44 友の助けと募る疑惑
トーマスが自分の想像に慄いている間、護衛は尚も「生きている人間なら、絶対こんな傷で戦えないはずだ」とつぶやきながら、納得出来ない様子であちこち歩き回っていた。そして初めてそこに立っている煙突状の物へ注意が向いて、自分の身長より高い所にある天辺を見上げ不審そうに言った。
「伯爵様、今気づきましたがこれは何なんでしょう。煙突の様にも見えますが、地面に煙突を立てても仕方ないし、この村にこんな奇妙な物があるなんて聞いた事がありません」
悪い想像で頭がいっぱいだったトーマスも初めてその物体に注意を払い、こういう物を最近どこかで見た事があるという気がした。
(これはもしかしたら)手を差し伸べて触ってみたら、思った通りタウンハウスでレイモンドが作り上げていたオブジェと質感が同じだった。
「もしかしたら、この中にローズがいるかもしれない」
声を上げたトーマスに護衛は信じられないという顔を向けたが、主人の言葉には逆らえないので、もう一人護衛を呼んで肩車をしてもらうと、煙突の中をのぞき込んだ。
「誰かいないか?」
「水がたくさん入っていますが…。その中に人がいるかは分かりません」
「水?」
「はい。全く濁りが無くて、澄んだ水です。雨でもたまったのかな…。いや、こんなに綺麗な水なら最近の雨のはずだが、ここの所雨は全く降っていないし…」
その時、森の中を探索しに行っていた護衛達が帰ってきた。
「伯爵様。森の中には誰もいない様です」
「本当か?何か落ちていた物とか、手がかりは無かったか?もう一度見に行こう。今度はおれも一緒に行く」
「伯爵。お気持ちは分かりますが、もう日が落ちてきました。今から森に入るのは危険ですし、完全に陽が落ちる前に亡骸を運ぶ必要があります。また明日明るくなってから探しましょう」
トーマスは騎士の冷静な判断に我に返り、レイモンドを村長の家に預けている事も思い出して、父リチャードと騎士、御者の亡骸を荷車に乗せ村へ戻った。
ならず者の亡骸は森の開けた場所に一旦まとめ、護衛の一人を本邸へ走らせて応援の騎士と、トーマスとレイモンドの為に迎えの馬車を寄越すよう伝えさせた。
村長宅に着いたトーマスは村長に礼を言って、泣きつかれて眠っていたレイモンドの様子を見に行った。客間に寝かされていたレイモンドは、トーマスが部屋に入って顔をのぞき込むと目を覚まし、手を伸ばしてきた。
トーマスがその小さい手を両手で包み「レイモンド、すまない。結局お前達を危険にさらしてしまった。お前のおじい様は戦って亡くなってしまったよ」と涙をこぼすと、レイモンドは何かを訴える様に「あー、あー」と声を上げた。
「レイモンド、ローズはどこにいるのか分からないんだよ。あの煙突はお前が作ったのか?あの中にローズがいるかと思ったが、沢山の水が入っているだけだった。どうしてあそこに水が入っているのか分かるかい。ローズは、生きているんだろうか」
何かヒントでもと尋ねてはみたが、まだやっと一歳を過ぎたレイモンドが発する言葉は意味を為さない。トーマスはただレイモンドを抱きしめ、その命が助かった事を神に感謝するしかなかった。
しばらくすると村長がやって来て、本邸から迎えの馬車が来たと教えられたが、レイモンドを抱いて馬車へ向かうトーマスはこのまま本邸へ戻るつもりはなかった。
カミラに感じ続けている不穏さ、先ほど護衛が推測した賊の不気味な話、ローズ達の王都からの移動日が漏れていた事を考え併せると、本邸は危険だと感じていたのだ。
その為一旦別邸へ行き、これからどうするか考えようと思っていたトーマスは、別邸の車寄せにガードナー家の馬車が停まっているのを見つけて慌てた。
(しまった。今日はガードナー家へ向かうはずだった。連絡するのをすっかり忘れていた)
馬車が停まってトーマスがレイモンドを抱いて降りると、別邸の中からアランとマーガレットが飛び出してきた。
「トーマス!君達をいくら待っても来ないから、取る物もとりあえずここまで様子を見に来たんだ」馬車からもう誰も降りて来ない事に気づいたアランは、気遣わしげな顔になった。
マーガレットも顔色を悪くして「途中の村で馬車が事故に遭ったと聞きました。リチャード様とローズはどこです?怪我でもしたんですか?」と尋ねる。
トーマスは二人に「事情は中で話させてくれ。連絡もせずにすまなかった」とだけ答え、レイモンドを抱いたまま邸の中に入った。
(父上が王都からローズとレイモンドを連れて来てくれて、俺が別邸で皆を出迎える。そこから三人でガードナー家へ行って、二人を託す。そんな計画を練って、二人と離れるのは寂しいと思っていたのが、今となっては遠い夢みたいだ)
父は亡くなり、ローズは生死も行方も分からない。
トーマスの心は悲しみに満ちて、身体は疲れ果てていた。そしてこんな時に、アランとマーガレット二人がここに来てくれた事を心底有難く思った。
レイモンドの世話を別邸の家令に託したトーマスは、アラン達と居間に移り惨劇について語った。
アランとマーガレットは驚いてリチャードの死を悼み、ローズの安否を案じてすぐに助力を申し出てくれた。
アランはガードナー家の騎士を応援に差し向けると言いその場で邸に手紙を書いて、連れてきた護衛の一人をすぐ使いに出してくれた。マーガレットはレイモンドを明日ガードナー家へ連れて帰り、ローズが戻るまで自分がステファンと一緒に面倒を見ると言ってくれた。
「私は、ローズは絶対生きていると信じてる。きっとどこか安全な場所に逃げたから、見つからないのよ。諦めないで捜しましょう」
シュタイン家の騎士は今回の事件で数を減らしかなりの打撃を受けていたし、レイモンドの事を誰が敵なのかはっきりしない本邸に連れて行けなかったトーマスには、これほど有難い申し出は無く二人に深く感謝した。
その日は皆で別邸へ泊まり、事件について分かっている事を共有した翌日、マーガレットはレイモンドを連れてガードナー家へ、アランはトーマスと一緒に本邸まで来てくれた。
本邸では騎士から惨劇の報告を受けた家令が、青ざめた固い表情で二人を出迎えた。しかしその場にいるべきカミラは、姿を見せなかった。
「カミラはどうしているんだ。事件を知らない訳じゃあるまい」咎める様に尋ねたトーマスに、家令のオリバーは「もちろん奥様は襲撃に関しても、その際大旦那様が亡くなられた事もご存じです。騎士が到着した際奥様をホールへお呼びして、そこで私と一緒に話をお聞きになりましたので」と答えた。
「じゃあ、何でここにいないんだ」普段は妻が迎えに出ない事を咎めるトーマスでは無かったが、この非常事態に姿を現さないカミラに、疑惑も相まって怒りを感じていた。
「旦那様。申し上げづらいですが、私は何度も奥様に部屋を出て、この事態へ助力して下さる様お願いしました」
「じゃあ、何で」尚も言い募ろうとするトーマスを、アランが止めた。
「トーマス。クラウスがまだ生まれてまもない乳飲み子だし、カミラも産後で体調が安定しない中、こんな悲惨な事件を聞いて動揺しているのかもしれない。だから、後でゆっくり話をすると良いよ。今はこれからの段取りや、亡くなった騎士のご遺族への補償と葬儀の話をしなければいけない。もちろんローズさんの捜索も計画を練って、すぐに人を出そう」
「あ、ああ。そうだな。…オリバー、君を責めてしまって悪かった。これからの事にガードナー家も協力してくれるそうだから、今から皆で打ち合わせをしたい。騎士団長は亡くなってしまったから、代理を務める者も呼んできてくれ」
「かしこまりました」家令はアランへ向かって感謝する様に一礼し、その場を去った。
話し合いを始める前に、念のためメイドを通してカミラに自分の帰還とアランの来訪を伝えさせたが、カミラは遂に翌日アランが帰る時になっても姿を現さなかった。
「アラン、カミラが不義理をしてすまない。しかし君が来ているなら、何をおいても会いに来ると思ったが、やはり何かがおかしい」
さすがのアランも「あの礼儀正しいカミラが、こんな風に挨拶もしないのは確かにおかしいね。普段なら病気を心配するところだが、これまでの流れで考えると悪い想像になってしまう。…トーマス、ならず者たちの傷の付き方は有り得ないと、騎士が言っていたんだっけ」
「ああ。普通の人間なら一つだけでも致命傷の傷をいくつも受けながら、倒れず戦った跡があると言っていた。彼は悪魔の仕業ではないかとまで言っていたよ」
「悪魔か。マーガレットの実家に、悪魔に関する文献が残っていると聞いている。それを調べてみるよ。君はやる事が多すぎて余裕が無いと思うが、少しでもカミラの様子も見てやってくれ」
「分かった。出来るか分からないが努力してみる。アラン、本当にありがとう」
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