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いつかあなたを  作者: Jun
壊れゆく世界

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31 描いた未来とレイモンドの魔法

『先の手紙にも書いたが、君とレイモンドについてカミラにも話し、彼女も了承してくれた。レイモンドが健康に育って、シュタイン家から離れても心配が無い位になったら、君達をシュタイン家から解放する。その前に俺が叔母から受け継いだ小さな邸と領地を、君達に譲るつもりだ。ここは代官も良い人で、収益も見込める土地なので、君たちの今後に心配は無いと思う。

 それまでの間は、王都のタウンハウスで君はレイモンドと自由に過ごしてくれ。俺は領地でカミラとクラウスと過ごす事が多いと思うが、王都に行く時は君達と残り少ない時を共に過ごせれば嬉しいと思っている。そして君のこれからの人生の為に、必要な事があれば遠慮なく頼ってくれて良い。マーガレットからも手紙が来ると思うが、彼女も、君達が自分を訪ねてくれたら歓迎すると言っていたよ』

 ローズはトーマスからの手紙を読んで、自分の目の前に広がる沢山の可能性に心が震えた。二年前にアマンド家からシュタイン家の妾として売られた時、このまま奴隷の様に死なない為にはどうしたら良いかと、それだけを考えて生きていた。

 まさかこうして自分の好きな道を選べる日が来るとは、夢にも思っていなかった。


(トーマス様が、本当に私の為にここまでしてくれると思わなかった。領地に帰られた後お母様が亡くなって、カミラ様の出産もあって大変だったでしょうに、私たちの事も忘れず思いやってくれて有難い)

 トーマスの事は、最初から悪い人だと思った事は無い。いつの間にか自分に愛情を持ってくれる様になったが、結局いざとなると正妻の言いなりで、頼れない人間だと思っていた。だからこっそり逃げ出す事ばかり考えていたのに、王都に来てからの彼は別人の様だった。

 快活に笑い、自分のすべき事を考え、決然と物事に当たろうとする。

 母親の病気で急ぎ領地に帰った時、またこれで元に戻ってしまうのではと危惧していたが、こうして約束を守ろうとしてくれて感謝し安堵した。


(マーガレット様からも手紙が来て、文通が再開出来るのも夢みたい)

 マーガレットの手紙には、葬儀で起こった怪異について詳しく書いてあった。先に自分がハンカチの事を手紙に書いたので、それと関係があるのではないかと心配している様子だった。

『私は、カミラ様から悪意の蛇は出ているのだと思いますが、あくまでも推測で本当の所は分かりません。前伯爵夫人の棺から飛び出した蛇がどこに行ったのか、その事とカミラ様の早すぎる出産に関係があるかもはっきりしないのです。

 いずれにしてもローズのハンカチに現れた現象は、この事と無関係ではないでしょう。何かの悪意ある攻撃が、あなたとレイモンドの身に迫ったのだと思います。

 この手紙に魔法を籠めたハンカチを同封しておくので、どうぞ身近に置いておいて下さい。トーマス様にも伝えましたが、あなた方がもし王都にいられなくなったら、ガードナー家に是非いらして欲しいと思っています。私もアランも、そしてステファンも皆大歓迎です。出来れば、近い内に王都でも会える事を願っています』


 王都で、もしかしたらマーガレットに会えるかもしれない。そうしたらレイモンドに会って貰えるし、あのカフェに行ってまた一緒にお茶とケーキを楽しみながら刺繍をしたい。ローズの胸に沢山の希望が沸き上がった。

「そうだ。私も何か刺繍をして、マーガレット様に贈ろう」ローズは刺繍道具の用意をしてもらう為、侍女を呼ぼうとベルを手に取った。

 その時、廊下から騒がしい音がして「ローズ様!レイモンド様が」という声が聞こえた。

「レイモンドがどうしたの⁈」

 レイモンドはさっきお昼寝から起きて、今は乳母と一緒に庭で遊んでいるところだった。レイモンドに何か悪い事が起こったのかと、ローズはとっさにマーガレットから送られたハンカチを手に取り、慌てて廊下に出た。


 すると、きょとんとしたレイモンドを抱いた乳母とその近くには家令と庭師までいて、皆が顔を紅潮させ、喜びの表情を浮かべて立っていた。

 乳母はローズを見つけると「ローズ様!レイモンド様は素晴らしい土魔法をお持ちです」と興奮して話し始めた。

「土魔法…?」何がなんだか分からずにローズが困惑していると、進み出た家令が「ローズ様。レイモンド坊ちゃまがお庭に作った物をご覧になって下さい。私はまだ一歳のお子様がこの様な魔法を使うのを見た事がありません」とローズに庭に出る様に促した。

 庭師も何度もうなずき「あれ程の土魔法をお使いになれるとは、さすがシュタイン家の血ですな」と言っている。


 喜びに溢れる一同を前に、ローズは何か嫌な予感でいっぱいになった。

 そして興奮冷めやらぬ様子の皆と一緒に庭に出て、そこに出来ている物を見た時、予感が当たったと思った。

 ローズ達が来てからタウンハウスの庭の隅、花や樹木の植えていない場所に、庭師が小さな遊び場を作ってくれた中に砂場があった。

 乳母からレイモンドが砂遊びを殊の外気に入り、長い時間山を作っては壊したり、穴を掘ったりして遊んでいると聞いていたが、今ローズの目の前にあるのは砂で出来た本物みたいな犬と猫だった。


「あれは、昨日一緒に読んだ絵本に出てきた…」ローズのつぶやきに、乳母が我が意を得たりと反応した。

「そうなんです!ローズ様もそっくりだとお思いでしょう?今日坊ちゃまと一緒に砂遊びをしていましたら、坊ちゃまがわんわん、にゃにゃとおっしゃって。昨日絵本を読んでいらしたので、その事だと思って聞いていましたら、見る見るうちに砂が盛り上がって、固まり始めたんです!」

「乳母やさんが大きな声を上げるから、俺も面食らって飛んできたら、どんどん砂が固まって形になっていったんです」庭師も言葉を添え「いやあ、どうやったらこんな風に固まるのか、さっぱり分かりません」


 ローズは砂で出来た犬と猫の像に近寄って、恐る恐る触ってみた。

 表面はつるつるとして固く、押しても全く崩れる気配が無い。まるで石を削って作られた彫刻の様で、形は昨日の絵本に出てきた犬と猫にそっくりだった。

 家令の方を振り向くと、彼はやや興奮が治まってはきたものの誇らしげな表情でローズへ告げた。

「レイモンド坊ちゃまの土魔法は、おそらくシュタイン家の宝となるでしょう。早速旦那様へご報告致します」


「シュタイン家の宝…」ローズはさっきまで自分の前に広がっていた未来の扉が、音を立てて閉められた様な気がした。そうなるとレイモンドは、シュタイン家から簡単に解放される事はなくなってしまう。報告されたら、カミラはレイモンドをどう思うのか。何もしていなくても、聖魔法が黒くなる様な悪意を向けられていたのに、これが知られたらどうなるのだろう。ローズは家令の腕をぎゅっと掴んだ。

「ローズ様⁈」驚く家令に、ローズは「私がトーマス様に手紙を書きます。こんな素晴らしい話は、他の方からでは無くて、私の口からご連絡させてください。お願いします」ローズの願いを聞いて、家令は破顔した。

「確かに、左様でございますね。私からよりも、ローズ様からの方が旦那様もお喜びになる事でしょう。では、早速手紙をお書きになる用意をさせましょう」



読んでいただき、ありがとうございます。


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