45 葬儀と助言
それからの怒涛の日々をどう乗り切ったのか、トーマスはほとんど覚えていない。
リチャードを亡くした悲しみと、ローズの行方が全く掴めない焦燥に囚われる暇が無いほど、やる事は山積みで次から次へとやって来た。
実際、惨劇の後処理にガードナー家の騎士の協力を得られなければ、トーマスはリチャードの葬儀をいつになったら執り行えるのかも分からなかった。
アランが差し向けてくれた彼らの働きで、亡くなった騎士達の亡骸の搬送を速やかに行う事が出来、範囲を広げてのローズの捜索も担ってもらえて、トーマスはやっとの事で父の葬儀の準備を進める時間を作る事が出来た。
そんな時も、カミラは相変わらずクラウスと共に部屋に閉じこもっているので、トーマスは結局彼女にもクラウスにも、一度も会わないままリチャードの葬儀を迎えていた。アランに言われた時は本当にカミラと話しをしようと思っていたのだが、そんな時間も余裕も少しも見つからなかった。
リチャードの葬儀は、前伯爵夫人シャーロットの葬儀より参列者が少なかった。
シャーロットの葬儀で怪異が目撃されたシュタイン家は、立て続けにこんな血なまぐさい事件が起こったせいで、すっかり呪われた家と呼ばれる様になっていたせいだった。
前回母のシャーロットと仲が良かったと公言し、父リチャードの事も名前で呼んでいたタイラー侯爵夫人など、周囲の者に『シュタイン家に近づいたら、自分も呪われそうで恐ろしい』と吹聴していると聞く。
トーマス自身はそういう噂を流されていても、自分でもそれが事実かと思う様な状況である上、ローズが未だに見つからず、手がかりさえ無い事の方が気がかりだったので、噂を気に病む余裕もなかったのは不幸中の幸いと言えた。
それでもアランとマーガレットを始め、リチャードとの縁で参列した者たちは、その場に夫人であるカミラと嫡男のクラウスの姿が見えない事に気がついた。乳飲み子のクラウスはともかくカミラは何故来ないのだろうと不審を抱き、知り合い同士で話す内に『やはり呪いがカミラ様にも降りかかっているのでは』と囁かれ始めた。
「トーマス。今日カミラはどうしたんだ」アランは敢えてその場で皆に聞こえる様に、トーマスへ尋ねた。思った通り周囲の者が聞き耳を立て、変な憶測を流されるよりトーマスの口でしかるべき理由を聞かせた方が良いと考えて、答えを待った。
「ああ。実はカミラは風邪を引いてしまってね。本人は是非とも参列すると言い張ったんだが、まだ熱が少しあるから俺が止めたんだよ」アランの意図を汲んだトーマスは、皆に聞こえる様声を張って答えた。
「そうか。クラウスはまだ赤ん坊だし、こういう場に出るには早すぎるもんな。カミラは真面目な性格だから気に病んでいると思うが、ゆっくり休んで治す様に伝えてくれ」
「ああ。ありがとう、アラン。きっと伝えるよ」
周囲の空気が納得したものに変わるのを感じ、トーマスは何度目か分からない、アランがいてくれて良かったという思いを持った。
(母上の葬儀の時、アラン達に正直に打ち明けていて良かった。あの時ローズとカミラの事を黙っていたら、こんな風にはなれなかった。…しかしカミラは、アランですらもうどうでも良くなってしまったんだろうか。アランが葬儀に来るのは分かっているのに、あいつは部屋の外にも出ない)
リチャードの棺には、夫人の時と同じくマーガレットが聖魔法を籠めたハンカチが入れられた。ハンカチが入れられる時、あの怪異を思い出した参列客の間に緊張が走ったが、ハンカチは何事も無くリチャードの胸の上に納められ、不吉なシュタイン家のイメージを少し回復させた。
つつがなく葬儀を終えると、いつかの様にトーマス、アラン、マーガレットは別邸に向かった。
三人が玄関に入ると、レイモンドが乳母と一緒に出迎えに出てきた。
「レイモンド、元気そうで良かった」久しぶりにレイモンドに会えたトーマスは、疲れと悲しみでやつれた顔に久しぶりに笑顔を浮かべ、高く抱き上げた。
声を出して笑うレイモンドを見たマーガレットは「本当にレイモンドとトーマス様はそっくりですね。トーマス様、ステファンもレイモンドを大好きで、弟みたいに可愛がって仲良くしていますから、安心して下さい」と笑った。
トーマスがレイモンドを抱っこしたままで、三人は応接室へ移動した。
大人同士で話すべき事がたくさんあったが、トーマスがレイモンドと離れがたく、またマーガレットが「レイモンドはとてもいい子だから、一緒にいても大丈夫ですよ」と言ってくれたので、乳母に任せず一緒に連れて行った。
皆の話が始まるとレイモンドはトーマスの隣に座り、与えられた絵本をめくって静かに眺めていた。
「レイモンドは、その、ガードナー家で何か作っているのかい」
トーマスが気になっていた事を尋ねると、アランとマーガレットは顔を見合わせた。
「それが、レイモンドの為に人目に付かない所に作った砂場に連れて行っても、ステファンと二人で山を作ったりするだけで何も作らないんだ」
「そうなの。私たちも、使用人が知ったら魔法契約で口止めしなければと思っていたんだけど、今の所何も作らないの。もしかしたら自分の魔法を人に知られたらいけないと、思っているのかもしれないわ」
マーガレットの言うのに「まさか。まだやっと一歳を過ぎたばかりで、そこまで分からないだろう」とトーマスは反論したが、タウンハウスでは毎日何かを作っていた事を思うと、もしかしたらそうなのだろうかという気持ちも湧いた。
(この子は、自分の魔法のせいで父上もローズもいなくなったと思っているのだろうか。もしそうだったら、違うと、お前のせいじゃないと言ってやりたい)
「そういえば、ガードナー領へ帰る前に、見てもらいたい物があるんだ」
トーマスは二人に、出来ればレイモンドも一緒に、あの村にある奇妙な煙突を見てもらいたいと思っていた。
「前に話したレイモンドの作ったと思われる煙突なんだが、あの中の水が、相変わらず澄んで綺麗なまま中にあるんだ。二人に煙突も水も、両方見て貰って、何か感じる事があったら教えて貰いたい」
「分かった。長い間放置されているのに、水が澄んだままなのは不思議だな」
「明日帰る前に、寄らせてもらいましょう。リチャード様の亡くなられた場所に、レイモンドと一緒にお花を手向けたいです」
「あれから、カミラとは話せたのか?」
アランの問いにトーマスは首を振った。
「あれから何度かカミラの部屋に行って声はかけたが、鍵をかけてクラウスと閉じこもったまま出て来ないんだ。俺も全く時間の余裕が無くて、数回声をかけた後は諦めた。食事は部屋で取っていて、クラウスの入浴の時は乳母を呼ぶから二人共元気らしいが、中で何をしているのかは分からない。
今日の葬儀にはどうしても参列させようと思って、マスターキーでドアを開けようとしたんだが、何故か鍵が開かなくて連れて来られなかった。だから今日、アランが皆の前でああ聞いてくれて助かったよ。ありがとう」
アランはそれを聞いて顔を曇らせた。「トーマス。君は本当に大変だと思うが、やはりカミラとクラウスがどうしているのか、ちゃんと確認した方が良い。二人が閉じこもった部屋で何かが起これば、取り返しがつかない事になる。クラウスが生まれたのは君の母上の葬儀の日だから、今はやっと三ケ月だろう。乳母もほとんど寄せ付けず、カミラ一人で世話しているのも貴族夫人としておかしいよ。これから二人で本邸に行って乳母とメイドに話を聞いて、出来ればカミラを部屋から連れ出そう」
「そう…そうだな」
「私はレイモンドと一緒にここに残るから、気にせず行ってきて」マーガレットが言ったので、アランとトーマスの二人で本邸へ向かった。
二人は出迎えてくれた家令のオリバーに、葬儀は無事終わりマーガレットとレイモンドは別邸に残ったと告げてから、カミラが今どうしているのか尋ねた。
オリバーは顔を曇らせ「奥様は相変わらず、クラウス様とお部屋に閉じこもっておられます。けれど先ほど乳母が、クラウス様を入浴させる為お部屋まで迎えに上がりました」
「そうか。乳母がクラウスの入浴を終えたら、ここへ呼んでくれ。その前にメイド長を呼んでくれないか。話を聞きたい」
「かしこまりました」
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