49 カミラとクラウス2
カミラが混乱した頭を抱えて苦しんでいると、再び家令が部屋のドアをノックした。彼の口調はいつも通り礼儀正しかったが、カミラへの不審と怒りが隠しきれてはいなかった。
「奥様。旦那様の迎えの馬車と、本邸の騎士をタリム村へ向かわせました。場合によっては今後追加で手配する事もあるでしょうし、大旦那様が亡くなられたとなると、葬儀の計画も立てなければなりません。旦那様は、この惨劇で手一杯でいらっしゃいます。奥様に今後の指揮を取って頂きたいので、執務室へいらして頂けませんか」
(お義父様の葬儀の指揮…)その時、カミラの脳裏に義母の棺から飛び出した蛇が浮かんだ。自分に会った日から寝付いて、そのまま亡くなってしまった義母。
(私は何も知らない。こんなに沢山人が亡くなったのは、私のせいじゃない。嫌よ、この部屋から出たくない)
カミラは、廊下にいる家令に叫んだ。
「体調が悪いから、私には無理よ。部屋から出られないわ。クラウスの世話だけやるから、クラウスを連れて来て!」
「奥様!坊ちゃまのお世話は乳母が務めます。奥様しか出来ない事をどうぞなさって下さい」
その言葉を聞いてカミラは嘲笑った。
「私にしか出来ない事?そんな事は無いでしょう。誰でも代わりなんて務められるって、もう分かってるのよ。だけどクラウスの母親は私だけなの。いいから、すぐにクラウスを連れて来て。二人きりにして頂戴」
ドアの外でしばらく沈黙があり、深いため息が聞こえた。「かしこまりました」と答えた家令は、乳母にカミラの命を伝える為去って行った。
その日から、カミラはクラウスと二人で部屋に閉じこもり続けた。
クラウスの力が襲撃によって大幅に使われたせいなのか、それとも余りの惨劇にカミラ自身がショックを受け、呪縛が弱まったせいなのか分からないが、カミラは今まで気にしなかった事に疑問を持ち始め、あれこれとクラウスに質問した。
「ねえ、クラウス。あなた本当はタミーに何をしたの。タミーは、一人で王都に行ってならず者を集めるなんて出来るはず無いのよ。
あのメイドはウィルソン伯爵家からシュタイン家に着いて来て、王都に伝手も知り合いも無いはずだもの。タミーは未だに戻って来ないけれど、今どこにいるのかあなたは知っているんじゃない」
クラウスは自分は計画を手伝っただけで、後はタミーが自分でやったと言っていた。けれど不安に憑りつかれたカミラが尚もあれこれ質問を続けると苛立ち、全ての虚構を捨てて蛇としての姿を露わにした。
無条件に自分を信じなくなって心を弱らせたカミラは、もはや何を言い出すか分からない、自分に害を及ぼす可能性がある者として用済みと見なしたのだ。
(俺があれだけの力を使ってやったのに、肝心のレイモンドは逃すし、母親もどこかへ行ってしまった。トーマスが生きているなら、こいつが権力を握る手段もない。全く役に立たないな。だが今回力は使ったが、あれだけの欲望や憎しみ、無念が手に入ったから良しとするか)
「クラウス、私達が考えていたのは、あの忌々しい子どもと妾を亡き者にする事だけだったでしょう。それだって子どもを誘拐させて、妾はこの家から追い払えば済んだじゃないの。あんな恐ろしい結果になるなんて。私はこんなのは望んでいなかった」
(ふざけたことを。トーマスが大勢の騎士を連れて行った時点で、それで済む訳が無い。お前だって何が起こるか分かっていたはずだ。それにお前は、トーマスも一緒に葬ろうと言ったじゃないか)
「私は…」
そう、私はトーマスを葬ろうと言った、とカミラは思い出した。だけど代わりにお義父様が犠牲になった。
その時、ドアを叩く音とトーマスの声がした。
「カミラ、いい加減に出て来い。今日は父上の葬儀なんだ。クラウスを連れて、一緒に参列してくれ」聞いた事がない荒々しい口調で、トーマスは自分を詰っていた。
カミラが黙っていると、家令に「鍵を取ってこい」と命じるのが聞こえた。
(マスターキーを使ってドアを開けるつもりなんだわ)カミラはパニックになった。
「クラウス、あなたは不思議な力を持ってるでしょ。ドアを開けさせないで。今外に出てお義父様の葬儀に出させられたら、私は襲撃が私達二人の計画だと告白してしまうかもしれない」
(お前、俺を脅すつもりか)クラウスから黒い何かが立ち昇ったが、カミラは構わず続けた。
「お願い!耐えられそうにないの。葬儀にはマーガレットも来るはずよ。またあの人に聖魔法を使われたら、あなたも困るでしょう!」
カミラはこう口走りながら、義母の死と葬儀で現れた蛇が自分とクラウスに関係していると、本当はとっくに認めていたのだと悟った。
(聖魔法使い。確かに厄介だな)クラウスはつぶやくと、闇の力をドアに向けて放った。
しばらくして廊下でトーマスが「くそ、おかしいな。鍵が開かない」と言う声が聞こえ、しばらく物音が続いたが、やがて葬儀に行ってしまったらしく静かになった。
邸から人々の気配が消えた頃、クラウスはカミラに告げた。
(皆がお前を疑い始めている。伯爵夫人の役割も満足に果たせなくなって、お前はもう用済みだ。全ての黒幕として罪を被ってもらう時まで、何も考えない様にしておこう)
「クラウス、何をするの」カミラは抵抗しようとしたが、クラウスの瞳孔が細く伸びると思考を失くし、静かにソファに腰を下ろした。
夕刻のいつもの時間になるとカミラはベルを鳴らし「入浴をお願い」と乳母にクラウスを託した。カミラは今日が義父の葬儀である事も、トーマスの怒りも、アランとマーガレットの訪れも、何ら考えることなく静かで穏やかな気持ちで座っていた。
その日、アランの機転で聖魔法によって乳母の呪縛が解け、クラウスの秘密が暴かれつつある事に二人は気づかないでいた。人形になったカミラと本性を露わにしたクラウスは、明かりも点けない部屋の暗闇の中で、外側からは何ら変わった所の無い二人の時間を過ごした。
どれ位の時が経ったのか分からないが、クラウスはふと、部屋の前の廊下に人の気配がするのに気づいた。魔力で探るとそこにいるのは、トーマスとアランの様だった。
(面倒だな。アランは聖魔法使いの夫だ。この前のハンカチみたいな物を持ち込まれたくはない)
クラウスはカミラへの呪縛を少しだけ緩め、習慣に従った動きが出来る様にしてから、(廊下に誰か来てるぞ)と声をかけて対応を促した。
それに従ったカミラは「誰かそこにいるの」と声を出し問いかけた。
トーマスがとっさに返事をしそうになったが、アランが止めた。
アランは口の動きだけで『戻っていろ』とトーマスに告げると、部屋のドアをノックした。
「僕だよ、カミラ。アランだ。今日の葬儀で会えなかったから、心配で来たんだよ。体調はどうだい」
「アラン様」いつも通りカミラの声が和らいだ。トーマスはアランが話している間にその場を離れ、廊下の曲がり角の陰に潜んだ。
(今は、いつものカミラと変わりない様に思えるが、クラウスの声は全く聞こえない。シモーヌも言っていたが、俺もクラウスが声を上げて泣いたり、むずかったりするのを聞いた記憶が無い。乳母が何も認識していなかった事と言い、やはりアランの言っていた悪魔の話が当たっているのか)
カミラは部屋の中から話し続けた。
「心配をおかけしてごめんなさい。私、ずっと体調が優れないの。義父の葬儀にも出席出来ないなんて、伯爵夫人として失格ね」
アランもドアの前に立ったまま返事をした。
「いや。失格だなんて、そんな事は無いよ。…ところで今そこにクラウスもいるのかな。僕はまだ会った事がないから、良ければ会わせてもらえるだろうか」
カミラはすぐに返事をしなかった。アランは、何か中で話し合っている声がしないかと耳をすませたが、話し声は聞こえてこない。
しばらくして「私は今、アラン様にお目にかかれる様な格好では無いし、クラウスも眠ってしまったの。だからまた今度にしてちょうだい」という返事が聞こえた。
「そうか。カミラとクラウスに会えないのは残念だけれど、具合が悪いなら無理はさせられないね。そうだ。僕が乳母の所にクラウスを連れて行くよ。君は一人でゆっくり休んだ方が良い。乳母がいるんだから、君が世話をする必要は無いんだから」
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