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いつかあなたを  作者: Jun
壊れゆく世界

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30 話し合いとカミラの変化

「俺は、今後は君とクラウスの三人でこのシュタイン家を盛り立てて行きたいと思っている。そうなるとローズとレイモンドは、この家に居場所が無くなってしまうだろう。だからレイモンドがある程度大きくなったら、二人に生きて行くのに必要な物を俺の私財から与えて、シュタイン家から自由にしてやりたいと思うんだ。カミラはそれで良いかい」


 カミラは、いきなり言われた数々の事柄にどう対応して良いのか分からなかった。

 ただ、トーマスが今後自分とクラウスを優先して、共に生きていこうと考えている事だけははっきり分かった。

「あなたこそ、それで良いの。ローズとレイモンドを愛していて、一緒にいたいんでしょう」思わず自分の口をついて出た言葉に、カミラは驚いた。愛などという事を考え口にするのは、生まれて初めてかもしれない気さえした。自分が長年アランに対して特別な好意を抱いているのは自覚していたが、それは憧れと執着の様なもので、愛で無い事は分かっていた。だからトーマスの、それも妾とその子への愛を自分が慮るなど、夢にも思わない事だった。


 トーマスもカミラに聞かれた内容に驚いた様子だったが、少し考えてから答えた。

「愛してはいる。しかし愛するのなら、俺から解放するべきだと思った」

 この考えに辿り着いたのはアランに言われた事が大きかったが、カミラにローズとマーガレットの関係と、アランに全て知られていた事を伝えるのは憚られたので、トーマスは自分独りで考えた様に説明した。

「君も分かっている通り、ローズとの関係は契約だ。最初からローズは俺に対しての気持ちは無いし、レイモンドも物心つけば自分の置かれた立場を理解して、俺を父親として無条件に慕う事も無いだろう。元々妾が必要だったのは跡継ぎを得る為なんだから、君との間にクラウスを授かった以上、二人を留め置く理由は無いと思う」


「クラウスのスペアとしての、レイモンドの役割はどうするの」

「それこそ、君と俺に子どもが授かる事が分かったんだ。これからは焦らず二人目、三人目の子を儲けようよ。家族を増やしていこう」


 それを聞いてトーマスが本気で自分とやり直そうと思っているのを感じ、カミラは我知らず涙が流れていた。今までなら『まだ次を身ごもってもいないのに甘い事を言うな』『スペアをみすみす手放すなんて正気じゃない』『妾に良い顔をして、本当は関係を断たないつもりでは』と、トーマスの言う事を全て否定し、疑い、悪意のこもる返答しかしなかったはずだった。それなのに、今のカミラはトーマスが自分の事をきちんと考えてくれている事が嬉しく、そう思う自分に驚いていた。


 カミラが驚いているのと同様、トーマスもカミラが泣いているのを見て驚いた。トーマスは婚約者としてカミラと知り合って以来十五年近く経つが、カミラの泣き顔を見た事が無かった。

 初めて会った時からカミラはいつも冷静で、心を動かすのはアランがらみの時だけだったし、それも泣いたりする様な出来事は起こらなかったから、正真正銘トーマスが初めて見るカミラの涙だった。

(今まで俺が何を言っても意味を為さなかったが、初めてカミラが俺の言葉を正面から受け止めてくれている気がする)


 トーマスはぎこちなくカミラに近寄り、拒絶されるかもしれないと思いながら、恐る恐る持っていたハンカチを差し出した。

「カミラ。涙が出ている」

 自分が泣いている事に初めて気づいたカミラは、トーマスからハンカチを受け取って涙を拭いた。拭いてからふとハンカチを見ると、それは遠い昔、自分がトーマスの為に刺繍して贈ったものだと気づいた。

「これ」刺繍を見ながら思わず声を漏らすと、トーマスも気づいて「君に刺繍して貰ったものは、ちゃんと全部持っていると言っただろう」と恥ずかしそうな顔をした。


 しばらく黙ってハンカチを眺めていたカミラは「ローズとレイモンドの事、あなたが本当にそれで良いなら、私は構わないわ」と言った。

「でも、お義父様は了承するかしら。お義母様と二人でレイモンドの事を可愛がっていたけれど」

 トーマスはカミラがまるで人が違った様だと思いながらも、喜びが胸に広がり「きっと大丈夫。クラウスの誕生を喜んでいるし、この前葬儀の時に俺の私財をローズとレイモンドに譲るのには賛成していたから」と答えた。


「葬儀の時…。あの時、アラン様もお義父様の別邸に一緒に行ったのよね。その場で、そんな話をしたの?アラン様に、ローズとレイモンドの事を話したの?」カミラの雰囲気が変わった事を察し、トーマスはすぐに失敗を悟った。だが、この上隠し事は良くないと、出来る限り正直に答えようとした。

「ああ。母が亡くなった直後に君の出産という、シュタイン家にとって大きな出来事が立て続けに起こっただろう。皆で今後について話していた流れで、これ以上アランに隠しておく事が出来なかったんだ。それに俺の様子がずっとおかしい事に、アランは気づいていたよ。アランが色んな事に鋭いのは、君も知っているだろう?

 これから先もずっと我々はアランと友人だから、俺達に起こった出来事をアランには正直に打ち明けた。カミラに事後承諾になった事は、本当にすまない」トーマスは頭を下げた。


 下げられた頭のつむじを見ながら、カミラは今までの柔らかな雰囲気を消し「アラン様は、さぞかし私を蔑んだでしょうね」とつぶやいた。

 トーマスが驚いて「蔑むなんて無いさ。アランはちゃんと分かっていて、そこまで追い詰められたカミラが気の毒だと言っていた。俺も父上も、悪いのは俺達だって話したさ」

「そう…。アラン様は、本当に分かってくれたのかもしれないわね。でも、マーガレットはどうかしら」剣呑な雰囲気が立ち込め、トーマスは蛇が出るかもしれないと覚悟した。

 しかしカミラは疲れた様にため息をついただけで、恐れていた蛇は現れなかった。


「アラン様が分かってくれるなら、マーガレットにどう思われようと、どうでも良いわね。私はあなたがローズとレイモンドを自由にしたいなら、そうしても良いと思う。但しその結果スペアが無くなって後で困っても、全てあなたの責任で私は関係無い。あなたの私財を二人に譲るのも、好きにしたら良いわ。

 …ただし誰であってもクラウスの権利を侵したり、無神経に傷つける事があったら許さないわ。それだけは守って」

「あ、ああ。分かった。カミラ、本当に済まなかった。ローズ達の事を許してくれてありがとう」


 一時近くなった様な気がした二人の距離が、自分の不用意な言葉で台無しになり、トーマスは落ち込んだ。だが、今日の様にカミラが自分の話を聞いてくれるなら、また挽回するチャンスはあるはずだと希望も抱いた。


 独りになった部屋で、カミラはぼんやりと窓の外を眺めていた。

 まさか自分の知らない間に、アランがローズとレイモンドについて知ってしまったとは思わなかった。それを聞いた時は自分に断りも無くアランに教えた、トーマスの迂闊さと勝手さに心底腹が立ったが、考えてみると隠していた理由はレイモンドをカミラの産んだ子として育てる為だったので、今となっては知られても構わないと思い直していた。


 それはアランが、『一生日陰の身となる』という条件で妾を選んだカミラを非道な人間と言わず、気の毒な立場だったと言ってくれたのが大きかった。

(アラン様はいつもそうだった。表面だけを見ないで、ちゃんと私の想いを考えてくれる。トーマスが勝手に打ち明けていた事は受け入れられないけど、アラン様とこれからも友人でいる為に、これ以上隠し事が出来ないのは分かるわ)


 ここまで考えて、カミラは葬儀の時の怪異をはっきり思い出してきた。

あの出来事は出産とクラウスの誕生で今まで忘れていたが、義母の棺から飛び出した蛇を見た時、何故だか自分が激しく動揺した気持ちも併せてよみがえった。


(あの時お義母様の棺から出た黒い蛇の様な物は、何だったのかしら。トーマスは、あれについては何も話していなかった。あれから葬儀がどうなったのか、後で確認しておこう)

 怪異について考えているとひどく疲れてしまい、カミラは座ったまま目を閉じ眠りに落ちた。クラウスの誕生と共に、今までとは変わってきている自分の心にカミラは気が付いていなかった。



読んでいただき、ありがとうございます。


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