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いつかあなたを  作者: Jun
壊れゆく世界

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50 蛇と聖女の伝説

「クラウスを預かるよ」アランはそう言って部屋の中へ入ろうとした。

「嫌よ!クラウスを連れては行かせない」突然カミラが声を荒げて、アランは何かに身体を締め上げられた。しかし身に付けていたマーガレットの聖魔法がアランを守り、邪悪な蛇の力を跳ね返した。

緊張をはらんだ一瞬の攻防が過ぎると、カミラが穏やかな口調に戻って言った。

「クラウスはもう眠っているから、動かすと起きてしまうわ。だからこのままで良いの」

「そうか。じゃあ、くれぐれも無理をしないように」アランも又、何事も無かった様に言葉を返した。

「ありがとう。アラン様」

 アランはそのまま立ち去ったが、元通り人形に戻ったカミラの膝の上のクラウスは、闇の中で目を光らせ気持ちは激しく高ぶっていた。


(くそ…あの男、今絶対に何か勘付いたはずだ。だが、あいつに俺を連れて行かせる訳にはいかなかった。どうする。このままここにいたら、聖魔法で何か仕掛けられるぞ)

 カミラを見て何か策はないかと考えたが、いやダメだ、と首を振る。

(こいつはもう使えない。そうだ。あの女がいたじゃないか。あの女を呼び寄せよう)

 クラウスは闇の力を使った。

(さあ、俺の声が聞こえるだろう。シュタイン邸へ戻り、俺をここから連れ出すんだ)


 アランは廊下を進んで隠れていたトーマスと合流し、居間へ戻った。

 そこでポケットに入れていたハンカチを広げると、聖魔法の籠められた刺繍部分が真っ黒に変色し、元の色も分からない程になっていた。予想していたとは言え、おぞましい結果を見て二人は戦慄した。

(これか、ローズが言っていたのは…)トーマスは慄きながらも、行方の分からないローズを思い出し、戦う気持ちを奮い立たせた。アランはと言えば、マーガレットから詳しく蛇の説明を受けていたので、いち早く冷静になっていた。

「これでどちらかが闇魔法を使っているのは確かだが、トーマスはどう見る?」

 トーマスは少しだけ考えて「俺は、クラウスが蛇だと思う」と答えた。


「それはどうして」

「まずクラウスを産んでから、カミラが蛇を出す事がなくなった。出産後も何回か、以前と同じく感情を高ぶらせる事はあった。その度に俺は、また同じ現象が起きるかと身構えていたが、結局一度も蛇は出てこなかった。

それと、出産前には全く俺の言葉を受け入れなかったカミラが、少しだけだが話を聞いてくれる様になっていた。それもレイモンドが魔法を発現して状況が変わったら元に戻ってしまったが、確かに一時彼女とやり直せる希望が持てたんだ」トーマスは言って「そういう変化と、乳母やメイド長の話を併せて考えると、力の大元はカミラではなくクラウスだと思うんだ」

「俺もそう思っていた。そう考えるのが、例の悪魔の文献と整合性がある」


 カミラの部屋に来る前に、アランはトーマスにマーガレットの実家で読んだ悪魔についての話をしていた。

「お前も、小さい頃に聖女が悪魔を封印した話を聞いた事があるだろう」

「ああ。絵本で読んだな。悪魔が王子になりすまして、国を乗っ取ろうとするんだ。そこに聖女が現れ悪魔を封印して、国を救ってめでたしだ」

 挿絵に描かれていた聖女がすごく綺麗な少女で、俺も会ってみたいと思っていたな、とトーマスは笑った。

「まさかそれが、フロスト子爵家にあった本って訳じゃないよな」

「まさか。子爵家にあったのは絵本に描かれた物語じゃなくて、物語の元になった、本当に起こった事を書いた本だったんだよ」

そう言って、アランはフロスト子爵家にあった本の内容を教えてくれた。


 あの絵本で悪魔は王子になりすましていたが、実際には貴族の家の何番目かの子息になっていたんだ。その家には他にも何人か子がいたが、悪魔が成長すると一人また一人と早逝し、父親である領主も不慮の事故で早死にした。結局後に残ったのは嫡子と悪魔である子息だけになった。


悪魔は嫡子も亡き者にしたかったんだろうが、余りに不幸が重なったせいか、正体を見破られない様にしばらく大人しくしていたらしい。

だが爵位を継承し領主の地位につく為に、嫡子が王都に行って王に拝謁する事になった時、それを利用しようと考えた。王都への旅に同行し途中で事故に見せかけ嫡子を亡き者にしたら、一人だけ後継者として残った自分がそのまま王に拝謁し、領主の座に就こうと画策したんだ。


しかし弟の知らない内に、出発前に旅の無事を祈るため、嫡子は神殿へ訪れていた。

嫡子自身は神殿になど行きたく無いと言ったんだが、不幸の続く家を心配した周囲の強い勧めがあり、仕方なく行ったとあった。実は彼は既に闇魔法をかけられていて、神殿には近寄りたくないと思わされていたんだ。

彼の行った神殿には運良く力の強い聖女がいて、嫡子を見て即座に闇魔法がかけられていると見抜き、魔法を解いてくれた。


 今までの話を詳しく聞いた聖女は、弟が悪魔であると判断した。

そこで嫡子と二人で策を練り、清浄な気に満ちた聖なる湖まで悪魔である弟をおびき出した。土地の力を味方につけた聖女は悪魔と闘ったが、悪魔の力が強かったため滅ぼす事は叶わなかった。聖女は最後に自らの力を全て使い、悪魔をその地に封印した。

そうして力を使い果たした聖女は、自分が元いた場所へ戻ると言い残して聖なる湖の底に消えて行った。


「これが、文献にあった話の大まかなところだ。他にも、聖女がこの世界に現れたのは悪魔の訪れを知ったからとか、今伝えられている物語は、領主になった嫡子が彼女を忘れない為に残したなどと書いてあったが、重要な事が幾つかあった」

 アランはトーマスの目を見て「悪魔は戦いの時蛇の形を取っていた事、人々の意識を操って自分の人形に出来た事、封印される前に自分の欠片をこの世界に飛び散らせた事。そして悪魔の封印された土地は、カミラの実家ウィルソン伯爵家の領地だという事だ」

「ウィルソン領に悪魔が封印されていたのか…」トーマスは数回行った事のあるウィルソン家を思い浮かべた。「ウィルソン家の裏門を抜けた所に、確か湖があった」

「そう。その小さい湖が、文献では聖なる湖と呼ばれている。その辺りはしばらく前には花崗岩の採掘場だった。もし悪魔があの土地に封印されていたら、封印が破壊された可能性が高い。何しろ何百年も経つ間に、聖女と悪魔の話が事実だなんて誰も考えなくなったし、ましてやそれがどこかなんて知らないからな」

「アラン、この家の現状とその話に出て来る領主の家はそっくりじゃないか」

 トーマスは頭を抱えて背を丸め、吐き出す様に言った。


「そうなんだ。俺も本を読んですぐ、シュタイン家を思い浮かべた。その領主の奥方も、別にどこかから弟を拾って来た訳じゃ無く、自分で産み落としたと書いてあった。まさに今のカミラとクラウスと同じなんだよ。残念ながら赤子の時に泣いたり乳を飲んだかどうかまでは書いていなかったが、カミラの実家の場所を合わせて考えても、関係が無いとは思えない」


「マーガレットは何か言っていたか。聖魔法使いなら、悪魔を祓えるんだろうか」

「彼女は、自分の聖魔法ではとても悪魔を祓うなど出来ないと言っていた。今見た刺繍みたいに、たった一回の攻撃をかわすのがせいぜいだそうだ。

血筋に時々聖魔法使いが現れるので、聖女と関係があると思われる事も多いが、聖女がフロスト家の祖先という事実は無いそうだ。実際文献によれば、聖女は元居た場所へ帰ると言って湖に沈んだそうだし、この世界の者ではないかもしれないね。それと、悪魔は人の悪い感情を糧に力をつけるのだろうと言っていた」

「どうしてそう思うんだろう」


「マーガレットは、人の悪意が見えると言っていただろう。

どんな人でも悪意を持つのは普通だが、時々暗い感情を育てて蛇を出す者が現れるそうだ。それは全員ではないから、文献にあった悪魔の欠片が入り込んでいる人が、悪意という栄養を与え育てた結果、蛇として出現させるんじゃないかと言うんだ。

そういう人の出す蛇にマーガレットは何度か遭遇したが、その蛇に聖魔法をかければ一瞬で消える。だがその人が再び悪意を持てば、何度でも出現する厄介な存在だそうだ。

…悪魔の欠片が悪意を栄養にして現れるなら、悪魔自身も周りの負の感情を吸い取って、強大な力を得て現れるのではないかと推測していた」

「負の感情…。そうなるとカミラは、自分の持つ負の感情で悪魔を育て、クラウスとして産み出したという事になるのか。そもそも、カミラはいつ悪魔に出会ったんだろう。俺が子ども過ぎたのかもしれないが、彼女は出会った十歳の頃から大人の様に振る舞っていたよ」


「カミラは、とても良い子だったね。良い子過ぎる程に」アランが言うと、トーマスは「俺はそんな風には考えられなかった。婚約者だから大事にしなければとは思ったが、絶対分かり合える事は無いと思ってた。いや、むしろ鼻もちならない嫌な女だと思っていたんだ。俺は、カミラの事を本当には全く知らなかったんだろう」

「メイド長のシモーヌに、ウィルソン伯爵家のカミラの事を聞いてみたらどうかな。ウィルソン領の湖と封印の地も気になるし、カミラが悪魔との接点を持った形跡が無いかだけでも、確かめてみよう」



読んでいただき、ありがとうございます。


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