41 襲撃1
「おい。この前土魔法の使える子どものことを、話してたのはお前だったよな」
王都の下町の酒場で、シュタイン家タウンハウスに下男として勤めるジミーは、大柄な日に焼けた男に突然話しかけられた。
つい先日家令のスティーブンから主家の坊ちゃんの魔法を他所で吹聴した事を、散々叱られたジミーは不機嫌そうに「知らないね」と答え、横を向いた。
「いやいや、間違いないよ。絶対にお前さんだった。あの時の子どもの話、もっと詳しく聞きたいと思ってたんだよ」舌なめずりでもしそうな形相で迫って来る相手に、ジミーは(こいつはまずい)と内心で焦り、いつもは友人と一緒に来る酒場に今日に限って独りで訪れた事を後悔した。
「人違いだろ。俺はそんな子どもの事は知らない」尚も突っぱねると、相手の雰囲気が剣呑なものに変わった。
「嘘をつくんじゃない。俺はお前の事をよく覚えてるし、あれから少し調べたんだ。お前、シュタイン伯爵家の下男だろ」
ジミーの背中に冷や汗が流れた。家令から脅す様に言われた『あなたの迂闊な行動のせいで、坊ちゃんを狙う輩が現れる可能性もあるんですよ』という言葉の意味が、ここにきて実感出来た。言われた時は、坊ちゃんの素晴らしい魔法をちょっと自慢するくらい何て事ないだろうと馬鹿にしていたが、目の前にいる男を見ると、的外れでは無かった事がよく分かった。
「確かに俺はシュタイン家の下男だが、それがどうした」
「だから、お前に聞きたいんだよ。伯爵家にいる土魔法使いの坊ちゃんの事をさ。さあ、あっちのテーブルで俺の仲間達と飲みながら、皆にも坊ちゃんの魔法がどうすごいか話してやってくれ」
太い腕を肩に回されて縮み上がりながら、ジミーはやっとのことで声を絞り出した。
「無理だ」
「何が無理なんだよ。この前は、頼まれなくても大声で話してたじゃねえか」
すごまれるのに「もうこの話が出来ない様に、魔法をかけられてるんだよ」と怖々答えた。
「魔法だと」
「ああ。伯爵様が、使用人全員に魔法契約をさせたんだ。だから、いくら聞かれても俺には何も答えられない」
男はジミーの顔をじっと見つめ、嘘をついていないと判断したのか、回していた腕を解いてテーブルに向かって突き飛ばした。
「けっ。役立たずが。他に誰か喋れる奴はいないのかよ」
「誰もいない。全員魔法契約させられたからな」
それを聞いて、男がテーブルにいる仲間へ報告しようと戻った隙に、ジミーは急いで立ち上がり出口へ向かった。
一部始終を見ていて知らぬ振りをしていた酒場の主人に、恨みがましい目で代金を放り投げ、男が追って来ないか振り返った時、店の隅のテーブルに一人で座っている女が目に入った。
(あれ、あの女見覚えがあるな)女の顔をよく見ようとしたその時、例の男がジミーのいなくなったテーブルに気付いて立ち上がったので、ジミーは慌ててドアを開け店の外へ逃げ出した。
「チッ。あいつ逃げやがった」ジミーに声をかけた男がテーブルにいた仲間へ吐き捨てると、皆が口々に「やめとけ。魔法契約させられたんじゃ、どうせ何も聞き出せない」「伯爵様が直々にお出ましになったんじゃ、何かあったら俺達の命が危ないぜ」と男を宥めた。
「けどよ。あいつの言ってた事が本当なら、そのガキを捕まえたらどんだけの儲けになるか分からんぜ。伯爵家より高位の貴族に奴隷として売りつければ、伯爵様も手が出せんだろ。どうせ妾に産ませた隠し子なんだしよ」
「そうかもしれんが、わざわざ魔法契約までさせてるんだ。そのガキを伯爵家が大切にしてるのは間違い無いだろ」
物騒な話を大声で話す男達を敬遠し、店にいた客は一人、また一人といなくなり、遂に店の中にはその男達以外は女が一人残るだけになった。
大声で話していた誘拐の企みをひとまず諦め、興奮が冷め始めた男達はその女に目を留めた。仲間から目配せされた優男風のチンピラが立ち上がり、他の男達へ自信ありげな顔を向けてから女へと近寄った。
「こんばんは、お姉さん。さっきから一人で飲んでるけどさ、俺達のテーブルに来て一緒に飲む方が楽しいぜ」
俯いている女の顔を見ようとして覗き込んだ男は、自分を見る女の目が妖しく輝くのを見た。男はその途端動きを止め、棒立ちになった。
「おい、どうしたんだよ」立ち尽くす優男に、仲間の男が立ち上がって肩を叩くと、女が「ねえ、あなた達のテーブルに行っても良いかしら。みんなで飲みましょうよ」と声を出した。
「あ、ああ。いいぜ」反射的に答えた男も、やはり女の目を見て一瞬で呆けた様になると、優男と一緒に歩き出した女の後に続いた。
女は開いていた椅子に座ると、ぐるっと全員の顔を見回して嗤った。
「あんた達の願い通りにさせてあげる」
トーマスはカミラとの不穏な話合いのすぐ後に、直接ガードナー家へ出向いてアラン達と細かい打ち合わせを行った。二人はカミラの状態と会話の内容を聞いて、出来るだけ早く、ガードナー家でローズとレイモンドを迎え入れる準備を整えると約束してくれた。
トーマスはガードナー家の準備が整うのに合わせ、二人を王都まで迎えに行く計画を立て、その際レイモンドの誘拐を警戒して、領地の騎士を相当数護衛として連れて行くと決めた。
貴族が王都に一定数以上の自家の騎士を連れて入るには、王家への謀反を警戒して事前に届け出が必要と定められている。しかし騎士帯同の理由が身分が平民のローズとレイモンドの護衛では認められない為、トーマス自ら馬車に同乗して迎えに行く事にした。
しかし運悪く出発数日前になって、領地でトーマスしか対処出来ない問題が起こった。
そうなると、予定通り二人を迎えに行くには間に合わない可能性があり、日程をずらすにしても既に準備や届け出は済んでいるし、遅くなれば危険が増すとトーマスが悩んでいると、話を聞いたリチャードが「私が迎えに行こう」と申し出てくれた。
「レイモンドがガードナー家へ行ってしまったら、私はなかなか会えなくなるからな。その前に一緒に過ごせたら嬉しいよ」
「ありがとう、父上。助かるよ」
前伯爵のリチャードが行くなら、騎士を大勢連れて行く理由になる。トーマスは有難くその申し出に甘えた。
その後の計画としては、仕事を終えたトーマスは別邸へ向かい、リチャードがローズとレイモンドと共に王都から別邸へ戻ったら、その日の内にガードナー家へ一緒に向かうと決まった。
そうと決まれば、三人が別邸に到着する前に問題を解決して待っていようと、トーマスは勇んで出かけて行った。
あれからカミラとの話合いは進んでおらず、未だにローズとレイモンドの身分は平民のままだが、とにかく王都から離れさせる事が出来ると安堵していた。
王都のタウンハウスはローズとレイモンドの出立の指示を受けて、急ぎ準備を整えるべくメイド達が慌ただしく動いていた。
元々二人が領地から持って来た物は少なかったのだが、王都に来てからトーマスが買い与えた物が沢山あったので、とりあえず当面使う物だけをまとめて、残りは後から送るという手筈になった。
家令を始め皆がローズ達、特に愛らしいレイモンドとの別れを惜しみ、タウンハウスの中には感傷的な雰囲気も漂っていたが、ローズはこの慌ただしさはレイモンドに迫る危険と比例していると受け止めて、気持ちを引き締めていた。
そして二人の出立の準備が全て整った頃、トーマスから急な用事で自分は迎えに行けないので、リチャードが代理で向かうという知らせが届いた。
(わざわざ前伯爵様がいらして下さるなんて)
シュタイン家に妾として入ったローズは前伯爵夫妻から黙殺される存在だったので、最初は正直言って二人に対して好意を持てなかった。
しかし前回の訪問の際リチャードが自分に会いたいと言い、会ってみると今までの事を率直に謝罪してくれた事で気持ちは変わっていった。
今回も騎士を大勢連れて王都に来る理由を作る為、トーマスの代わりに自分が行くと申し出てくれたと聞き、ローズは深い感謝を抱いた。
(そう言えば、私は結局最後までお会いする事はなかったけれど、前伯爵夫人はレイモンドをとても可愛がってくれていたと聞いた)
リチャードも大きくなったレイモンドを見て、夫人にも見せてやりたかったと涙ぐんでいた。
(そうだ。シュタイン家別邸へ立ち寄る時、夫人のお墓へレイモンドとお参りさせてもらおう。レイモンドが作った石のダリアを持って行って供えれば、きっと夫人は喜んでくれる)
そんな事を考えながら乳母の膝で遊んでいるレイモンドを見ると、黒いくせ毛も茶色の瞳もトーマスそっくりで、トーマスの母である前伯爵夫人がレイモンドを愛したのも無理は無いと思った。
(この子を大事に思って下さっていたのだもの。お礼を言わなければ)
ローズは前伯爵夫人シャーロットの墓に供える為、ダリアのオブジェを荷物に入れてくれる様頼もうと、家令を探しに部屋を出て行った。
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