34 王都行きと蛇の囁き
トーマスとリチャードの会話を立ち聞きしたカミラは、王都のレイモンドに何が起こっているのか全てを知り、不安が募った。
そのせいで階下での二人の話が終わった後、リチャードがクラウスに会いに来たらどんな顔をすれば良いか分からず、カミラは身構えていた。しかしリチャードは挨拶もせずにそのまま別邸へ帰ってしまい、義父に会いたい訳でも無かったのに、カミラは何か裏切られた様な気持ちがした。
王都行きが急に決まり義父も忙しかったのかもしれないが、レイモンドの事では大騒ぎして
おきながら、同じ孫であるクラウスについては顔を見もしなかった事が、カミラの気持ちを逆撫でした。
(お義父様は、きっとクラウスの事が可愛くないのよ)
実際リチャードは、クラウスが生まれてから一度しか顔を見に来ておらず、レイモンドの時と比べて圧倒的に関心が薄い。跡継ぎであるクラウスへの扱いにしては冷たすぎると、カミラは以前から不満だった。
一度トーマスにその話をした時「母上が亡くなって気落ちしているんだよ。レイモンドの時は母上について来ただけの時も多かったし、決してクラウスが可愛くない訳では無いだろう。もう少し待ってやってくれないか」と言われ、そう言う事もあるのだろうと納得した。
しかしレイモンドの為には王都まで行くのに、本邸に来てもクラウスの様子を見もしないのは、明らかに大切に思われていないとカミラは義父を恨んだ。
実を言えばリチャードは、カミラがシャーロットの死に関わっていると未だ信じていて、あの時の蛇とクラウスの誕生にも関係があると思っていた。それで二人に会いたくないと考えているのだが、そんな事とは知らないカミラは、義父がクラウスを軽んじているせいだとしか考えられなかった。
(土魔法の力があるから、レイモンドの方が跡継ぎに相応しいなどと言い出したら、ただじゃおかないわ)
リチャードに王都へ行く目的を白状させられ、同行を承諾したトーマスは、カミラには王都へ行く目的を変わらず商談だと言い、リチャードと一緒に行く事も打ち明けなかった。
本当はもっと領地でゆっくり過ごしたかった、と残念がる振りまでする姿を見たカミラは、少しでもトーマスを信じかけた自分を呪った。
もう一度やり直したいと言ったのはつい最近の事なのに、こうして全てを隠そうとするトーマスへの信頼はもう無くなっていた。
(もしトーマスがレイモンドの魔法について私にも教えて、今後どうしたら良いか相談していたなら、あの人を信用しても良かったけど。あの人も義父もレイモンドが大切なんだわ)
トーマスは蛇がクラウスとして生まれ出て、既にカミラの中にいないとは知らなかったので、カミラを刺激しない様何も話さない事に決めたのだが、それがカミラを最も刺激して、蛇の望む悪い方向へ強く後押ししたとは夢にも思わないでいた。
「じゃあカミラ、行ってくる。クラウスの事を頼んだよ。君も無理をしない様気を付けて」
翌日、トーマスは見送りに出てきたカミラと腕に抱かれたクラウスへ出立の挨拶をした。カミラの頬にキスをしようとしたら、ふいと避けられ(まだ俺を受け入れる気にならないんだな)と思い諦めて、代わりにクラウスのふくふくとした頬に口づけた。
クラウスは機嫌良さげにこちらを見つめ、トーマスは自分そっくりのくせ毛をそっと撫ぜて馬車に乗り込んだ。
その姿をカミラはじっと見つめ、腕の中のクラウスをしっかり抱きしめてから邸内へ戻った。
「奥様、坊ちゃまをお預かりします」乳母が近寄ってきたが、カミラは「良いわ。クラウスも眠そうだし、このまま私の部屋に連れて行って寝かしつけるから」と断って自室へこもった。
二人になった所で、輝く金の髪になったクラウスを抱いたままソファに腰を下ろし、カミラは話しかけた。
「クラウス、私はどうしたら良いのかしら」
(母上はすっかり父上に騙されてしまったね。それに、おじい様にも軽んじられていて、僕は母上が可哀想でならないよ。だけど、僕も母上と同じく可哀想な子どもだね)
「あなたが可哀想って、どういう事。あなたは可哀想な子どもなんかじゃないわ。私がこんなに愛しているんだもの」
(だって、おじい様は昨日この邸まで来たのに、僕の様子を尋ねもしないで帰ったでしょう。それでいて、今日はあの妾の子どもの魔法を見る為だけに王都まで行くんだよ。あの人はきっと、僕より妾の子を跡継ぎにしたいと思ってるんだ)
「そんな事は絶対にさせない」
(母上がそう思っていても、決めるのは当主の父上と、前伯爵のおじい様なんじゃないのかな。土魔法が一族にとって大切な魔法なら、親戚達もきっとそれに賛成する。僕はまだ何も魔法が使えないから)
「私の産んだあなたが跡継ぎになるに決まってるのよ。あの子はたかが妾の子なんだから。もしそんな事になったら…」
(そんな事になったら…。なったらどうするの、母上)クラウスの瞳が爛々と輝いて、青い光を湛えて宝石の様に見えた。それに見入っている内カミラは頭がぼんやりしてきたが、自分が何をすべきかだけ、誰かにはっきり指示されている気がした。
「そうよ。そんな事になったら、あの二人をこの世から消し去れば良いのよ。そうすれば、もう私たちの邪魔は出来ないもの」
(そう、そうだね。それが良い)
クラウスから濃い闇の魔力が立ち昇り、カミラを取り囲んで吸い込まれていった。
王都のタウンハウスではトーマスとリチャードの到着を、家令を始め使用人達が総出で出迎えていた。特にリチャードは夫人シャーロットの逝去から初めての来訪の為、古くからの使用人に心のこもった悔やみの言葉を受け、思わず涙ぐむ場面もあった。
ひとしきりこうしたやり取りが終わった頃、乳母が家令に言われて、ローズの部屋へレイモンドを迎えに行こうとした。
その時突然リチャードが「ローズさんも邸にいるなら、一度会っておきたい」と言い出し、トーマスは驚いた。
リチャードも故シャーロットも、ローズが妾としてシュタイン家に入る時は、アマンド家の娘と言うことで難色を示していたし、入ってからは生まれた子はカミラの子となるので、生母のローズに会う必要は無いと言って会おうとしなかった。
レイモンドが生まれてからも、同じ理由で本邸に連れて来られたレイモンドのみと交流し、ローズは一人離れで待っているのが常だった。
「父上、いきなり何ですか。父上達はローズをいない者として扱っていたのに、今になってどういう風の吹き回しですか」トーマスは非難と警戒を籠めリチャードに尋ねた。
するとリチャードはきまり悪げに「こうなった以上、ローズさんにお礼を言いたいと思ったんだ。シュタイン家にとって、かえがえない孫を生んだ女性だし、先日の話し合いでお前の気持ちも聞けたから」と言い訳をした。
「父上は、レイモンドをこの家に留める為にそんな事を言い出したんじゃないですか。ローズは、今まで散々無視されて来たんです。きっと会いたいとは言わないでしょう」
父子のやり取りを脇で聞いていた家令が「ではローズ様に伺ってみて、お会いになっても良いとおっしゃれば、レイモンド坊ちゃまとご一緒にお連れ致します」と申し出た。
そしてトーマスの返事も聞かず、さっさとローズの部屋へ自ら向かった。
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