3 カミラの提案とトーマスの驚き
九月の終わり、ガードナー家からシュタイン家へ一通の手紙が届いた。
それはアランとマーガレットの第一子、ステファンの誕生を知らせる手紙だった。
トーマスは手紙を持ってすぐにカミラの部屋へ行き、嬉しいニュースを伝える事にした。
カミラ付のメイドがノックに応えドアを開けて、中に入るとカミラは、小さな産着に刺繍をしている所だった。アラン達の来訪でマーガレットの懐妊を知って以来、カミラはこうして赤子への贈り物を少しずつ準備する様になった。
カミラは刺繍の手を止めず「どうしたの」と尋ねてきたので、トーマスが「アラン達に嫡男が生まれたよ」と教えると顔を上げてこちらを見た。手紙を差し出すと、刺繍の糸を留めてテーブルに置いてから、受け取って読み始めた。
トーマスは刺しかけの刺繍を見ながら、黙って手紙を読むカミラに「正式な祝いは何が良いかな」と話しかけたが、何も返事が返ってこない。
不思議に思ったトーマスが彼女を見ると、俯いて手紙を読むカミラの周りに以前見た事がある黒い物がうごめいていて、叫び声を上げそうになった。
それは以前見た時より大きく太いロープの様な黒い蛇で、カミラの身体に巻き付いて締め上げている様だった。
「カミラ!」トーマスが何とか声を出すと、カミラは俯いていた顔をゆっくりと上げ、平然として「無事に産まれたのね。良かったわ」と言った。
そのまま口角を上げ笑顔を作り「お祝いは、やっぱり銀細工のスプーンが良いかしらね」と質問に答えた。
目を凝らしても既に黒い蛇は消え去り、カミラも全くいつも通りなので、トーマスは「そうだな…」と呆然として答えて、逃げる様に部屋を出るしかなかった。
執務室へ戻ったトーマスは、我知らず震える身体をソファに沈めた。
(幼い頃からカミラの属性は火魔法で、力もそこまで強くは無かったはずだ。
それが何故あんな闇の魔力、それも強い力を持っているみたいなんだ。新しい属性が大人になって生まれたのだろうか。そんな事があるはずが無い。少なくとも俺は聞いた事が無い)
自問自答して闇魔法なんて思い違いだと頭を振ったが、自分が二度も見た物を無かった事にする事は出来なかった。
「アランとマーガレットが関わると、カミラの闇魔力が出るのか?
あの二人と一切関わらない等到底出来ないし、俺はどうしたら良いんだ」独り考えてもなかなか良い答えが出せず、トーマスは今後出来るだけ、あの二人とカミラの接触を減らすくらいしか思いつかなかった。
その日夜になって、カミラがトーマスの私室を訪れた。
最近カミラの体調が優れず二人は寝室を分けていたので、トーマスは不思議に思いながら彼女を迎え入れた。
「何かあったのかい」尋ねると、カミラは思いもよらない事を言い出した。
「トーマス。あなたは、そろそろ妾を持つ事を考えた方が良いと思うの」
「え?」
「私たち結婚して三年になるけれど、子どもが出来ないでしょう。アラン様とマーガレットは、結婚してまだ一年なのに、もう後継ぎが生まれたわ。このままだと、シュタイン家の血筋が危うくなるんじゃないか心配なのよ」
思い詰めた様に話すカミラを、トーマスは宥めた。
「まだ三年じゃないか。アランの所は確かに早く生まれたが、だからと言って俺たちが焦る事は無いよ。気楽に待っていれば、きっといずれ出来るさ。妾なんて考える必要は無い」
トーマスの話を聞くカミラの瞳孔は段々と細くなり、トーマスは気が付くと何かに締め付けられるような息苦しさを感じた。
「あなたには、私の苦しさが分からないのよ」カミラはトーマスに怒りをぶつけた。
「以前から、お義父様とお義母様に後継ぎを催促されて来たけれど、この前あなたが席を外した時、私が何と言われたか知っていて? ここまで来たら、妾を勧めるのが妻の務めと言われたわ。
私は、あなたの両親が願った事を叶えようとしているだけなの。お二人はアラン様を昔からご存知ですもの。ガードナー家が跡取りを得たなんて耳に入れば、次は何を言われるか分からないわ。
あなたが何と言おうと私が妾を見つけて来るから、そのつもりでいてちょうだい」
言いたい事を言って、カミラは部屋を出て行った。
見えない力で締め上げられ、息も絶え絶えになったトーマスは、彼女を引き留める事も、両親のした事を確かめる事も出来ず、椅子に座ったままを背中を見送った。
翌朝トーマスが起きると、既にカミラはどこかへ出かけてしまっていた。
(まさか昨日の今日で、もう妾を手配しに行ったんじゃないだろうな)
恐ろしくなったが、まずはカミラの話していた事を父母に問い質さなければと、領地の端に別邸を構える両親の元へ馬を走らせた。
トーマスが結婚した際爵位を譲り隠居している両親は、いきなり現れた息子に驚いたが、歓迎してくれた。
最初は当たり障りの無い近況報告をしながらお茶を飲んでいたが、トーマスの様子がおかしい事に気付いた父が「どうしたんだ。今日は用事があって来たんじゃないのか」と尋ねて来た。
トーマスは意を決して、昨夜カミラが言っていた事を両親に話した。
「カミラが昨夜、俺に妾を取るように言い出したんだ。そんな事を考えているなんて思わなくて驚いたよ。
理由を聞いたら父さん達が望んでいて、そうする様言われたからと言うんだ。まさか本当に、カミラにそんな話をした訳じゃないよな」
父母は一瞬バツが悪そうな顔になり、それを見たトーマスはヒヤリとしたものを背中に感じた。
「私たちはただ、そろそろ跡取りが生まれないと困った事になると伝えただけだ」
トーマスの厳しい視線を受け、父が観念した様子で答えた。
母に至っては「カミラさんでは無く、他の女性とならすぐに子が出来るかもしれないでしょう。私の時代は、三年子が生まれないと離縁されても仕方なかったのよ」と開き直った。
その上「ガードナー家では、結婚して一年もしない内にアランの奥さんが妊娠しているって聞いたわ。この前カミラさんが来た時はまだ生まれる前だったけれど、そろそろ生まれている頃よね。 アランとあなたは同い年だし、シュタイン家も考えなきゃって、そういう話をさせてもらったわ」
様子のおかしかったカミラを思い、申し訳無さでいっぱいになったトーマスは、父母に向けて宣言した。
「どうかもうこれ以上、余計な事をカミラに言わないで下さい。
カミラはシュタイン伯爵夫人として、とても良くやってくれています。それに俺はカミラとの子が出来ないとは思っていませんから、妾など取る気はありません。
万一子が出来ない事があっても、遠縁から養子を取るなり考えますから、放っておいて下さい」
「養子って。その若さでそんな事を考えないでも良いだろう」父が気色ばむのに、トーマスは「若いと言うなら、尚更です。カミラだって若いんですから。父さん達が余計な事を言って追い詰めるから、子が出来ないのかもしれないですよ」
そうトーマスは言い捨てて、呆気に取られる父母を後目に邸へ帰った。
(あんな事を言われていたなんて、全く気付いてやれなかった。カミラが闇の魔力を発動して蛇を出す様になってしまったのは、追い詰められていた時アランとマーガレットに子が出来た事と、俺が両親からカミラを守ってやれなかったせいかもしれない。帰ったら話をして、安心させてやらなければ)
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