32 狂い始めた計画
初めて砂の彫像を作ったあの日から、レイモンドは毎日砂場で新しい何かを作っている。
それはこの前の犬と猫同様に絵本で見た何かだったり、庭に咲く花や木、時には乳母がくれたお菓子など、特別な理由は無く目に入った物で作りたい物を作っている様子だった。
レイモンドは一歳になったばかりなので、言葉がどこまで通じているのか定かでは無いが、時に誰かが「坊ちゃま。これを作ってみて下さい」とお願いすると「あー」などと声を出して作ってくれる事もある。それはレイモンドの気分次第で、いつもうまくいくとは限らない。
しかしタウンハウスの者達が全員、レイモンドの魔法に夢中になっているのは事実で、その様子を見てローズは恐怖を感じていた。
あれからローズは家令が用意してくれたレターセットで、すぐにトーマスへ手紙を書き、レイモンドの土魔法発現を知らせた。ローズには魔法の事はよく分からないが、家令によるとどうも特別な才能であるらしいという事、レイモンドが行った魔法の内容を詳しく綴って出来る限り手紙で説明した。そしてその上で、自分が感じた危惧と今後についての希望を付け加え、トーマスの判断を仰いだ。
『トーマス様。
今日レイモンドは砂遊び中に、前の日に読んだ絵本に出てきた犬と猫を、魔法で砂を固めて作り上げてしまいました。
家令や乳母に呼ばれそれを知らされた私も、庭に出てレイモンドの作った物を見に行ってきました。そこには本当に絵本の挿絵とそっくりな犬と猫がいて、触ってみると表面は滑らかで、強く叩いても崩れる事も無く、まるで玄人が石を彫って作った作品の様でした。
それがどれ程すごい事なのか、魔法の力の無い私にはよく分かりません。けれど、家令はこんな才能は見た事がないと褒めてくれ、‘’シュタイン家の宝‘’と言う言葉まで頂きました。我が子を褒めて下さる嬉しい言葉のはずなのに、私はその言葉を喜んで受け取る事は出来ませんでした。
何故ならカミラ様とそのお子様こそがシュタイン家の正しい跡継ぎ、宝であり、家族としてトーマス様と共におられるべき方々だからです。先に頂いた手紙で、トーマス様が書いて下さった通り、私たち母子はこの先シュタイン家と関わりの無い者として、皆さまと離れて別の人生を送っていく事を望んでいます。
それが一番、皆が平穏に幸せに生きていける道だと思うのです。
突然発現したレイモンドの魔法の為、複雑な立場になってしまったかもしれませんが、どうぞ私の願いを汲んで、善処して頂ければと願っています』
トーマスはローズからの手紙を受け取り中身を読み始めると、まずはレイモンドの土魔法出現に驚き、その突出した才能を喜んだが、最後には困った事になったと弱り果てた。
それというのもシュタイン家にとって土魔法は、代々受け継がれた一族の象徴とも言える魔法だったからだ。
元々シュタイン家を興した祖である初代はこの力が強大で、大規模な川の氾濫で滅茶苦茶になった領地を、あっという間に復興させた記録が残っている。
その後の当主達も、力の大小はあれどほとんどが土魔法使いで、トーマスも前伯爵リチャードも土魔法が使える。
もっとも代が進むにつれ、初代に比べて力が衰えてきているので、トーマスなどは凸凹のある地面の小規模な範囲を平らに均す位が、魔法で出来る事だった。
それでも領地を見回っていて街道に穴が開いただの、ここが平らなら小屋が建てられるのだがどうにかして貰えないかと訴えられた際に、狭い範囲ならと魔法を駆使して力になってやる為、領民達にはとても感謝されているのだ。
しかしローズの手紙を読む限り、レイモンドの持つ力はそんなものでは無いらしい。一歳という年齢も併せて考えると、石の彫刻と見紛う品を作るなど、今まで聞いた事も無い非凡な才と思われた。
それに大人のトーマスでも、少し広い範囲に力を使うとその日は疲れてグッタリしてしまうのに、レイモンドは毎日違う作品を生み出して何事も無い様に元気にしているというから、かなりの魔力量があると考えられる。
大人になって魔力が増えたら、それこそ初代並みという事もあり得るかもしれないと、トーマスは家令の言う‘’シュタイン家の宝‘’という言葉の意味がよく分かった。
砂を使って固く滑らかな彫刻が作れるなら、大げさに言えば城を作る事さえ可能になるだろう。これを親族のみならず、王家や他の貴族家に知られたら、レイモンドを解放する事など絶対に許されなくなる。
(ローズはこれを危惧して俺に手紙を送って来たのだろう。家令や使用人達が手放しで喜んでいる様を見て、レイモンドと自分が将来シュタイン家から離れ、解放される日が来るのか心配になっても無理はない。
まずはタウンハウスの使用人に、対外的には勿論、親族へもレイモンドの魔法を秘密にする様口止めをしなければ。父上もこれを知れば跡継ぎに関して口出ししてくるだろうから、知らせない様にしなければ。
それに万一この事が広まれば、レイモンドをシュタイン家から解放する以前に、誘拐の危険が迫る可能性がある。これを知る者全員に箝口令を敷き、レイモンドの能力を秘密にする。そして将来レイモンドが自分の能力を理解出来て、どうしたいか選べる日まで、あの子とローズを守らなければ)
トーマスはローズは反対するかもしれないが、能力はレイモンドの財産だから、レイモンドにどうするかを決めさせるべきだと考えた。その時レイモンドが自分の力を最大限生かしたいと言うなら使い方を学べる環境を整え、ローズと静かに暮らしたいと言うなら二人を解放出来る様に協力しようと思った。
(一旦王都へ行って自分の目で確認した上で、ローズと話をしよう。皆に口止めする必要があるから、一刻も早い方が良いだろう)
しばらくの間ゆっくり領地にいるつもりだったトーマスだが、思いがけない出来事に王都へ急ぎ戻る事を決めた。今後の困難が予想されたが、ローズ達の顔が見られるのは純粋に嬉しく心が弾むのを隠せなかった。
同じ頃、前伯爵リチャードの許へ、タウンハウスの家令から一通の手紙が届いた。
家令はまず最初に、亡き前伯爵夫人シャーロットへの悔やみの言葉と、リチャードの様子を気遣う言葉を綴り、その後に「この悲しい時に、レイモンド坊ちゃまの素晴らしい土魔法発現は、リチャード様のお心をさぞ慰めた事でしょう。私ども王都の邸を守る一同も、坊ちゃまが土魔法で作り出す作品に驚嘆を禁じえない毎日です。
これをシャーロット様にもご覧になって頂きたかったと、もう少し坊ちゃまの土魔法発現が早かったらと、どうしても口惜しく思ってしまいます。
リチャード様も種々落ち着かれましたら王都へお越し頂き、坊ちゃまの非凡な才能を是非ご覧下さい。我々はその日を楽しみにお待ち申し上げております」と続けられていた。
リチャードは、レイモンドの土魔法発現という全く知らなかった知らせに驚き、急いでトーマスへ使いを出した。
(まさかトーマスがこれを知らないはずは無いだろう。何故私に報告しなかったのか、問い質さなければならない。それにしても、まさかレイモンドが土魔法使いであるとは!あの子を可愛がっていたシャーロットが聞いたら、さぞ喜んだ事だろう)
じりじりした気持ちで待っていると、使いが戻って来て「トーマス様は明日から王都へ向かわれるとの事で、準備の為本日は時間が取れないそうです。王都から戻られてから、こちらへいらっしゃるとおっしゃっていました」と告げた。
それを聞いたリチャードは、頭に血が上った。
きっとトーマスは、自分に隠してレイモンドの力を確認しに王都へ行くに違いないと考え「それなら、私が本邸へ行く。すぐに用意をしてくれ」と命じ、今戻ったばかりの使用人を連れて本邸へと馬車を走らせた。
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