28 誕生
別邸の話し合いが終わって、トーマスが本邸に帰り着いたのはもう夜も更けた頃だった。
待ちくたびれていた家令が玄関でトーマスを迎え「奥様は陣痛が始まって数時間経っております。医師の話では今夜中にはお生まれになるそうですから、間に合ってようございました」と安心した様子で話しかけてきた。
「カミラは大丈夫か」後ろめたい気持ちで確認すると「はい。陣痛の始まる前に、旦那様はどうしているかと気にされていました。別邸にガードナー伯爵と一緒にいらっしゃっているとお話しましたが、今夜中にはお帰りになるとお伝えしてあります。きっとお待ちになっていると思いますよ」と微笑んだ。
トーマスはカミラの部屋の前まで行き、軽くノックをするとすぐにメイドが顔を出した。
「旦那様」出てきたメイドはトーマスの顔を見ると「少しお待ち下さい」と部屋の中へ戻って行った。部屋の中には複数の人間がいる気配がして独特の緊張感が漂い、トーマスは不謹慎だが、レイモンドが生まれた時の事を思い出した。
しばらくすると先ほどのメイドが「どうぞお入り下さい。奥様は今は少し落ち着かれています」と扉を大きく開いて通してくれた。
「カミラ」トーマスが部屋の中に進むと、ベッドにぐったりと横たわるカミラが目に入った。
陣痛の為髪が乱れ、汗ばんだ顔の中で、カミラの目だけが暗く輝き天井を見つめていた。
「遅くなって済まなかった。葬儀は無事に終わって、父を送って来たんだ」トーマスが何の気無しに手を伸ばして髪の乱れを直そうとすると、カミラはさっとその手を避け「アラン様達はお帰りになった?」と尋ねた。
「アラン達は、今日は別邸に泊まっていくそうだ」避けられた事に気付いたが、傷つく権利は俺には無いと思いながら答えると「そう。あなたもあちらに泊まってくれば良かったじゃない。私の事は気にせずに」カミラはトーマスの方を見もせず、突き放した。
トーマスは先ほど皆で出した結論、『カミラの心をこれ以上乱さない様にする事』を思い出し、また、アランに言われた通り命がけで自分の子どもを産んでくれている姿を目の当りにし、今自分がすべき事は誠心誠意カミラを思いやり、子の誕生を待つ事だけだと考えた。
その上でカミラに「こんな大切な時に君を一人にして、本当に済まなかった。君と子が無事生まれる様、俺はここで祈り続けるから」と言おうとした。
しかしその時カミラの陣痛がまた始まり、脂汗を流しうめき始めたので、トーマスは産婆によって部屋の外に出された。
(無事に産まれたら今度こそきちんと話し合って、俺の気持ちが揺らいだ事を謝罪して、これからはカミラと子どもを大切にしていこう)自室のソファに座り子の誕生を待ちながら、トーマスは心に誓った。そして無事の出産を祈り始めたが、朝から続く葬儀と蛇の出現、話し合いとマーガレットとローズの関係の暴露などで精神的な疲れが極限に達し、いつの間にか眠りに落ちていた。
規則的に訪れるお産の痛みの中で、カミラは産婆に励まされつつ奮闘していたが、気が付くといつの間にか見覚えの無い場所に立っている事に気付いた。
(お産の最中なのに、どうしてこんな所にいるの。あまりに苦しくて幻覚を見ているの?)
そこは実家のウィルソン伯爵家領にある採掘場に似ていた。太陽に照らされ暖められたピンク色の花崗岩の上を、裸足で歩いているが足の裏に痛みは感じない。そこは陽の光に満ちた明るい場所なのに、何か薄暗い気配がして、カミラは前に進みたくない気持ちでいっぱいになる。
(それなのに、どうしてか足が止まらない)
嫌々歩いて行くと、少し先の岩陰に丸い赤い石が落ちているのに気づく。
それを見るともう一歩も進みたくないのに、足が勝手にどんどん動いて石の前まで辿り着いてしまった。
どこかで小さな女の子が嫌だ嫌だと泣く声が聞こえ、カミラは何とか石から離れようと抗った。それなのにいつの間にか伸ばした手が、あと少しで石に届いてしまう。
その時、背後から誰かが叫んだ。
『カミラ、それに触るな!』その声はひどく懐かしい少年の声で、その声に勇気を得たカミラは足を踏ん張り、伸ばした手に力を入れて引っ込めようとした。
すると赤い石が光を放ち、また別の声が聞こえた。
『ふん、未だに我の邪魔をする気か。そんな遠い所から、お前程度の力で何とかなるはずも無いのに愚かな事だ』
声を聞き、光を目にした後はそれ以上抗う事は出来ず、掴んだ石はそのままカミラの中へ吸い込まれていった。
激しい痛みに意識が覚醒した時、産婆が大きな声でカミラを励ましていた。
「奥様、もう少しです!頭が見えてきました!」
(ああ、もうこれで終わりだ)
大きな産声と共に、産婆が「男の子ですよ!奥様」と嬉しそうに言う声が聞こえ、メイド達の喜びの気配が伝わる中、カミラは何かずっと自分の中にいたモノが外に出て行ったのを感じて呆然と横たわっていた。
そこへ「黒い髪ですね。旦那様にそっくりな坊ちゃまです」と産湯を使ってタオルに包まれた赤子を抱いた産婆が戻って来て、カミラは思わず「黒髪?」と聞き返した。
何故ならカミラの目に映る赤子の髪は金髪、それも明かりを反射してきらきらと輝く程美しい金髪だったからだ。
「はい。旦那様と同じ黒髪の巻き毛で、お可愛らしいです」満面の笑みを見せる産婆も、周りでうなずくメイド達も、嘘を言っている様子はなかった。カミラはもう一度目を凝らして赤子の頭を見ると、今度は皆の言う通り黒髪のうねる様なくせ毛に見えたので、内心で落胆しながら「そうね。似ているわ」とだけ返した。
(私とあの人の子で金髪が生まれる訳は無いのに、どうして見間違えたのかしら。あまりにも願い過ぎたから?)
不思議に思いながらも疲れ果て、そのまま眠りかけているカミラの許へ、知らせを聞いたトーマスがやって来た。
「カミラ、ありがとう。よく頑張ってくれたね。君に似た可愛い子だよ。今は、ゆっくり休んでくれ」赤子を抱いて瞳を潤ませているトーマスが、カミラに感謝とねぎらいの言葉を口にするのをカミラは眠りの底へ落ちながら聞き、何だか胸の中が空っぽになった様な気がしていた。
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