4 忌まわしい運命
トーマスが邸へ帰りつくと、先に帰っていたカミラが明るい顔で迎えてくれた。
その様子にホッとしたトーマスが、早速両親の事を詫びようとすると、その前にカミラから「話があるの。二人の部屋へ行きましょう」と告げられた。
トーマスも使用人に聞かれるのは憚られたので否やは無く、カミラと連れ立って夫婦の居間へ向かった。
お茶を用意させて使用人を下がらせると、カミラが待ちきれない様子で話し始めた。
「あなたの妾になるのに、適任の令嬢が見つかったのよ。ローズ・アマンド男爵令嬢といって、私の考える条件にぴったりの娘なの」
トーマスが驚いて混乱していると、カミラは構わず嬉々として、彼女の考えた‘’条件‘’について語り始めた。
カミラの条件というのは、シュタイン伯爵家傘下で爵位が低く、金に困っている家の娘で、娘自身は美しく、若く健康で、社交界デビューしておらず、当然婚約者もいないという条件だった。
「ローズという娘は、全てが当てはまるの。学院を卒業したばかりで、社交界には出ていないし、貧し過ぎて、これまで社交も全くしていないのよ。学院の同級生は、彼女の実家がひどいから誰も相手にしなくて、友人もいないみたい。でもとても美しいから、それを狙った誰かが婚約を申し込んでいなくて幸運だったわ」カミラは興奮していた。
トーマスはカミラの話が一段落したところで、やっと口を挟んだ。
「俺は妾なんていらないんだよ、カミラ。君がそんな事を考えてしまったのは、父と母のせいだろう? 今日二人に会いに行って、話を聞いてきたんだ。
二人が君にひどい事を言っていたのに、俺が気づがなくて本当にすまなかった。
二人には、俺は妾は取らないし、カミラとの子もいずれ出来ると伝えたから、安心して欲しい。もし万一、君との子が出来なくても、遠縁から養子を取れば良いじゃないか」
トーマスは向かいのソファに座るカミラの横へ移り、膝に置かれた固く握りしめられた手を、優しく開いて握った。
「もう、妾の事は忘れて良いんだよ。カミラが俺と家の為に尽くしてくれているのは、俺が一番良く分かっている」
これで安心という風にトーマスがカミラの肩を抱こうとすると、カミラがその手を荒々しく払って憤然と立ち上がり、トーマスを見下ろして詰った。
「何を安心しろって言うの。私が子を産めなければ、養子を取るですって? お義父様とお義母様が、あなたのその話に納得してくれたと、本気で思ってるの?
もしその時が来たら、あの方達は自分達が選んだ若い令嬢を連れてきて、私を離縁してあなたと結婚させるでしょう。そうなったら離縁された私は、子どもが産めない女として社交界に知られて、ただの笑い者よ。兄夫婦が継いでいる実家にも居場所は無くて、修道院に行くか、ウィルソン領の外れにでも押し込められて一生を終えるんだわ。そんな事になりたくないから、私が自分でちょうど良い娘を探してきたんじゃないの」
さすがのトーマスも怒りがこみ上げ、カミラに言い返した。
「俺がシュタイン伯爵家の当主なんだ。どうして君は、俺より父母の言う事が通ると考えているんだ。大体ちょうど良い娘って何なんだ。君の言うように、父母が誰かを連れて来るとしたら、そのローズって娘と一体何が違うんだ」
「ローズ・アマンドはね、存在しないのと同じ令嬢なの。ほとんど誰にも知られていないのよ。アマンド男爵は、こちらが十分な見返りを与えさえすれば、娘が一生表に出られない日陰者でも良いと了承したわ。
あなたの両親が連れて来るのは真っ当な令嬢だから、必ず正妻の地位を欲するでしょう。
でもその子なら、私が取って代わられる事も無く、妾の存在を社交界に知られて嘲笑われる事も無いの。あの娘が親の支配下にいて、誰とも婚約していない今しか、チャンスは無いのよ」
その醜悪な考えを聞いたトーマスはゾッとして、背筋が寒くなった。
それでは自分達は、その女性の人生を踏みにじり、食い物にする人でなしではないか。トーマスの両親が追い詰めたせいとは言え、カミラの描いたシナリオの残酷さを、受け入れる事は人として出来ないと思った。
「カミラ。君は今平静を失っているんだと思うが、それはローズという女性に対して余りにもひどいやり方だよ。その女性にも、自分の人生を選んで生きる権利があるんじゃないか」
それを聞いたカミラは、心底馬鹿にした目でトーマスを見た。
「トーマス。あなたがどう思おうと、ローズにそんな権利が与えられる事は無いのよ。アマンド男爵は、ローズがあなたの妾にならなくても、あの娘を自由になんてさせない。自分にどれだけ多くの金をもたらす駒になるか、それだけなの。
今のところ私の付けている値が一番高いのと、アマンド家がシュタイン家の寄り子だからと言うので、うちに差し出そうとしているだけ。シュタイン家がローズをいらないとなれば、次はカラバン子爵が待っているみたいよ」
「カラバン子爵⁈ あの人は今年で七十歳だろう。どうしてあの人が」
「あなたって本当に何も知らないのね」呆れ果てた様子で、カミラは説明した。
「カラバン子爵は、自分達家族の世話を‘’何から何まで‘’してくれる若い女性が必要なの。あの方の四番目の奥様が、まだ三十前なのに先月亡くなったから、次の人が必要なのよ。四十を超えた嫡男に爵位も譲らず、あの老人が当主として皆を支配している家にね。家族皆がはけ口を欲しているから、ローズだっていつまでもつか分からないけど」
トーマスはそれを聞いて黙り込んだ。確かに、カラバン子爵家の悪い噂は何となく聞いていたが、まさかそこまでとは思っていなかった。
いや、きちんと調べたら分かった事なのだろうが、家としての付き合いも無いし、年代も全然違うから興味が無かった。
(アランだったら、この事を知っていたんだろうか)何となく親友の顔を思い浮かべて(アランは俺と違って人気があって顔が広いから、耳に入っているだろうな。あいつはマーガレットの力もあって、そういう黒い家はうまく避けて通るから)
現実逃避するように、アランの爽やかな笑顔を思い浮かべているトーマスに、カミラが返事は分かっている様子で再度尋ねた。
「あなたがどうしてもローズが必要無いと言うなら、明日アマンド男爵家に行って断って来るけれど、どうするの」
ここに至ってトーマスには、ローズという娘を救う為、自分の妾に迎えるという選択肢しかなかった。
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