40 計画
「カミラ、話を聞いてくれ」
トーマスの声が聞こえても、カミラは決して扉を開けようとしなかった。クラウスと共に部屋に閉じこもり、食事も部屋で済ませて外に出て来ようとはしない。
トーマスは王都から帰って来た途端、カミラに‘’相談‘’と言って今まで話していた事と全く違う話を持ち掛けた。
『レイモンドが土魔法を発現して、それが尋常でなく強い力みたいなんだ。他に用事があって父上も王都まで一緒に行ったんだが、あの子の作った物を見て、ローズとレイモンドをシュタイン家から出すのは到底無理だという話になった。
レイモンドの安全と、シュタイン家の発展の為に、あの子を正式にシュタイン家長男として、ローズは俺の第二夫人として、王家に届け出たい。
もちろん後継者はクラウス、それは決して変わらない。ローズ達が本邸に住む事も無いから、君とクラウスを煩わせる事は無い。
だから、二人を正式にシュタイン家に迎える事に同意してもらえないだろうか』
カミラは怒りで目の前が赤くなった。言いたい事は沢山あったが、まず義父と王都に行ったのは元々レイモンドの魔法の為なのに、未だに仕事と嘘をついている事、そして自分の承認を求める様な顔をして、もう既に義父と二人でどうするのか決めている事。どちらも屈辱的で、一瞬でもやり直そうという言葉を本気にし、涙まで流した自分が滑稽で、カミラは返事をせず部屋に閉じこもった。
それから三日間。トーマスは毎日ドアをノックしてカミラと話そうとするが、カミラはもうトーマスと話をする気は無かった。
その代わり腕に抱いているクラウスと会話をして、トーマスが王都に行く時から考えていた計画を実行しようとしていた。
「クラウスの言っていた通り、私はまんまと騙されるところだった。たかが妾の産んだ子だからと安心していたら、妾を正式な第二夫人にしてレイモンドは長男として届け出たいだなんて。これじゃあ、いつレイモンドを跡取りにすると言うか分からないわ」
クラウスの青い目が輝き出し、視線が合うとカミラの思考はぼやけ始めた。
(だから母上、そうなったらどうするか決めたでしょう)クラウスの言葉が頭の中に聞こえる。
「ええ、決めたわね。そうなったらもう私たちの邪魔を出来ない様、あの二人をこの世から消し去ると決めたわよね」カミラは催眠術にかかった様に、恐ろしい計画を口に出した。
(そうだよ。この世で母上しか、僕を守る事は出来ないんだから)
「でも、どうやって消し去れば良いのか。私にはそんな伝手は無いわ」
カミラが深いため息をつくと、クラウスがクツクツと嗤った。
(大丈夫だよ。母上はまずは父上と話して、あの二人がこれからどうするのか確かめて。それを教えてくれたら、母上がどうすれば良いか教えてあげるから)
「分かったわ。クラウス」
トーマスがカミラをどう説得しようか悩んでいた所に、当のカミラが「今良いかしら」と言いながら執務室へ入ってきた。
「カミラ」驚いて何から話せば良いか分からず、まごついているトーマスを無視してカミラはさっさとソファに腰を下ろした。
トーマスもそれを見て慌てて向かい側に座り「カミラ、話が変わってしまって本当にすまない。部屋から出て来てくれてありがとう」と話しかけた。
「部屋から出てきたのは、ローズを第二夫人にする事や、レイモンドをシュタインの籍に入れる事を許した訳じゃ無いわ。ただ、あの二人をこのままタウンハウスに置いておくのか聞きたくて来ただけ」カミラは暗い瞳を向けて尋ねた。
トーマスはそんなカミラに、二人をガードナー家に預けるとは言いづらく「いや。タウンハウスは危険が多いから、どこかに移ってもらおうと思っている」とだけ答えた。
「どこかって、どこに?危険っていうのは、レイモンドの魔法が理由なの?」
「ああ。レイモンドは一歳の今ですら、皆が驚く土魔法を使っている。将来は強い魔法使いになる可能性が高い。だから誘拐の懸念があると、父上とも話したんだ」
「そう。シュタイン家では土魔法は貴重だったものね。それにしても、あなたは二人を自由にするとか何とか言っていたけど、結局レイモンドをこの家に縛り付けて、あの子の魔法を利用するつもりなんじゃない。誘拐されてやらされる事と、そう変わりはないわね」
「そんな事は無い!俺はこれからも、二人が自由に生きられる様に助力するつもりだ。第二夫人も、長子の届け出も、そうなる前に誘拐されない為の安全策なんだ。ただ彼らの身を守る為のもので、君とクラウスを脅かすつもりは無いよ。信じてくれ」
「あなたが信じてくれって言うのは、聞き飽きたわ。
それで、あの二人はどこに住まわせるの。本邸や離れでは無いんでしょ。まさかお義父様のいる別邸?」
トーマスはカミラの不穏な態度に、尚更ガードナー家とは言いたくなかった。
しかしこれ以上嘘を重ねる事も、言い逃れする術も見つからず「アランの所だよ。事情を離したら、しばらく預かっても良いと言ってくれた」
マーガレットとローズの関係は伏せながら、二人の行先を教えた。
それを聞いたカミラは、案の定一層冷え冷えとした視線をトーマスへ向け「そう。あの妾が、アラン様の邸に行くの。アラン様に失礼な真似をしなければ良いわね」と言い捨て、もう一言も口をきかずに執務室を出て行った。
トーマスは結局第二夫人の件も長男の届け出もカミラに了承して貰えず、ただアランの邸に二人が行くという情報だけを与える形になった。
何かとんでもなくまずい事を仕出かした様な気持ちに襲われたが、それが何なのか分からず、せめて自分に出来る事をとローズとレイモンドの移動を急ぎ進める事に決めた。
「クラウス、分かったわよ」カミラがドロドロした黒い感情をまき散らしながら部屋に戻って来ると、クラウスは至極楽しそうに瞳を輝かせた。
(父上は、あの二人をどこへ行かせるって言っていた?)
「信じられない事に、アラン様のお邸へよ。本当に許せないわ。あの妾は、今度はアラン様を誘惑しようとするに決まってる。あの忌々しいマーガレットが泣く事になれば良い気味だけど、アラン様に迷惑をかけてまであの二人を守ろうだなんて、トーマスは頭がどうかしてるわ」
怒り狂うカミラの感情が、クラウスを心地良く包んで気持ち良さげに目を細めた。
(じゃあ、ガードナー家に辿り着く前にやってしまえば良いんだね)
歌う様に語りかけると、カミラは笑顔を浮かべた。
「そうね、さすがクラウスだわ。それで私は、どうすれば良いのかしら」
(簡単な事だよ。まずは母上の古くからのメイドで、いつもビクビクしているあの女を連れてきて。ほら、タミーっていう名前のメイドだよ。あとはその女を動かすだけで良い)
頭がぼんやりしているカミラは、クラウスが何故そんな事を知っているのか疑問も抱かず、実家から連れてきたメイドのタミーを部屋へ呼び寄せた。
タミーは、カミラがあの湖の事故の後劇的な変貌を遂げた際、呼び鈴にすぐ応えなかった咎でウィルソン伯爵に解雇されそうになっていたメイドだった。その時何故かカミラが父親に口添えをして解雇を免れたという恩もあったが、それ以上にあまりにも変わったカミラにそれ以来恐怖を抱き、忠実な使用人となっていた。
「カミラ様。お呼びでしょうか」
ここ数日部屋に閉じこもって機嫌の悪い女主人から呼び出され、タミーは緊張の面持ちで部屋にやって来た。
「お入り」返事を聞いてから明かりの少ない薄暗い部屋に入り、カミラの姿を探して室内を見渡すと、ソファに寝転んでこちらを見ている赤子に気付いた。
(クラウス様…? いいえ、あの赤ん坊は金髪に見える。一体誰かしら)目を凝らしていると赤ん坊の青い目が光り、それを見たタミーは思考の自由を奪われた。
自分が無くなる前に見た赤ん坊は楽しそうに笑っていて、それを最後にタミーは操り人形となった。
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