42 襲撃2
翌日タウンハウスに到着したリチャードは一旦小休止を取り、二、三必要な指示を家令のスティーブンに伝えると、ローズとレイモンドを伴ってそのままシュタイン領へ取って返すと言った。
「シュタイン前伯爵様。私たちの為にご無理はなさらないで下さい。せめて一晩お休みになってからでもよろしいのでは」余りの強行軍にローズが心配になって言うと、リチャードは笑顔を見せた。
「なに、あの新式の馬車ならこの位の距離は何でもない。今までは半日以上かかった道のりも二時間程度で進めるし、揺れが無いから身体もきつく無かった。心配しないでも大丈夫だよ。…時にローズ、私の事は前伯爵ではなくリチャードと呼んでくれて構わない。君は大事な孫の母親なのだから」
少し気まずそうな口ぶりでそう言ったリチャードに、ローズは驚いて目を見張った。
「そんな、私など平民がお名前で呼ぶなんて」
「今はまだ身分は平民だが、いずれはトーマスの第二夫人という事になる。そうしたら、君も私の義娘だ。遠慮する事は無い」
「…分かりました。それでは、リチャード様と呼ばせて下さい」
「ああ。そうしてくれ」
リチャードに従い、その日の内にシュタイン領へ出立する事になったローズは、
タウンハウスで世話になり仲良くしてくれた使用人達に、自作の刺繍入りハンカチを贈り別れを惜しんだ。
「皆さま。私たちに良くして下さって、本当にありがとうございました。またお目にかかれる事を楽しみにしております」
レイモンドもよく分からない様子ながら、ローズに習って皆にペコリと頭を下げ、乳母を始め邸の者達は、その様子に微笑んだり涙ぐんだりして二人の無事を祈った。
馬車に乗り込んでからローズはリチャードに、シャーロットの墓前へお参りさせて欲しいと頼んだ。
「大変遅くなってしまいましたが、別邸へ寄らせて頂く際に、夫人の墓前へレイモンドを連れて行ってご挨拶をさせていただきたいのですが、お許しくださいますか」
リチャードはそれを聞いて、嬉しさに涙を浮かべた。
「もちろん、そうしてくれたらシャーロットもさぞ喜ぶだろう。あれはレイモンドを本当に可愛がっていたから」
「レイモンド、おばあ様にお別れを言いに行きましょうね」レイモンドはローズの髪を握って喜んでいたが、そう話しかけるとニコニコと笑って「ばー!」と声を出した。
「おや、もしかしたらおばあ様という意味かな」リチャードは驚き、ローズも「きっとそうです。すごいわ、レイモンド。おばあ様の所に行ったら、またお話してあげてね」
思ったよりもずっと和やかに、騎士達に囲まれた馬車は領地へ向かって進んでいた。
僅かに感じる馬車の振動に誘われて、レイモンドは走り出してからすぐに眠そうに目をこすり始めた。トーマスが馬車の中でレイモンドを寝かせる事の出来る、固定式の小さな子供用寝台を取りつけてくれていたので、ローズは有り難くそこへレイモンドを横たえ、落ちない様に上からベルトで固定した。
すぐに寝入ったレイモンドに安心して前の席のリチャードを見ると、彼もいつのまにか目を閉じて眠ってしまっている様だった。
朝領地から出て来て、とんぼ返りの行程だから無理も無いと申し訳なく思いながら、ローズは一人窓の外を見るともなしに見て、レイモンドの魔法についてぼんやりと考えた。
(土魔法は地味だけど、シュタイン領の整備や農地の為とても役立っていると聞いているわ。トーマス様も、領民から感謝されたと話してくれたっけ。
レイモンドの魔法もあそこまで強力ではなく、少しだけ皆の役に立つ位なら良かったのに。どうしてレイモンドは、ここまでの魔力を持って生まれて来たんだろう)
レイモンドの身に迫る危険という不安を抱えたローズは、最近自分の出生に対しての疑問が芽生えていた。
(私は捨て子で平民だったから、魔法は持っていなくて当たり前だった。アマンド男爵夫妻も魔法は使えなかったし、気にした事は無かったけど。トーマス様も魔力は強く無いと言っていたのに、息子のレイモンドだけがこうなるなんて変じゃないかしら。
私を捨てた両親はどんな人達だったんだろう。その人たちも平民で、魔法無しだったのかしら…)
考えている内に目蓋がだんだん重くなり、いつの間にかローズも眠っていた。
「何だ、お前たち!」
「この馬車がシュタイン家の馬車と知っての事か⁈ 貴族に手を出すなど馬鹿な真似はやめろ!」
ローズは馬車の外の騒がしさで目を覚ました。レイモンドは?と見ると目をパッチリ開けて、ベッドの中で大人しくしている。
リチャードは窓のカーテンの隙間から外をのぞき見て、ローズの方を向いて「襲撃だ」と一言言って座席の下から剣を取り出した。
「こういう時の為に、騎士を何人も連れて来たんだ。大丈夫、ここで静かにしていれば終わるから」
安心させる様に穏やかな声音で話しかけてくれるが、外で聞こえる罵声や物音はなかなか止まない。
ローズも震える手でそっとカーテンの隙間を見ると、森の中の様な場所で護衛の騎士達とならず者の集団が闘っているのが見えた。
ふと近くの地面を見ると顔見知りの御者がうつ伏せに倒れ、地面に血が流れているのが目に入り、ローズは自分の口を手で押さえ叫び出しそうになるのを必死で押さえた。
騎士達は大勢いて腕が立つ者ばかりのはずなのに、敵が強くて人数が多すぎるのか、一人二人と切られていき、立っている者が少なくなっていく。
(本当に私たちが狙われたんだ。このままじゃレイモンドが…)
ローズはリチャードと同じ様に馬車の椅子の下にある武器を探り、かろうじて自分にも扱えそうな短剣を取り出した。
それを見たリチャードは「ローズ、早まるんじゃない。まだ騎士は残っている。私もこれから騎士に加勢しに行ってくるから、私が出たらすぐに扉の鍵を元通り掛けなさい」そう言って、止めようとするローズを振り切り、扉を開けて馬車の外へ躍り出た。
ローズは言われた通り急いで鍵を掛けながら、どうしたらレイモンドを助けられるか必死に考えた。少し経った時、馬車の横にドンという大きな衝撃があり、リチャードの叫び声が聞こえた。ガタガタと全身が震え涙を流しながら窓の外をのぞくローズの目に、倒れるリチャードと血の付いた刀を持つ男が見えた。
男は、のぞいているローズと目が合うとニヤリと笑った。
「さあ、もう誰も残ってないぞ。ガキを置いて出てきたら、お前だけは助けてやろう」
近寄って来る賊を見たローズは、御者と話す為の小窓へ飛びつき、馬がどうなっているのかを確かめた。そして馬がまだ馬車につながれているままであるのを確認すると、外からガタガタ揺らされているドアの鍵をそっと外して、全身の力を籠めて思い切り開くと外へ飛び出した。
「うわっ」
突然開いたドアに飛ばされた男たちは、虚を突かれて地面に尻餅をついた。
その隙にローズは一気に前方へ走り、馬の尻を思い切り叩いた。
タダでさえ血なまぐさい戦闘の臭いと音に興奮していた馬は、それを合図に飛ぶように走り出した。
(大丈夫。レイモンドのベッドも、身体もしっかり固定してある。馬車さえどこかに辿り着ければ、レイモンドは助かる)
やれるだけの事はやったと短剣を構え振り返ると、数人の男達が自分を取り囲んでいた。
薄汚れて筋肉質の、いかにもならず者という男達は、皆一様に目つきがおかしく異様な雰囲気だった。全員深手を負い、中には片腕が無く立っているのもやっとという者もいるのに、そんな者さえ痛がるそぶりも見せ無い事に気づいて、ローズはゾッとした。
「くそ、馬車を逃がしやがった」「小僧は中か」「大丈夫だ、どうせ御者も無くてどこかに激突して終わりさ」互いに小声で言葉を交わし、短剣を構えて立っているローズをじっと見ている。
どうやら馬車を追うつもりは無さそうだとホッとしたのも束の間、男たちは、やがて「この女をやれば、あの方も少しは満足するんじゃないか」
「その前に、俺達も少し楽しみたいよな」下卑た笑みを浮かべて近づいてきた。
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