53 操り人形と嘆きの少女
シュタイン家とガードナー家、二家の総力を挙げての捜索にも関わらず、クラウスとタミーの行方は分からずじまいだった。乳飲み子を連れて遠くへ行ける可能性は低いのに、邸周辺から始めて捜索範囲を徐々に広げていっても二人の行方の手がかりは見つけられなかった。
クラウスを自ら渡したカミラは何を聞かれても説明も弁明も無く、あれほど一緒にいたクラウスを失くしても泣きも嘆きもせず、淡々とクラウスが生まれる前と同じ生活を送っていた。笑ったり会話したりといった人間らしさはないが、習慣化している行動は機械仕掛けの人形の様に、元の通り完璧にこなした。
トーマスとアランは悪魔であるクラウスが力を使い、出会った人々を従わせてどこかに潜んでいると確信していたが、結局どうする事も出来ずにいた。
ローズの行方も探し続けていたが、こちらも何の手がかりも無いまま何日かが過ぎて、アランはトーマスを気にかけながら、そろそろガードナー家へ戻らなければならなかった。
二人はその前に、あの時聞けなかったカミラの乳母とその息子の話を、シモーヌに話して貰う事にした。
「カミラ様は乳母とその息子のトムが湖の底へ沈んだ時、必死で邸まで走って戻り、庭師に助けを求めてから気を失われました。庭師の知らせで、私も含めて邸の者が湖へ行って二人を探し、ボートも出して水底も捜索しました。けれど二人の姿はおろか、足を滑らせた跡や水に飛び込んだ形跡も見あたらなかったんです。
湖は子どもの足でも無理なく一周出来るくらいの大きさで、水も澄んで底まで見える程なのに、本当に何もありませんでした。残っていたのはカミラ様達がピクニックをしていた跡だけで、湖畔には敷物やバスケットが残されていました。そんな時なのに、三人がそこで楽しく過ごしている姿が目に浮かぶような気がしたのを覚えています。
二人が湖に落ちた痕跡が見つからなかったので、当時の家令はカミラ様が嘘をついていると非難しました。本当は二人に見捨てられたのを認めたくなくて、湖に沈んだと言っているのだと。今考えると主家のお嬢様に対してひどい話です。ですが、その頃のカミラ様のウィルソン家での扱いはそんなもので、家令も他の一部の使用人も、それを本気で信じていたんです。
けれど目を覚ましたカミラ様は、今までのカミラ様とは違いました。令嬢として完璧な態度で、家令の不敬な言動を父である伯爵様に指摘されました。その様子を見た伯爵様は、今までのご自分のなさり様は忘れて、家令に厳しい処分を下されました」
「俺の知っているカミラは屋外も運動も嫌いで、湖でピクニックしたり、ましてや走ったりなど想像も出来ない」トーマスがこぼすとシモーヌは「私は存じ上げていたはずなのに、何故かすっかり忘れていました。思い出してみれば幼い頃のカミラ様はいつも外でトムと遊び、庭師とも仲良しで子犬を可愛がっていました。
奥様も旦那様はそういうカミラ様を無視するか嫌うかで、私たち使用人もカミラ様を軽んじておりました」そう言うとシモーヌは、申し訳なさげに肩を落とした。
シモーヌの話の後でアランが「トーマス、ウィルソン領へ行って湖も見たいが、その前にタリム村の森の煙突の様子を確かめに行かないか」と提案してきた。
「シモーヌの話では、湖の水は澄んで底が見えるほど綺麗だと言っていただろう。君の見た煙突の中の水も、いつまでも澄んで綺麗だと言うし、何か共通点があるのかもしれない。俺はレイモンドが煙突を作ったのは、君が最初考えた通り、ローズをならず者から守る為だったと思っている。
沢山の人が亡くなった悲しい場所だし、悪魔の危険が去った訳ではないが、手がかりが何もない現状を考えると見に行った方が良いと思う。煙突を作ったレイモンドと、聖魔法を持つマーガレットを連れて行こう」
森へ行く都合がついたら連絡すると言って、アランはガードナー家へ帰って行った。
アランを見送ったトーマスは、話が出来るか分からないが久しぶりに顔を見ようと、カミラの部屋へ向かった。
「カミラ、入るよ」ノックをして、返ってこない返事を待たずトーマスは室内へ入った。カミラはシモーヌが持って来た家政に関する伝票を見ながら、以前毎日こなしていた日々の帳簿付けを行っている所だった。カミラがこの仕事に復帰して最初の内は、シモーヌがカミラの付けた帳簿を確かめていたが、全く間違いのなかった為再びカミラの仕事に戻っていた。
トーマスが来ても何の反応も示さないカミラに構わず、トーマスは話しかけた。
「カミラ。アランがさっき、ガードナー領に帰って行ったよ。俺たちは本当にアラン達に世話になりっ放しだな。…シモーヌに頼んで、君の小さい頃の話をしてもらったんだ。
君は、俺の全く知らない苦労をしていたんだね。俺が君に知り合った頃君はもう立派な淑女だったから、外遊びが好きだったなんて全然予想しなかった」
カミラは黙々と計算をし、出てきた数字を帳簿へ書き入れる。
「俺とのお茶会を庭でやる時、君はいつも日焼けや虫を気にしていただろう。だから、湖でピクニックをしていたと聞いて驚いたよ。乳母の息子と外で遊んでいたというのもね。その頃の君に会ったら、俺はきっと大喜びで君を遊びに誘っただろうな」女の子との接し方をよく知らず、全く紳士的に振る舞えなかった少年時代を思い出し、トーマスは「今もアランみたいには振る舞えていないか」と笑ってからカミラの方を見て、驚いた。
「カミラ、どうした。どこか痛いのか」
ペンを握り締め、帳簿に目を落としたままの姿勢で、カミラは涙をこぼしていた。そのせいで書き入れた数字のインクが滲み、ページが染みだらけになっていく。
慌てるトーマスをよそに嗚咽をこぼすカミラの泣き声はどんどん大きくなり、やがて小さな子どもの様に泣きじゃくり始めた。
「カミラ、大丈夫か。何か怖い事でもあるのか」トーマスが慌てて近寄り顔をのぞこうとすると、カミラは泣きながら大きな声を上げた。
「私は哀れじゃない!乳母やもトムもいるんだから!」立ち上がってどこかへ行こうとするカミラをトーマスが引き留めると、カミラはまっすぐにトーマスの顔を見て「私は忘れたくない!無かった事にしないで!」と叫んで気を失った。
「カミラ…」抱き留めたカミラの心が、どこか遠い世界にいるのだとトーマスは感じた。
しばらく眠って目覚めたカミラは、また元通りの機械人形に戻っていた。
心配する周囲をよそにベッドから出ると机に座り、倒れる前にやっていた作業を再開した。インク染みで汚れた帳簿のページをナイフでサッと切り取とると、何事も無かった様に新しいページに記入を始める。あの時の少女は、またカミラの心の奥深くに潜ってしまったのだと、トーマスは思った。
(俺はああいう瞳を前にも見た事がある。ローズがアマンド男爵家と縁を切ろうとした時、レイモンドを守ると決めた時と同じ、魂をかけた必死の目だ。カミラは大切な物を悪魔の力で奪われていたのか。彼女が忘れたくないと言った何かを、どうしたら取り戻してやれるんだろう)
課題ばかりが増えて、何一つ具体的な進展も、進展させる方法も得られないまま、否応なしに日常の執務に追われているトーマスの許に、タウンハウス家令のスティーブンから、酒場での聞き取りの報告書が送られてきた。そこには下男のジミーがタミーを見かけた後で何が起こっていたのか、酒場の主人の話した内容が記されていた。
『ジミーが酒場でレイモンド様の魔法について話した時、以前から酒場に出入りしていた男が非常に興味を示し、ジミーの帰った後、仲間達と何か相談をしていたそうです。
ジミーが何者なのか尋ねられ、酒場の主人は最初知らないと答えたそうですが、男に店で暴れられそうになってシュタイン家の下男だと漏らしたと白状しました。
主人は、その後ジミーが酒場に現れたら知らせる様に言われましたが、ちょうど男達がいる時にジミーが来店して絡まれる事になりました。その時のジミーの対応は、本人の言った通りで嘘はありませんでした。
ジミーが店から逃げた後、男達は声高にレイモンド様誘拐について話し合い、それを嫌って他の客がいなくなった後、店主は一人の女客が残っている事に気づきました。それがタミーだと思われます。
計画を練っていた男達が酔いも醒め、ほとんど誘拐を諦めた所で、タミーらしき女と男達が接触しました。女が男達と同じテーブルに移って何か話した後、男達が再度レイモンド様誘拐に執着し始めたと店主は言っています。女はまるでならず者の首領の様に振る舞って、皆を鼓舞しまとめ上げていたそうです』
(やはり、タミーからローズ達の移動計画は漏れていたんだな。俺たちはクラウス、悪魔の手の上で操られていたのだろう)
読んでいただき、ありがとうございます。
続きが読みたいと思っていただけたら、ブックマーク、評価(下の方にある☆☆☆☆☆)、いいねで応援してくださると嬉しいです!




