54 三人家族
「ローズ、もう時間よ。起きなさい」もぞもぞと上掛けに潜り込む金色の頭を見て笑顔を浮かべると、エリナは部屋のカーテンを開いた。東向きの部屋に眩しい朝日が差し込んで、ローズの金の髪に反射しキラキラと輝いた。
「おはよう」まだ半分目を閉じたまま挨拶する娘に「おはよう。朝ごはん出来てるわよ。お父さんと一緒に出るなら、急いだ方が良いわ」と言って、頭に優しくキスを落とした。
「もう、お母さん。いつまでも子ども扱いしないで」
母にキスされたローズは、文句を言いながらベッドから這い出て大きく伸びをした。やっとまともに目が開いた途端、直撃してきた陽の光に顔をしかめながらも「うわ、いい天気。これなら今夜のお祭りは心配ないね。みんな楽しみにしてたから良かった」と明るい声を上げた。
うきうきして眠気が吹き飛び、ローズは素早く身支度を整えると、洗濯物を干し終えた母と一緒に階下に降りた。
「おはよう。お父さん」
テーブルにはリアムが座って朝食を取っていた。メニューはいつもと同じ卵料理にカリカリに焼いたベーコン、野菜サラダとトーストだ。卵は母の気分によってサニーサイドアップ、ハーフボイルドなど色々だが、ほとんどの場合リアムとローズが好きなスクランブルエッグにしてくれる。今日もふんわり半熟に炒められた卵が、ベーコンの横に美味しそうに添えられていた。
「おはよう。ローズ」二人がテーブルに着くと、リアムは読んでいた新聞をガサガサ音を立てて折り畳んだ。食事中に新聞を読むのはお行儀が悪いと分かっているが、誰もいない時はつい広げてしまうのが常だった。
「何か面白い記事あった? 昨日南部で起きた羊の大量脱走は解決したの?」
ローズが聞くと、エリナもそれを思い出して「あれは歌の魔法を持ってるって知らなかった子どもが、間違えて羊を集める歌を歌っちゃったのよね?」と笑った。
「そう。その子はまだ四歳だったから、神殿で判定を受けていなかったんだね。自覚は無くてもやっぱり歌が好きだから、家族と一緒に牧場に行った時、牧場付きの魔法使いが歌っていたのを覚えてしまったらしい。それを思い出して家の庭で大声で歌っていたら、周りを羊に囲まれてて大泣きしたらしいよ」
「集められた羊たちも驚いたでしょうね」ローズも笑いながら、素早くトーストにベーコンとスクランブルエッグを乗せて、その上で胡椒をガリガリと挽いた。
これをパタンと半分に折り曲げてそのままかじりつけば、ピリリとした胡椒とベーコンの塩気を卵が優しく包み、遅刻しそうな日に最適なサンドイッチになるのだ。
「これは美味しくてすぐ食べられる、最高の朝食よ」得意げに言って、沢山の具で分厚くなったサンドイッチを大きな口で頬張るローズを、リアムもエリナも愛しそうに見つめた。
「行ってきます!今日は出来るだけ早く帰ってくるね」
無事にリアムの出勤時間に間に合い、エリナの作ってくれたお弁当をバッグに入れたローズはリアムと一緒に家を出た。リアムの手にも、一回り大きい弁当の入ったカバンがしっかりと握られている。
「行ってらっしゃい。お祭りで沢山食べるでしょうから、軽くつまめる物だけ作っておくわ」エリナが玄関で手を振り、二人の姿が角を曲がるまで見送ってくれる。ここまでがローズ達一家の毎朝の風景だ。
ローズとリアムは大通りに出るまでの路地を一緒に歩き、いつもとりとめのない話をする。今日の話題は、街中に飾り付けがされ、そこかしこで出店の準備が行われている今夜の祭りに終始した。
ローズは小さい頃から必ず両親と三人で祭りに行き、祭りのシンボルであるダリアの花を買って貰ってから、沢山の屋台を冷やかして買い食いするのが常だった。
もちろん今年もそうするつもりで、リアムも早めに帰ると約束している。
「今年もあの飴屋さん来るかな」
いつも同じ場所に出店する飴屋は、ダリアはもちろん、他にも色々な花や動物、星や蝶々など、頼めば何でも作ってくれる店で、小さい頃からローズのお気に入りだった。
毎年買いに行くローズを、飴屋の主人は『ローズ嬢ちゃん』と呼んで覚えてくれて、去年初めて自分の働いたお金で買いに来たと言うと「おお、あの小さかったローズ嬢ちゃんが、自分の金で俺の飴を買ってくれるなんてな」と感激し、何個もサービスで作ってくれたのは記憶に新しい。
「きっと来るさ」
去年大量の飴を貰ったローズのおかげで、苦手な甘い物をノルマと称して無理やり食べさせられたリアムは、辛かった事を思い出しながら苦笑いをした。
そんな事を話しているうちに大通りまで来て、二人の分かれ道に辿り着いた。ここで役場へ向かうリアムは右へ、神殿に向かうローズは左へ別れる。リアムは役場の土木課で働いていて、持って生まれた土魔法を生かし壊れた橋や道路を直したり、時には地方へ出張してその土地の魔法使いと共に大規模な工事を行ったりしている。
ローズは五歳の時、皆が受ける魔力鑑定で聖魔法が使える事が分かり、幼い頃から神殿で勉強して去年から正式に神殿に勤める聖女の一人になった。そこで貰ったお給料で、去年は飴を買ったのだ。今は人々の病気やケガを癒やす仕事が直接修行になるので、もっと大きな魔力を得られるように努力している。
この世界の人間は皆何らかの魔法が使えて、それぞれの持つ力で助け合って暮らしている為、何の魔法が使えるかで優劣がつくという訳では無い。しかしローズの様な聖女は、確かに珍しい存在ではあった。だからこそローズはもっと魔力を増やし、沢山の人を癒やしたいと思い続けている。
「あまり無理をするなよ。母さんが悲しむ」
今日の仕事へ向け気合を入れ直したところで、ローズの心を読んだ様にリアムから釘を刺された。「こないだみたいに、魔力の使い過ぎで倒れたりしないように」
「うん。そうだね。気を付ける」ローズは素直にうなずいた。
あの日治癒を頑張り過ぎ、魔力が尽きてローズが倒れたと知らせを受けたエリナは、神殿まで飛んできた。蒼白になって今にも死にそうなエリナの様子に、控室のベッドに寝かされていたローズは大いに反省した。
家に知らせに行ってくれた神官からも「ローズが倒れたとお伝えたした時、母上の顔色が余りにひどくなられたので、私が送って来るので家でお待ちくださいと申し上げたんだ。けれど母上は、どうしてもすぐ迎えに行くとおっしゃられた」と言って「母上の為にも、くれぐれも無茶をしないように。人を癒やすあまり身近な方を病気にしては、元も子も無いぞ」と諭された。
それからのローズは周囲が見張っている事もあり、自分の限界を気を付けて見極めるようになった。
思えばエリナは昔からひどく心配性で、幼いローズといつも一緒にいてくれた。なのに一度だけ、少し目を離した隙にローズの姿が見えなくなってしまい、近所中を探し回った事があった。
隣に住むアン叔母さんは、エリナと一緒にローズを探し回ったメンバーの一人で、ローズに懐いている飼い犬のシャンティまで動員したと言う。
散々近所を探しても見つからず一旦家に戻ってみたら、実はローズは家の中にずっといたのだと笑い話として語ってくれた。
発見された時ローズは戸棚の中で眠りこけていて、匂いに気づいたシャンティが戸棚の前で吠えたので、皆そこにローズがいると分かったのだそうだ。
その時の事で不思議だったのは、ローズがいた戸棚の扉がきちんと閉まっていた事だった。ローズは暗闇を怖がる子どもだったのに、何故戸棚に入った上に扉を閉めたのか、誰にも分からなかった。
もう一つ不思議だったのは、ローズが見慣れない石で出来たダリアの花を抱え込んでいた事で、両親はどちらもそんな物を買った覚えは無かった。
けれど目が覚めたローズがそれを離さなかった為、ダリアは一緒に戸棚から出されて、それ以来ずっとローズの部屋の棚に飾られている。
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