩き回っていると、少しずつ日が落ちて沢山の花型の提灯に灯が入った。広場の周りに張られたロープで揺れる提灯は、様々な色どりで輝きを放ち、辺りをますます幻想的にした。
「あれは光魔法で灯っているから、燃える心配はないんだ」
ローズが提灯を見上げていると、今年もリアムが同じ説明を始めた。エリナとローズは「それなら安心ね」と笑って説明を聞く。
それはローズが初めて提灯を見て『燃えちゃいそうで怖い』と泣いた時から、家族で毎年繰り返されるやり取りだった。ローズはすぐ光魔法を理解して怖がらなくなったのに、どうしてもあの時の幼い娘を思い出すリアムは、同じ言葉を口にする。
(もういい加減にやめて欲しいって言おうとしたら、お母さんが『お父さんはあの思い出をとても懐かしそうに話すから、我慢してあげて』って言うから…仕方ない)
ローズとリアム、両方の気持ちを知っているエリナは、ニコニコと提灯を見上げている。
「あ、あそこ。飴屋のおじさん来てる」ローズが二人に言うと、リアムは「じゃあ、お父さんはちょっと向かい側の店に行ってるよ。きっと同僚達がいると思うんだ」と素早く酒屋へ退散した。
「お父さん去年飴を食べさせられて、よっぽど辛かったのね」ローズは笑った。
「そうね。あの人が甘い物をあんなに食べるのは初めて見たもの。…私もお友達がアクセサリーの店を出すと言ってたから、見に行って来るわ。しばらくしたら噴水の所で会いましょう。お父さんにも声をかけて、一緒に行くから」
「お母さんも飴細工欲しい? 何の形が良い?」
エリナは少し考えて「私は赤い薔薇が良いわ」
「分かった。じゃあ、また後で」
「おじさん、こんばんは!」沢山の人が並んでいる列に並び、やっと自分の番が来たローズは、懐かしさでいっぱいの顔で飴屋の店主に声をかけた。
「おお、ローズ嬢ちゃん。今年も来てくれてありがとよ」店主は日焼けした顔をクシャッと皺だらけにして、ローズを歓迎してくれた。
「あれ、今日は一人かい」後ろをのぞき込む店主に「もう私も大人ですから。父はお酒の店、母はアクセサリーを見に行ったの。でも、母の分も頼まれてきたから、私は白いダリア、母は赤い薔薇をお願いします」
「よしきた」主人は繊細な火魔法を操って白い飴と赤い飴の形を整えると、ダリアと薔薇をあっという間に作り上げた。
「毎度あり、さあどうぞ」二つの花を差し出す店主に代金を支払い飴を受け取る時、店主の腕に小さい火傷跡があるのを見つけたローズは、こっそり聖魔法を使った。
「おや、これは」腕から火傷跡が消えた事に気づき、店主はローズの顔をまじまじと見た。
「ローズ嬢ちゃん、もしかしたら嬢ちゃんは」
去年から働いているとは教えてあったが、ローズが何の仕事をしているのかは店主も聞かなかったし、ローズも言っていなかった。
「私、聖女なの。この位の火傷なら神殿で祈るだけで消えるけど、おじさんはお祭りの間忙しくて、なかなか行けないと思ったから」
感激した店主が「お礼だ!」と言って再び飴を作ろうとするのを、ローズは慌ててやめさせた。
「じゃあ私の友達のベルが来たら、彼女の好きな飴を一つ作ってあげてもらえるかな」
「分かった。どんな子だい」
「やだ。昔から来ているから、おじさんもよく知ってるでしょう。茶色の髪で緑の瞳のベルフリーデよ」
「あ、ああ。そんな子いたかな…」
後ろに待っている人達に申し訳ないので、ローズはベルの分をお願いして急いで店を離れた。白いダリアと赤い薔薇、見事な出来の二つの飴をしっかり持って、待ち合わせの噴水広場へ向かった。
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