51 伯爵夫人の侍女
「あのう、スティーブンさん。お話ししたい事があります」
シュタイン家タウンハウス家令のスティーブンは、庭でレイモンドの作ったオブジェを倉庫へ片付ける指示を出していたところ、下男のジミーに声をかけられた。
ジミーは以前レイモンドの魔法について酒場で話してしまい、スティーブンにきつく叱責された男だった。あの時は申し出れば罰さないという約束だったので許したが、本来解雇されてもおかしくはない出来事だった。そのせいか、ジミーはひどく怯えた様子で思い詰めた目つきをしていた。
「ジミーか。どうした。まさかまた、何か仕出かしたんじゃないだろうな」
スティーブンに睨みをきかされ、ジミーは目を泳がせ言い淀んだが「俺が、何かした訳じゃないです。坊ちゃんの事は魔法契約もしましたし、誰にも話しちゃいません。ただ、今回の大旦那様達の事件で、話しておいた方が良いと思う事があります」と神妙な顔で言った。
「今回の事件に関わる話というのか」
スティーブンは下男達に指示を出して、その場を離れてジミーを邸内の小部屋に連れて行った。
「ここなら誰も聞いていない。話してくれ」
「実は魔法契約をした後、以前話した酒場にまた飲みに行ったんです。そこで坊ちゃんの魔法をもう一度詳しく話せと、ごろつきに絡まれました。もちろん俺はもう何も話せないと、魔法契約しているから無理だと断って、隙を見て逃げ出しました。だから今回の事件がそいつらの仕業かどうか分かりませんが、お話しておかなければと思いました。俺も大旦那様には良くしてもらったので、もしあいつらが犯人だったらと思うと申し訳なくて…」ジミーは手ぬぐいで目元をぬぐった。
「そうだったのか。分かった、よく話してくれたな。その酒場はこっちで調べよう」スティーブンが請け負って、ジミーも「ありがとうございます」と言い、話は終わったかに思えた。
しかしジミーは尚も「それとその時、酒場に見覚えのある女がいたんです。ずっと誰だか思い出せなかったんですが、この前ふいに奥様の侍女だったと思い出しました」と聞き捨てならない事を言い出した。
「奥様の侍女だと?どうしてお前が領地にいる奥様の侍女を知ってるんだ」
「奥様がタウンハウスにいらした時、一緒に来た事がありました。それで見覚えがあったんです」
スティーブンは背筋に冷たい汗が流れた。大旦那様達を襲撃した可能性のあるならず者と奥様の侍女が同じ酒場にいたなんて、最悪の想像が当たるなら、これは大変な事になる。
「いいか。これは本当に大事な事だ。 奥様の侍女がお前の行く様な酒場にいたなんて、見間違いじゃないのか。奥様は領地から出ていないんだぞ」
ジミーはスティーブンの真剣な顔に恐れを抱きつつも、大旦那様の襲撃を解決する何かの助けになればと、懸命に答えた。
「俺もあの女が王都の、それも酒場にいるなんて、おかしな話だと思いました。だから何べんも考えましたが、確かに奥様の侍女をしている女でした。
俺は以前奥様がいらした時、その侍女の荷物を邸に運んだんです。普通に運んでいたのに、乱暴に扱うんじゃないとひどく叱られました。同じ使用人同士なのにずいぶん高飛車な女だと思って、顔を覚えてその後は近寄らないようにしていたんです。
その後奥様は長いことタウンハウスにいらっしゃらなくて、あの女の事も忘れかけていて最初は気づきませんでしたが、思い出してみればあの女で間違いありません」
「お前はその女の名前を知っているか。それとどんな外見か教えてくれ」
「奥様はタミーと呼んでいました。髪は赤茶で瞳は濃い茶色です。あと、ここに大きい黒子がありました」ジミーは自分の右の頬を指さした。
「分かった。この事はもう誰にも話すんじゃないぞ。お前は騎士と一緒に酒場へ行って、店主にその日お前が帰った後に起こった事を聞いて来い」
ジミーを騎士と一緒に酒場へ向かわせたスティーブンは、急いで本邸へ手紙を書いて今聞いたタミーの話を伝えた。
アランとトーマスはシモーヌには明日話を聞く事にして、アランはマーガレットとレイモンドが待つ別邸へ戻った。トーマスはレイモンドに会いたかったが、蛇である疑惑が固まったクラウスとカミラを放り出して行く訳にはいかず、二人を本邸で見張りながら、神殿へ悪魔への対抗手段について助言を求める手紙を書くことにした。
(アランはマーガレットの聖魔法が籠ったハンカチを沢山残して行ってくれたが、それでは蛇を封印出来ないとなると、大昔にいた聖女でも現れない事にはどうしようもないのか。神殿に封印の方法が伝えられていれば良いんだが。いや、それ以前に、もっと悪魔の事や聖女の事を知らなければ)
執務室で手紙を書いているトーマスの所へ、家令のオリバーが一通の手紙を持ってやって来た。
「トーマス様。タウンハウス家令のスティーブンからでございます」
「スティーブンか。今回の件は、あっちでも大変なショックを受けただろうな」
「はい。スティーブンは、レイモンド坊ちゃまの作られたオブジェを、全て人目に付かない倉庫へ片付けるそうです」
「そうか…。スティーブンが責任を感じ過ぎなければ良いが」
話ながらペーパーナイフで封を開け、トーマスは手紙を読み始めた。読み進むうちに顔が強張っていき、突然オリバーに「カミラの侍女にタミーという女はいるか? 今どうしている?」と尋ねた。
「タミーでございますか? はい。確かに奥様の侍女にそんな名前の者がおります。確かメイド長と同じく、ウィルソン家からついてきた者です。今どうしているかは特に何も聞いていませんが、シモーヌを呼んで参りましょう」
オリバーが立ち去った後トーマスは、今回の襲撃にもしタミーが関わっていたら、つまりはカミラが背後で指示をしている事になると思い、厳しい表情でこぶしを握り締めた。
しばらくして、オリバーに連れられたシモーヌがやって来た。
さっき胸の内を明かし業務を円滑に進められる様になった為か、彼女の顔つきは幾分穏やかだったが、疲労の色は相変わらず濃かった。
「旦那様。タミーの事をお聞きと伺いました。確認しましたら、タミーは奥様の用事で王都に行っています。まだ戻ってはおりません」
「何の用事で、いつ王都に行ったか分かるか?」
「それが私もはっきり覚えていないのですが、王都に行ってからかれこれひと月になろうとしていると思います」シモーヌは、疲れた顔で「申し訳ありません。私も自分の事で精一杯で、タミーがいつ戻るのかも、どんな用事なのかも聞きませんでした。ただ奥様に言われるがまま、タミーの王都行きの旅費を用意して渡しただけなんです」
トーマスはシモーヌを責める事は到底出来なかったので「分かった。もしタミーが戻ってきたら教えてくれ」と答え「それと、明日で良いんだがウィルソン伯爵家の話が聞きたい」と言うと、シモーヌは驚いた顔をしたが「かしこまりました」とその場を辞した。
「旦那様。タミーという侍女がどうかしたのですか」オリバーに尋ねられ、トーマスは「いや。まだはっきりした事は言えないが、もしかしたら父上の襲撃に関して知っている事があるかもしれない。シモーヌにはこれ以上重圧を負わせられないから黙っていてくれ。オリバーは門番に、タミーが戻ってきたら邸内に入れず、俺を呼ぶよう伝えてくれないか」
「分かりました。すぐに伝えて参ります」
読んでいただき、ありがとうございます。
続きが読みたいと思っていただけたら、ブックマーク、評価(下の方にある☆☆☆☆☆)、いいねで応援してくださると嬉しいです!




