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いつかあなたを  作者: Jun
壊れゆく世界

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36/67

36 潜む危険と告白

 皆が夢中でレイモンドの作品を見ている間、当のレイモンドはローズの足元にしゃがみこんで蟻の行列に見入っていた。

 しばらくしたら顔を上げて、ローズの手を引いて砂場の方へ連れて行き、人差し指を砂に突き刺した。そして指についた少量の砂をじっと見つめたかと思うと、それは今まで見ていた小さな蟻の形になり、レイモンドの指先に何匹かよじ登っている様に見えた。

「あー!」得意そうに見せてくるレイモンドに、ローズは「まあ、すごいわ。レイモンド」と笑顔で褒めるしかなかった。本当に、その蟻は生きている様に精巧だったのだ。

「おお!」「さすがはレイモンド坊ちゃま」また騒ぎ始めた皆に向かい、蒼褪めた顔で黙っていたトーマスが話し出した。


「父上、これは喜んでばかりいられる事じゃないと気づきませんか。レイモンドにとって本当に危険な事です。スティーブン、レイモンドの魔法の件は邸の全員が知っているのか?」

 問われた家令は「そうですね…。皆が驚いて邸中で話題になりましたから、邸で働いている者は全員知っていると思います」と答えた。

「邸外で他に知っている者はいるか」厳しい顔のトーマスに、家令も表情を引き締め「この庭に入るのはタウンハウスにいる者だけなので、実際に見た者はいないと思いますが…。ただ主家の話をよそに漏らさないのが常識とは言え、使用人の中で知り合いにでも話した者がいるかもしれません」


 二人のやり取りを聞いていたリチャードも「そうか。私もこの目で見るまでは、ここまでの能力とは思っていなかった。確かにこれ程の魔法が使えると人に知られれば、レイモンドの身の安全が心配だな」と今さらながら恐ろしい想像がよぎり、真顔になった。「レイモンドの力は凄まじい。今はまだ幼いから他愛もないオブジェを作っているだけだが、年と共に力が成長していったら、それこそ川に橋を架ける事だって可能だな」

「そうです、父上。レイモンドのこの能力を欲しがる者が必ず現れます。だから俺はどの程度の能力かこの目で確認して、必要なら秘密にするべきと思い、急いで王都に来たんです」


 トーマスは家令に「邸の使用人全員を集めて、レイモンドの魔法については外に漏らさない様徹底して欲しい。魔法契約を結ばせた方が良いな。

 それと、既に誰かに話していないかも確認してくれ。もし話した者がいても正直に申し出れば不問にするから、名乗り出た者がいたら誰に、どの程度話したかも調べて報告して欲しい」と指示を出した。

「分かりました。すぐに取り掛かります」

 家令は急いで立ち去った。今まで楽しそうにはしゃいでいた乳母も庭師も、皆一様に顔色を悪くして家令に続いた。


「トーマス様」いつのまにかレイモンドを抱きしめたローズが隣にいて、不安に満ちた表情をして立っていた。

「ローズ」心配いらないとは言えないトーマスは、彼女にここに来たもう一つの目的である話もしなければと思った。こうなったら、リチャードがここに一緒に来たのは幸いだったのかもしれない。

「ローズ、それに父上も。使用人達への聞き取りの結果が出たら、これからの事について話し合いをしたいと思います」と切り出した。

「話し合いって、どんな事だ。レイモンドの能力をどうやって隠していくかについてか?」

「それも勿論あります。併せて以前父上に了解して頂いた、ローズとレイモンドに財産を譲って、シュタイン家から自由になってもらう件を話したいのです」

「ああ、そういう話になっていたな」リチャードはレイモンドの土魔法発現で頭がいっぱいで、以前葬儀の日に息子と話した事をすっかり忘れていた。今それを思い出し「確かに、それはもう一度話さなくてはならないな」とひどく困った顔をした。


 三人でもう一度話し合いを持つ事に決まったが、タウンハウスには本邸程では無いがそこそこの数の使用人がいる。その為聞き取りに時間がかかるので、領地から来た二人の疲れも考慮し、話し合いは明日に持ち越される事になった。

 そこで夕食までの時間は思い思いにゆっくり過ごす事になり、リチャードは自分に用意された部屋へ向かい、トーマスはローズとレイモンドと一緒に、彼女達の部屋へ向かった。トーマスは三人での話し合いの前に、ローズと考えのすり合わせをしたいと思っていた。


 部屋に入るとローズがレイモンドを洗面所へ連れて行って、手を洗い着替えさせた。すぐレイモンドに眠気がやってきて目をこすり始めたので、ローズはトーマスに断って、レイモンドを寝かしつける為に寝室へ入った。

 トーマスは居間のソファに座って待ちながら、寝室から聞こえてくる二人のやり取りに耳を傾けていた。ローズは何か聞き慣れない子守唄を歌い、レイモンドは時折むずかるような声を出すが、優しい歌が途切れず続く内にやがて静かになり、歌も止んだ。


 その優しい歌と愛情深いやり取りを聞いていたトーマスは、いつの間にか自分の目に涙が浮かんでいるのに気づいて慌てた。

(しっかりしろ、トーマス。ローズとレイモンドを幸せにしてやらなければいけないのに、いい大人がすぐに泣いている様じゃダメだ)

 持っていたハンカチで目元をぬぐって、何の気無しにハンカチを見ると、それはカミラが刺繍を施した物だった。

(そうだ。領地にいるカミラとクラウスの事も、忘れてはならない)

 自分を戒め、ハンカチをきちんと畳んでポケットに仕舞ったところで、ローズが戻ってきた。


「トーマス様。お待たせしました」

「いいや、待ってはいないよ。レイモンドは君の歌のお陰ですぐ眠ったね」

 そう言うとローズは恥ずかしそうな顔をした。

「あまり歌なんて歌った事が無かったんですけど、あの子が生まれてからは、子守唄を歌う様になりました」

「あの歌は、アマンド男爵夫人が歌ってくれていたのかい。余り聴いた事の無い子守唄だった」アマンド男爵夫人と子守唄は似合わないがという気持ちで、トーマスは尋ねた。

 ローズは「いいえ。あの歌はどこかで聴いて覚えていた歌なんです」と答えて少しためらい「今までお話ししませんでしたが、私は本当はアマンド男爵夫妻の娘では無いんです」と突然打ち明けた。

「え」意外な言葉に驚くトーマスに、ローズは自分がアマンド男爵夫人の両親に育てられていた事、親の分からない捨て子だった事を話した。

「それで、育ててくれた二人が亡くなった時、アマンド男爵夫妻が家を売り払う為に村にやって来たんです。私を見た男爵夫妻は私を王都へ連れて行って養女にし、学院へ入れました。後はトーマス様の知っている通りです」寂しそうに笑うローズを見て、トーマスは胸が張り裂けそうだった。


 アマンド男爵夫妻は美しいローズを見て、誰かに売り払う為に村から連れ出したのだ。自分達は夫妻の思惑通りローズを買い取り、彼女は今ここにいるのかと思うと、彼女の人生が憐れでならなかった。


「だから君はあの時、アマンド男爵家と縁を切りたいと言ったんだね」

「はい。そうすれば、子どもを産んだらどこにでも行ける。自由に自分の人生を生きられると思いましたから。私、最初はレイモンドをカミラ様の子どもにする事も、全く気にしませんでした。早く産んでお渡ししたいとさえ思っていたんです」

「そうか」

 あの時ローズが置かれた環境を思い出したトーマスは、それも無理は無いと思いながら話を聞いていた。


「けれどあの子を何ケ月もお腹で育てて、苦しんで産み落とした時、あの子を愛してやりたいと強く思ったんです。私が村で義両親にしてもらったように、たくさん愛されて可愛がられた記憶を、おぼろげでも良いから残してやりたいと思いました。私が希望を捨てず生きてこられたのは、義両親に愛された記憶があるお陰なんです。だからトーマス様がカミラ様を説得してくれて、レイモンドを育てられる事になった時、とても嬉しかった」

 ローズは微笑み「きちんと伝えられていませんでしたが、本当にありがとうございました」と頭を下げた。



読んでいただき、ありがとうございます。


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