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いつかあなたを  作者: Jun
壊れゆく世界

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22 別邸の密談1

 シュタイン前伯爵の住む別邸は、常緑樹の森を背景に季節ごとの花が咲く庭園を持つ、赤レンガに白い窓枠の邸だった。馬車から降りたアランは、子どもの頃に何度か来た事がある邸を、懐かしく見上げた。

「ここは変わってないな。以前はトーマスのおじい様が住んでいて、俺も一緒に遊びに来ていたんだ。あの森の中に湖もあって、ピクニックもしたな」

 横にいるマーガレットに話しかけながら、先を歩くトーマス父子に続く。


 思い詰めた顔で父親と並び歩くトーマスは、背中でアランの話す言葉を聞いていた。

(ピクニックか…カミラと三人で行った事があった。あの時はカミラの火魔法で焚火を起こして、三人で色々焼いて囲んで楽しかったな)

 トーマスはこれからカミラと蛇について、そして今まで隠していたローズとレイモンドについて、アラン達へ打ち明けなければならない今、ちっぽけな劣等感を抱えていても友と婚約者と笑い合えたあの時間が、懐かしくてならなかった。


(あの頃に戻れたら、俺は何をするだろう)

 あり得ない事を考えながら、別邸の使用人が開いてくれている扉をくぐり、母の気配の消えた邸へ入った。


 リチャードは、まずは汚れた衣服をどうにかしなくてはならないので、アラン達に断って一旦私室へ下がった。

 残された三人は応接室で出された茶を前に、それぞれが言いたい事、聞きたい事を頭の中で整理する様に沈黙していた。


 最初に口火を切ったのは、マーガレットだった。

「トーマス様。周りの人には内緒にしていましたが、ローズは私が学院の二年生の時からのお友達です。私が卒業してからは文通をしていました。

 けれどあなたの妾になると手紙を貰ったのを最後に、連絡は来なくなりました」

「そうだったのか。ローズには、ちゃんと友達がいたんだな。しかもそれが君だったとは、思いもよらなかった」トーマスは項垂れた。

「ローズは妾の話は秘密だと書いていたので、私もアラン以外には話していません。

 こちらからは手紙を出せないし、彼女がどうしているのか分からず、ずっと心配していました。

 だからアランが一人でシュタイン邸に伺った時、打ち明けて下さるかと期待していたんです」


 アランが静かな口調で「トーマス。君は何故妾を取る気になったんだい」と聞いたところで、身なりを整え部屋に入って来たリチャードが「それは、私と妻のせいだ。私達がカミラにそう提案したんだ」と答えた。

 リチャードは疲れた様子でソファに腰を下ろし、自分の前に侍女が置いた茶を一口啜ってから話を続けた。

「トーマス達は三年過ぎても子どもが出来なかっただろう。それに焦っていた私たちが、カミラが一人でここを訪ねて来た時、トーマスに妾を取る様勧めてしまった」後悔の滲む声で「今思うと、ひどい事を言ったと思う。しかしその時は、シュタイン家の為にそれが最善だと思っていた。カミラは私たちに怒っていたと思うが、『それなら、私が妾を探します』と宣言して帰って行った」


 その時のカミラの気持ちを想像して、マーガレットは口元をおさえ、アランは瞑目した。

「俺はカミラからその提案を受けた時、まだそんな必要は無いと言って反対した。万一子どもが出来なかったら、養子を取れば良いとも言った。

 しかし、カミラは譲らなかった。自分が子どもを産めなければ、いずれ父上達が他の令嬢を連れてくる。その令嬢を俺と結婚させ、自分は離縁されると。だから自分が正妻のままでいられる、一生日陰者でも良い妾を探すのだと言ったんだ」

「それが、ローズなんですか?」マーガレットが怒りを隠しきれない様子で声を出した。


「そう…。そうだ。それがローズだった。カミラはローズの事を調べて、貴族と交流も無く、両親も金で言う事を聞かせられると言っていた。だから誰にも知られる事は無いと」それからアランの方を見て「実は一番カミラが知られたくない相手に知られてしまうなんて、思いもしなかっただろうな」と言った。

「トーマス様は、そんな非道を受け入れたという事ですか」

「マーガレット、よせ。トーマス、君は彼女をそんな目に遭わせるつもりは無かっただろう?」

「確かに俺は、そんな非道な事は出来ないと断ったよ。だがカミラが、俺の妾にならないとローズはカラバン子爵の後妻にされると言ったんだ。それを聞いたら、その話を断る事は俺には出来なかった」


 リチャードは「カラバン子爵か。あれは私と大して年齢も変わらない位だが、まだそんな事を繰り返しているんだな。ガードナー伯爵夫人、息子を庇う訳ではないが、もしあの家にローズさんが送られていたら、おそらくもう生きてはいなかっただろう」

 マーガレットもカラバン子爵の噂は耳に入っていたので、そう言われると黙るしかなかった。


「トーマス。何で俺に何も打ち明けてくれなかったんだ」

 アランの言葉にトーマスは「お前には言えないさ」と諦めた様に笑った。

「なぜ」

「何故って、父上達やカミラがそこまで焦り始めたのは、お前とマーガレットに子どもが出来たと聞いてからだ。父上達は単純に、俺と同い年のアランが結婚してすぐ子を授かったので焦っていた。だがカミラは、お前達…と言うよりもマーガレットに、激しい競争心や嫉妬心を抱いた。だから俺はお前達の子を心から祝福する為にも、この件から出来るだけ離れた所にいて欲しかった」


「マーガレットに嫉妬心って?カミラは自分に子が出来ないと思って、嫉妬したのか?」本当に何も分からなそうなアランを見てトーマスは何か言いかけたが、父親とマーガレットを見て言うのを止めた。

「ともかく、君達の子どもの話がきっかけだったんだよ。カミラが妾を探したのも、変な力が出現したのも」


「変な力とは、シャーロットが言っていた蛇の事か?」リチャードが息子に鋭い口調で問いかけた。

「ああ。俺がカミラの言う妾の話に反対した時、ローズとレイモンドの事でカミラの意に沿わなかった時も、カミラから何か黒い物が立ち昇って、身体を締め上げらる様な気がした事がある。俺はあれを闇の魔力と感じて、何故カミラに闇の魔力があるのか不思議に思った。

 でも思い出してみると、最初にあれをはっきり見たのは、アランとマーガレットに子どもが生まれた手紙を貰った時だった。手紙を読むカミラ自身に、その黒い物は巻き付いていたんだ。巻き付かれてもカミラは何ともなさそうで、すぐに消えてしまったから忘れていたが」


「何て事だ。じゃあ、シャーロットはカミラに呪われて亡くなったのか⁈」リチャードが叫んだ。


「父上、そうと決まった訳じゃない。カミラは自分であの蛇を操っている風では無かったよ。カミラが何か激しい感情、悪い感情を持った時に、自然に黒い物が現れて蛇みたいになるんだ。俺は確かに締め上げられ息苦しく感じたが、母上の様に長い期間じゃないし、寝付く程の強さでも無い。カミラと直接話していた短い間の事だった」


「マーガレットは、どう思う」

 息子にそう言われても、疑念を拭えない様子のリチャードを見て、アランが聖魔法を持つマーガレットに意見を求めた。


「私は幼い頃から、人の悪意が蛇の様に出現するのを見てきました。だから、カミラ様がそういう感情を持った時に黒い蛇が現れるのは理解出来ます。

 そういう人は別に闇魔法を使える訳では無いんです。誰しも怒ったり妬んだりすると、悪意を相手に向け、害したいと思う事はあります。それが時に力を持って蛇の形を取り、攻撃するんです。攻撃と言ってもそれ程強い力では無く、長く続く訳でも無いので、私の弱い聖魔法で簡単に祓える程度のものです。人によっては、祓っても何度も出てくる事はありますが、トーマス様の言う様に誰かを呪い殺す程の力はありません」

 アランに祓わないとどうなるのかと聞かれ、マーガレットは「悪意の強さにもよるけれど、気持ちが落ち込むとか、息苦しいとか頭痛がするとか、後は何かにつまづいて転ぶとか…位ね」と答えた。


読んでいただき、ありがとうございます。


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