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いつかあなたを  作者: Jun
壊れゆく世界

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33/64

33 クラウスというもの

 カミラは乳母にクラウスを連れて来て貰うと、しばらく休んでいて良いと許しを与えて部屋から遠ざけた。廊下に出た乳母の気配が遠くなり、二人きりになった事を確認すると、そっと腕の中のクラウスに語りかける。

「クラウス、可愛い子。もう元の姿に戻っても大丈夫よ」

 それを聞いて微笑んだ様に見えたクラウスは、カミラの目に映る外見が変わっていき、見る見るうちに黒髪は金髪に、茶色の瞳は青色になった。


 それと同時にカミラの頭の中に、直接クラウスの声が聞こえてきた。

(母上がお元気そうで安心した。今日はなかなか呼んでくれなかったから、お加減が悪いのかと心配したんだ)

 それを聞いたカミラは、嬉しそうに華やいだ笑顔を浮かべる。

「心配してくれてありがとう、クラウス。私もあなたに早く会いたかったのだけれど、今朝は早くから領地の陳情で領民がやって来ていたの。

 また道路の補修が必要な箇所があると言っていたわ。本当ならトーマスの仕事なのだけど、あなたのお父様は明日から王都へ行くので、忙しくて会えないんですって。

 家令に泣きつかれたから、仕方なく私が応対してあげたの」


 クラウスは赤子とは思えない、さもカミラに同情している様な表情を浮かべた。

(母上はいつも大変だね。母上がいなかったら、この家は回らないだろうな。

 父上はまた妾とその子どもに会いに王都へ行くの?僕らを大事にするって言ったばかりなのに、嘘をついたのかなぁ)

 クラウスはカミラの顔が憎しみに染まるのを期待して、ワクワクと見上げていたが

「あら、クラウス。私はあなたがいるから、何も気にしていないわ。トーマスは王都で妾に会うでしょうけど、あの女と子どもはいずれこの家を出るのは決まっているから、今の内だけの事よ。大目に見てあげましょう」と言われ残念そうに(ふうん。本当にそうなら良いんだけどね)と答えた。


「それにしても、クラウスにそっくりな王子様の出て来る本は、どこに行っちゃったのかしら。シュタイン家に持ってきた荷物の中には無かったの。だからウィルソン伯爵家の使用人に探させたのに、見当たらないと言うし。あの人達が本当にちゃんと探したのか、今度自分で確認しに行かなくてはならないわ」

 カミラはクラウスが生まれてしばらくしてから、幼い頃好きだった物語を突然思い出した。あんなに大好きで何度も読んだ本なのに、なぜ忘れていたのか不思議でならなかった。

 また読みたくてたまらなくなり、すぐにメイドに言って実家から持って来た荷物を探させた。しかし今まで忘れていた絵本など、嫁入り道具には当然入れておらず、仕方なく実家に手紙を書いて残して来た物を調べさせたが、そこにも見当たらないと返事がきていた。

(本当にどこにいってしまったのかしら。あの本の事を考えると、何故だかとても悲しくなるけれど、とても大切な物語だった気がする)


 不思議な事に絵本の事を思い出してから、アランに対して抱いた憧れは人違いの様な気がしてきて、カミラの中でアランへの執着心は薄れていっていた。


「おかしな気分なのよ、クラウス。アラン様は確かにとても素敵な人だけれど、何であんなにこだわっていたのか、今は全然分からないの。もしかしたら、今は本当の王子様が産まれたから、アラン様の事を気にしない様になれたのかもしれないわね。だからクラウス、あなたにあの本を読んであげたいと思っているのよ」


 夢見る様に語るカミラを、クラウスは冷えた目で見つめていた。

 カミラがいつもの様に妬み、怒り、僻みの心に支配されなくなってしまうのは、全く彼の本意では無かった。クラウスという形を持って生まれた来た赤子は、採掘場跡で赤い石によって封印されていた邪悪な力が、カミラとその周囲の悪意を糧に念願の実体を得て生まれた蛇だと、誰も気づいていなかった。


 あの時封印を解かれた蛇は、カミラの中に出来た冷たい空洞に入り込んだ。そこを住処として負の感情を餌に成長し、誕生日に庭師の渡す花の様にカミラに差し伸べられる善意は、自分の邪魔をするものとして彼女を操り全て排除した。

 その結果カミラは冷たく独善的な女性として周囲に認められ、思いを分かち合える友など一人も持たず成長した。


 婚約者であるトーマスも彼女を見捨て去って行けば蛇にとって最高の展開だったが、彼は根が善人で政略の婚約をきちんと理解していた為、そこまでは無理だった。

 しかもトーマスの親友のアランはあの乳母の息子に似ていて、カミラが無意識にアランに対して暖かい感情を持ってしまい、アランと過ごしたいが為にトーマスとの関係を悪化させなかったのも誤算だった。

 だがそれも、あの忌々しい聖魔法使いが現れたら状況が変わった。

(あの女の使う聖魔法は大嫌いだが、あいつの登場のお陰でカミラが生み出す悪意が格段に増えて、こんなに早く力を取り戻して生まれ出られたのに)


 これからより強くカミラを支配する為に愛着の元である金髪碧眼の姿になり、自分に夢中にさせるのは成功したが、それによってカミラがアランへの執着、ひいてはマーガレットへの嫉妬心を消してしまうとは誤算だった。

 あの嫉妬心は最上に美味しい感情だったのに、と蛇は悔しく思い返した。しかも自分がカミラの外に出たら支配力と記憶の蓋が緩んでしまい、例の絵本を思い出しあれこれ言い始めた。


(それに、トーマス。あいつは妾に夢中だったはずなのに、カミラの許へ帰って関係を改善しようとしている)

 妾に骨抜きになっていた男が二人を解放しようなど、自分で考えついたとは思えなかったが、あいつはわざわざカミラにそう言いに来た。

 カミラはまだその言葉を完全に信用した訳ではない。しかし甘い言葉をかけられ、ほだされかかった。トーマスのせいでアランが自分の後ろ暗い面を知った事を知り、怒りで一旦は気持ちが冷えたが、これから先はどうなるか分からない。


 カミラの中に住み着き、悪意を食べ、力を取り戻して生み出されるまでは思った以上の成功だった蛇も、自分では身動きの取れない赤子の段階で、手駒となるカミラが思い通りに動かないのはじれったく、悔しくてならなかった。

(どうしたらまたこの女が悪意に染まってくれるだろう)


 そんな事を我が子が考えているとは知らないカミラはクラウスにあれこれ話しかけていたが、ふと階下が騒がしい事に気付いた。

「あら、誰か来たのかしら。誰とも約束はしていなかったはずだけれど」

 クラウスを抱いたまま部屋のドアに近づき、ドアを少し開いて階下の声を聞いてみると、どうやら訪ねて来たのは前伯爵リチャードの様だった。

 彼は夫人のシャーロットが亡くなって以来本邸に近寄ろうとはしなかったのに、どうしたのだろう。


 カミラが聞き耳を立てていると、やがてトーマスの声が聞こえてきた。

「父上、どうされたんですか。先ほどそこにいる従者に、今日は時間が取れないと申し上げたはずですが」当惑する声にかぶせるよう大声で、リチャードが話し出した。

「トーマス。お前は私に隠している事があるだろう。王都に行こうとしている理由は分かっているんだ。タウンハウスの家令が手紙で私にも知らせてくれた。レイモンドの土魔法を見に行くつもりなんだな」


 〈レイモンドの土魔法〉という言葉にカミラはハッとして、もっとよく話を聞き取ろうと耳をすませた。腕の中にいるクラウスを見ると、もう黒髪茶目に戻り静かに自分を見上げている。リチャードは興奮しているらしく大声で、二階のカミラにも話の内容がよく聞こえた。


「そんな事は知りません。私は急ぎで事業の打ち合わせをしなければならないので、王都へ行くんです」トーマスは言い返したが、その言葉は力が無かった。

「嘘をつくな。こんな重大な事を私に黙っているとは信じられん。大方、レイモンドに土魔法が発現したと私が知れば、二人をシュタイン家から解放するのに反対すると思って黙っていたんだろう」


(レイモンドに土魔法が発現した? 土魔法はシュタイン家にとって重要な魔法だったはず。それじゃあ、あの子どもがこの家にとって重要人物になったという事なの?わざわざ土魔法を見に王都へ行くなんて、そうしたらあの二人をシュタイン家から追い出す話はどうなるの)

 カミラの中に疑念が生まれるにつれ、クラウスは嬉々として目を輝かせた。

 蛇の力か、いつのまにか階下の声がすぐ近くに聞こえる様になり、カミラは二人の話を一言も逃さない様に聞き続けた。


「父上、おっしゃる通り、レイモンドに土魔法が発現したのは事実です。しかし、それがどの程度のものか分かりませんから、私が確認してからご連絡しようと思っていました」

 遂にトーマスがレイモンドの魔法の為に王都へ行く事を認めると、リチャードは「私も一緒に行く」と言い出した。

「王都までは遠いですし、こんなに急にご一緒する訳にはいきません」しばらく押し問答を続けた二人だが、リチャードはトーマスの持つ新しい馬車ならすぐに行って帰って来られるし、タウンハウスの者にも悔やみへの礼を伝えたいと言って譲らなかった。結局トーマスが根負けし、明日別邸へリチャードを迎えに行ってから王都へ向けて旅立つ事になり、リチャードは意気揚々と帰って行った。


読んでいただき、ありがとうございます。


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