58 ベルフリーデの異変と母の魔法
広場に着くと、飴屋の行列はさっきより人が増えて長くなっていた。ローズが最後尾に並ぶと、ベルフリーデが嫌な顔をして組んでいた腕を引っ張った。
「ローズ。さっき治癒してあげたんだから、もうお金を払ってあるのと同じでしょ。一番前に行って、おじさんに頼めば良いじゃない」
「何言ってるの、ベル。そんなこと出来ないわ。ルール違反よ」ローズが驚いて反論しても、ベルフリーデは構わずどんどん先に進もうとした。
それを引き留めようと押し問答していると、後ろからエリナの声がした。
「ローズ。その人に浄化を使って」
藁をもつかむ気持ちでその声に従って掴んだ腕から浄化を流すと、昼間トムの母親に感じた黒い魔力がベルフリーデにも感じられてローズはギョッとした。けれど幸いベルフリーデの中の黒い魔力は微量だったので、浄化はすぐに終わった。
浄化された後、ベルフリーデはぼんやりした表情でローズを見て「わたし…。どうかしてたわ」とつぶやいた。
ローズはフラフラしているベルフリーデをエリナと一緒に支えて、ちょうど空いたベンチに座らせた。
「リアムを呼んでくるから、ここで待っていて」エリナがその場を立ち去り、ローズとベルフリーデは二人でベンチに残った。
「ごめんなさい、ローズ」
「ベル。気にしないで。驚いたけど、きっと人が多くて疲れていたのね。イライラして変な気持ちになるのは、誰にでもある事よ」
視線を合わせようとしないベルフリーデを気遣いながらそう言うと、彼女はローズの方を見て忌々しそうに言い返した。
「疲れていたからじゃない。あなたが私をイライラさせたのよ」
「どういう意味?」
「そのままの意味よ。私ね、あなたが噴水広場でトムと一緒にいるのを見たわ」
すっかりトムの事を忘れていたローズは、それを聞いて驚いて言った。
「あそこにいたなら、私に声をかけてくれれば良かったじゃない」
ベルフリーデは又ローズから目をそらした。
「私が声をかけなかったのが、悪かったって言うのね」
「悪いなんて言ってないわ。たださっきも言った通り、私はあそこで両親と待ち合わせをしてたの。だけど全然二人は来そうになくて、周りは恋人ばかりだし、居心地が悪かったわ。ベルが声をかけてくれたら、嬉しかったって言いたかったのよ」
「だけどあなたは、トムと恋人みたいに楽しそうに話してたでしょ。トムはあなたの手に、何か握らせていたわよね」ベルフリーデの明るい緑の瞳が、暗い森の中の色に変わった。
異変を感じたローズが再び浄化をかけると、ベルフリーデの瞳の色は元の色に戻ったた。
(こんなに頻繁におかしくなるなんて。いくら浄化をかけてもきりが無い)
ローズは、ベルフリーデが自分とトムの仲を誤解しているのが根本の原因だと思い、ちゃんと説明しようと試みた。
「ベル。私とトムが噴水広場で会ったのは偶然よ。私が噴水に投げたコインを、おまじないを知らないトムが受け止めてしまったの。
あの人は他所から来たばかりで、祭りの日に噴水にコインを投げる風習を知らなかったんですって。トムから渡されていたのは、私が投げたコインよ。おかげで今年の私の願掛けは、無かった事になったわ」
それに対してベルフリーデが何か言おうとした時、エリナとリアムがやって来るのが見えた。
「ベル。私の両親が来たわ。私が飴を買いに行く間、一緒にここで待っていて。ベルはなんの形が良い?」
そう聞きながらベルフリーデを見ると、そこにはもう彼女の姿は無かった。
どこに行ってしまったのかと辺りを見回していると、エリナ達がローズの所に辿り着いた。
「ローズ。あの人と知り合いなの? 彼女はどこに行ったの」
「知り合いって…。お母さんも知ってるでしょ。小さい頃から一緒に勉強していたベルフリーデよ。今は神殿で私と同じく聖女になっているわ」
ローズが答えると、エリナが小さく叫ぶ様に「本当にベルフリーデなの」と言って、リアムの顔色も悪くなった。
「彼女の名前はベルフリーデなんだね」リアムが再度確認すると「そうよ。お父さんも神殿で会った事があるでしょう。茶色の髪に緑の瞳のベルよ」ローズは何を今さらと、呆れたように答えた。
それからエリナが疲れたと言い出したので、飴を買い直したいローズは二人に先に帰って貰おうとした。
「飴を噴水広場で落として、割れてしまったの。もう一度買ってくるから、お母さんは先にお父さんと家に帰って良いわ」
しかし二人がどうしても待っていると言うので、ローズは大急ぎで飴の列に並びに行った。
再び現れたローズを見て店主は驚いたが、不注意で落として壊れてしまったと話すと、すぐにさっきと同じ白いダリアと赤い薔薇を作ろうとしてくれた。
ローズはベルフリーデの分も頼もうと「おじさん、さっき頼んだベルの分で、ピンクのダリアも追加でお願いします」と言った。
店主は「分かった、ピンクのダリアだな」と三本の飴細工を作り始めたが「済まないが、やっぱりそのベルって子を思い出せないんだよ。ローズ嬢ちゃんの友達なんだよな。来年は一緒に連れて来てくれよ」と頼んだ。
ローズはベルも毎年来ていたはずなのにと思ったが「分かりました。来年は一緒に来ます」と答えた。
お代は良いよと言ってくれる店主に、ローズはベルの分だけサービスにして貰って、二本分はお金を払った。
「また来年来ます」と約束してリアムとエリナの元へ急いで戻り、三人は家路についた。
帰ってからローズがエリナに紅い薔薇の飴細工を渡し「おやすみなさい。ゆっくり休んでね」と部屋に行こうとすると、エリナは「ローズ、私達、あなたに少し聞きたい事があるの。お茶を淹れるから、座ってくれる?」と引き留めた。
「お母さんは疲れてるんでしょう?明日じゃダメなの」
「どうしても気になるから、今日聞いておきたいの」
「じゃあお茶は私が淹れるわ。お母さん達は座っていて」
「ありがとう」
ローズは夜なのでハーブティを淹れ、二人の待つテーブルに持って行った。
「さっきの彼女…ベルフリーデの事だけれど、浄化する時黒い魔力を感じなかった?」お茶を一口飲んで、エリナが口を開いた。
「うん。どうして分かったの。あの時、お母さんは私に浄化しなさいと言ってくれたよね。ああ言って貰えなかったら、私はベルの異変を止められなかったと思う」
エリナは深く息を吸って吐いた。隣ではリアムが、膝の上でエリナの手を握っていた。
「今まで話さなかったけれど、私も聖女だったの」
ローズは初めて聞く話に驚いた。誰しも魔力を持ち魔法を使えるこの世界で、エリナは何の魔法が使えるのか、娘のローズでさえ知らなかった。
「聖女だったって言う事は、今は違うの?」
「今は…聖女ではあるのかもしれないけど、もう魔法は使えない。お母さんは、聖女の力を使い果たしたの」
「使い果たしたって、どうして。私も一度倒れた事があるけど、魔力は無くなってもまた回復するでしょう」
「ローズ。本当に最後の一滴まで使ってしまうと死んでしまう事もあるし、眠っても回復しないわ。だから、私は今は何も魔法が使えないのよ」
「そんなになるまで魔力を使ったなんて、一体何があったの」
それは言えないと答えて、エリナは真剣な顔でローズに言った。
「あの黒い魔力は危険なの。本当ならこの世界にはあんなものは入ってこないはずなのに、どこからどうやって入り込んだのかしら。ベルフリーデの黒い魔力は、おそらくあなたに向かってる。どうしてあの子があなたの前に現れたのか分からないけど、出来るだけベルフリーデに近寄らないようにして。もし異変があったら、すぐに浄化するのよ」
「お母さん。私とベルは小さい頃から親友なのよ。近寄らないなんて出来ないわ」
エリナとリアムはその言葉に痛みをこらえる様な顔を見せた。
訳が分からないでいるローズに、エリナは重ねて言った。
「それでもあれは本当に危険なの。一緒にいたら、あなたはこれから何度も彼女に浄化をかける事になる。お願いだから、出来るだけ彼女から離れて、関わらないと約束して」
ローズはベルフリーデと離れるとは、とても約束できなかった。
黙って返事の出来ないローズをじっと見ていたエリナは、テーブルの上のローズの手を握り締め「お願いよ」と額に押し当てた。
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