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いつかあなたを  作者: Jun
壊れゆく世界

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48 カミラとクラウス1

 ローズとレイモンドがガードナー家に預けられる事をトーマスから聞き出したあの日。

カミラはクラウスに言われるがまま、メイドのタミーを部屋に呼んだ。やって来たタミーがクラウスと目を合わせた途端、意思を無くした人形になったのを目の当りにしても、カミラは何の疑問も抱かなかった。

 その頃のカミラは、クラウスと会話してクラウスの言葉に耳を傾ける時以外頭の中に靄がかかり、クラウスに言われた事に従って行動する時だけ、自分が何をしたいのかが明確になる気がしていた。

 既にカミラこそがクラウスの操り人形であった為、タミーの様子の不気味さに気づく事も無く、クラウスから与えられる‘’意思‘’以外の心の空き部屋には、クラウスが歓迎する怒り、恨み、妬みといった負の感情だけが満たされていた。


 人形になったタミーに、クラウスは王都へ行って何をするのか指示を出した。

(酒場で噂を聞いて、レイモンドの魔法を欲しがっている奴らがいる。

 お前はそいつらをそそのかして仲間を集めさせ、レイモンドがガードナー領へ行く時に襲撃させるようにするんだ。人数は多ければ多いほど良い。どうすれば良いのかって? 酒場でそいつらに会ったら、目を見てこう言うんだ。

『あんた達の願い通りにさせてあげる』と。そうすれば奴らの欲望は肥大して、自分達の願いを叶える為にはレイモンドを誘拐するしか無いと思う様になる。後はそいつらに、レイモンドがいつガードナー領へ向かうか具体的な情報を流せば、勝手に動くだろう)

 自分達が加担しているのがどんなに恐ろしい犯罪なのか、自覚のないカミラはタミーに金を与えると、秘密裡に王都へ送り出した。


 王都に行ったタミーからクラウスへ『酒場でならず者達に指示を与え、襲撃の計画は順調に進んでいる』と報告が入った。手紙などの手段を取らなくても、タミーとクラウスには繋がりがあって、意思疎通が出来るようだった。

 報告を受けたクラウスは、カミラへ嬉しそうに(これで僕が跡継ぎになるね、母上)と言って、カミラも喜んだ。しかし後になって、トーマスが騎士を大勢引き連れてローズとレイモンドを迎えに行く事が分かった。

 それを知ったクラウスは、簡単だったはずの襲撃・誘拐が困難なものになったと激高し、今まで被っていた子どもの仮面を捨ててカミラに当たり散らした。


(トーマス!あの間抜けが余計な事をしてくれる。大勢の騎士が相手では、ならず者の数がどれだけ多くても、太刀打ち出来ずにやられるだけだ。こうなったら、ならず者達の欲望を最大限に増幅して、目的を遂げる事しか考えられない人形にしなければならない。せっかくこうして力が溜まってきたのに、あいつらに使わなければならないとは、忌々しい)


 トーマスの用心深さのせいで、魔力の余裕が無くなる羽目に陥ったクラウスは(あいつもこの際一緒に片付けようか。あいつがいなくなってお前が当主代理になれば、俺はもっと自由に動けるからな)と青い目を光らせカミラを見た。

 「そうね。それは良いわね」その目に魅入られ相槌を打つカミラに、突然『俺は君たちとやり直したい』といういつかのトーマスの言葉が聞こえた。


「やり直す…。やり直したいって何を?」カミラが反射的に繰り返した言葉を聞いて、クラウスは(まだそんな事を覚えているのか。あいつの言葉は嘘で、まやかしと分かったはずだ。お前は誰にも愛されないんだ)と嗤った。

「私は誰にも愛されない」カミラはその言葉を繰り返し、膝の上のクラウスをぼんやり見つめながら、目に涙が浮かんだ。

(本当に?私は誰にも愛されなかった?)


 計画が実行されるその日、カミラはクラウスと部屋に閉じこもっていた。心は朝からずっと騒めき不安に苛まれていたが、どうして自分がそうなるのかは分からなかった。いつも何かと話しかけてくるクラウスは、この計画でならず者の支配に多くの力を必要とされる為、黒髪茶目の赤ん坊のまま眠り続けていた。


「奥様、大変です。大旦那様の馬車が王都からの帰りに襲撃されたそうです!」

 突然、家令が自室のドアを激しくノックした。

カミラは無視していたかったが、いつまでも家令が立ち去らない為、仕方なく眠るクラウスを抱いて部屋を出た。

 家令の横には乳母が既に待機させられていて、家令がカミラの腕から引き取ったクラウスを渡してしまったので、カミラはそのまま家令と共に玄関ホールへ向かう破目になった。

 ホールへ続く階段を降りながら、カミラのぼやけた思考の中に家令の言った『大旦那様』という言葉が引っかかった。

「さっき、何と言ったの。旦那様じゃなくて、大旦那様?」

「さようでございます。大旦那様です」

「王都に行ったのはトーマスよね?」

「旦那様は領内で急なお仕事があり、代わりに大旦那様が向かわれました。ご存知では無かったのですか」やっと部屋から出てきたと思えば、何も知らないカミラに呆れた声音で返事をした家令は、ホールに立つ騎士の憔悴した姿を前にして口をつぐんだ。


 トーマスの命を受け、森の襲撃現場から馬を走らせてきたその騎士は、カミラの前に跪いて状況を報告した。

「奥様。大旦那様が王都からローズ様、レイモンド様と共にお戻りになる途中、タリム村近辺の森の中で賊の襲撃に遭いました。

 別邸にいた旦那様はタリム村の者からその知らせを受け、私達別邸の騎士と共に、急遽森まで駆け付けました。森の中を確認したところ、馬車を護衛していた騎士二十名、御者、それに自ら剣を取って戦われた大旦那様が亡くなられていました。襲撃した賊は三十名程おりましたが、全員死に絶え、逃げ延びた者はいないようです」


「ローズとレイモンドはどうなったの。あの二人も死んだんでしょ?」

 カミラの余りに心無い物言いに、騎士も家令も驚愕した。

(この人は本当にあの冷静な淑女と言われた奥様なのか?)

(我々の仲間と大旦那様まで亡くなられているのに、この女はこれ以上の犠牲を求めるのか)


「いえ…。ローズ様は未だ行方が分かりませんが、レイモンド坊ちゃまは幸いにしてご無事です」不快感を隠さずに騎士は答えたが、カミラはそれに頓着せず「じゃあ、亡くなったのはお義父様で、トーマスは生きているのね」と重ねて尋ねた。

 いたたまれない気持ちになった家令が「奥様。先ほども申し上げましたが、トーマス様は王都へ行かれていません。代わりに行かれたリチャード様が難に遭われたんです」ときつい口調で返した。


 これ以上カミラと話す気を失くした騎士は、家令に向かって「とにかく、賊も合わせれば五十人以上が亡くなっています。ローズ様の捜索だけでなく、遺骸を運び、現場を調べる為の人員が必要です。旦那様とレイモンド様の為の馬車も、タリム村へ向かわせて頂きたい。応援の騎士も馬車も、大至急ご手配をお願いします」と依頼した。

「分かりました。すぐに馬車も、本邸の騎士も向かわせます」

 家令が騎士と共に忙しなく姿を消し、その場に取り残されたカミラは俯いてブツブツと何かつぶやいていたが、やがて自分の部屋へ戻って行った。


 クラウスのいない部屋でしばらくぶりに一人になったカミラは、今聞いた話が頭の中で渦を巻いていた。

(トーマスを亡き者にして私が当主代理になるはずだったのに、亡くなったのがお義父様なら当主代理にはなれない。それに、レイモンドは生きていると言っていた。土魔法の使えるレイモンドが生きていたら、クラウスが跡継ぎになるのが危うい。

 タミーは王都で三十人も賊を集めたのに、どうしてレイモンドは無事だったの。タミーは今どこでどうしているのかしら。だけど、どうしてタミーに賊なんて集められたんだろう…。

 お義父様も、騎士も、御者も、賊まで入れると、五十人以上も死んでしまった。最初の計画ではあの二人だけで良かったのに、どうしてこんな事になってしまったんだろう)



読んでいただき、ありがとうございます。


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