39 ガードナー家へ
トーマスはローズの目を見て、彼女がアマンド男爵家との絶縁を願ったあの時を、思い出さずにはいられなかった。
あの時は自分の自由を求めた同じ瞳で、今はレイモンドの幸せの為に切望していた自由も、それどころか自分の命さえも捨て去って良いと言うこの女性を、トーマスは尊敬し愛さずにはいられなかった。
「分かったよ、ローズ。その時はレイモンドを優先すると約束する。だけど俺は君達を全力で守って、いつか君を自由にすると誓う」
「ありがとう。トーマス様」まっすぐ自分を見つめるその青い瞳は、どこまでも澄んだ湖の様だとトーマスは思った。
翌日になり、三人が集まる居間へ家令が聞き取りの結果を持って現れた。
「スティーブン、報告を頼む」トーマスに言われ、家令は手に持った用紙を見ながら話し始めた。
「昨日、話が使用人間で漏れない様にメイド長と手分けして個別に面談し、聞き取りを行いました。その結果この邸で働く者は全員坊ちゃまの魔法発現については知っていました。実際に作ったオブジェを見た者はその内半数程です。残りの半数は、ただ土魔法を発現されたとしか認識していませんでした。いずれにせよ今後この話を口外しないよう、全員に魔法契約を結ばせました」
「そうか。貴族の子どもが魔法を発現したというだけなら普通の話だから、万一その半数の者が他所で話していても問題は無いが、オブジェを見た者で口外した者はいたか」
「それが…」家令の顔が曇り、トーマス達は嫌な予感でいっぱいになった。
「実はオブジェの余りの出来の良さに、通いの者は家族に話してしまった者が大勢いました。家族の者は実物を見ていないので、話し半分に受け取っていたというのが救いですが、かなりの数です。加えて酒場で酔った時、主家の自慢として言ってしまったという者もおります。これはもう、どこの誰が聞いていたのかは分かりません」
私の教育不足です、とうなだれる家令をリチャードは慰めた。
「スティーブン、自分を責めるな。普通は主家の醜聞や、縁談、交友関係には口をつぐむという頭しか無いものだ。さっきトーマスが言った通り、魔法が発現したというのは、よっぽど珍しい魔法でない限り秘密にされるものでもない。現に私もトーマスも、土魔法が使える事は子どもの時から皆に知られていた。領地に出たら、普通に使っているしな」
「酒場で話した人は、オブジェの様子について詳しく話したんでしょうか」
ローズが尋ねた。
「どうもそうらしいのです。坊ちゃまはまだ一歳でらっしゃるのに、犬も猫もそっくりで、素晴らしい芸術品を作られたと話し、興味を持って色々聞いて来た者もいた様です」
「なんと。それではおかしな気を起こす者がいるやもしれんな」家令を慰めていたリチャードも難しい顔になった。
調査した内容を書き留めた用紙を置いて家令が立ち去ると、三人はそれを回し読みし、それぞれ現状把握に努め、その上でどうしたら良いか考えを巡らせた。
昨夜の内にトーマスがリチャードへ、ローズとレイモンドがシュタイン家から出て行く事に関しては保留となったと伝えたので、その点はリチャードも安堵していた。
「私はやはり、タウンハウスを去るべきだと思います。もうここにあの子がいる事は知られてしまっていますから」ローズが言うと、トーマスも「俺もそれには賛成だ。ここは王都でただでさえ人が多い。それだけ犯罪者やよこしまな事を考える者も多くいるし、見知らぬ者が近寄ってきても気づきにくい。ローズ達に譲る叔母の持っていた領地に、もう行った方が良いのではないか」と提案した。
「しかし、あそこはシュタイン家からかなり離れている。護衛を付けるにしても、何かあった時に対応が出来ない」リチャードが反対した。
「確かにそうですね」トーマスがしばらく黙って考えていると、ローズがおずおずと提案した。
「マーガレット様の所はどうでしょうか。シュタイン領の隣ですから、行き来が容易です。それに、何かあったらガードナー家を頼って良いとおっしゃって下さいました」
「なるほど。アランの所なら、気づかれにくいかもしれないな。シュタイン家とガードナー家の仲が良いのは知られているが、まさか子を預けるとまでは思わないだろう。ましてやローズとマーガレットに面識がある事は、誰も知らない」
「そうだな。名案だ」
トーマスからローズが子を守る為に、自分の希望も身も犠牲にする覚悟を持っていると聞いたリチャードは、すっかりローズという人間を見直し感服していた。その為、彼女の提案に素直に従う気持ちになれた。
「そうと決まれば出来るだけ急いだ方が良い。すぐにアランに手紙を書く。ローズも、マーガレットへ知らせてくれないか」
「分かりました」
「この邸にいる間の護衛も増やして、警備を強化しておこう」
三人はそれぞれのやるべき事をする為、居間を後にした。
「アラン!」王都にいるローズから届いた手紙を手に、マーガレットはアランの執務室を訪れた。少々はしたないが出来るだけ早足で廊下を歩き、扉をノックする。
中から返事が聞こえてドアを開けると、アランも同じ便で届いたトーマスからの手紙をちょうど読んでいる所だった。
手紙から目を上げたアランが、マーガレットの手にある物を見て微笑んだ。
「ローズさんからも、君に同じ内容の手紙が来たんだね」
「ええ。ローズがこのガードナー家へ来て、一緒に住めるなんて夢みたい」
レイモンドの事は心配だが、王都のシュタイン家を離れれば、酒場の噂程度で欲を出した者がわざわざここまで襲いに来る事はないだろう。もし来たとしても、ガードナー家の護衛達は優秀だ。主の大切な客人を守り切る自信はある。
「トーマスの手紙を読む限り、出来るだけ早く王都を離れた方が良いね」アランの憂い顔に「レイモンドの魔法、そんなにすごいの? ローズは謙遜しているのか、才能があるようですとしか書いてないの。どんな物を作ったのかしら」
「彫刻家が石を彫って作った様なオブジェらしい。それも恐ろしいのは、一度見た物を完璧に再現出来ているそうだ。トーマスも絵本の挿絵そっくりの城を見た時は、鳥肌が立ったと書いてある」
「それは…すごいわね」
「ああ。そんな力を持つ子どもを悪党が手に入れたら、うまく育てて金の生る木に仕立て上げるさ。それに今レイモンドはトーマスの息子というだけで、シュタイン家での立場を何も与えられていない。厳密には貴族じゃないんだ。平民の子どもを一人攫ったところで、大した罪にはならないだろう」
「そうよ!ローズを一生日陰の身にしようとしたり、後継者になるはずだったレイモンドを平民のままにしたり、トーマス様は何を考えているのかしら。レイモンドがすごい土魔法を使えるからって、二人をシュタイン家に留め置くなら、しかるべき地位を与えなきゃ守れないわ」マーガレットは怒りで大きな声を出し、ハッとして「ごめんなさい。アランは何も悪くないのに」と謝った。
「いや、俺もそれは同意するよ。ただトーマスも何も考えていない訳じゃないんだ。正式にローズを第二夫人、レイモンドも後継者ではないにしろシュタイン家の長男として届け出たいと書いてある。そうなれば、二人は伯爵家の者だ。簡単には手が出せない」
「じゃあ、一刻も早くそうして欲しいわ。…でも、カミラ様がどう言うかしら」
「そうだね。カミラにはクラウスが跡継ぎである事に変わりは無いと説明して、レイモンドの魔法がシュタイン家だけでなく、この国にとっても貴重だと説得すると書いてあるが、それで上手くいくと良いが」
「そうね。そうなっても二人はシュタイン家に帰らないでここにいれば、カミラ様も顔を合わせる事も無いのだから、了承してくれると良いけれど。
ともあれ、ここに二人を迎える準備が色々必要ね。忙しくなるわ」
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