20 葬儀と蛇の出現
シュタイン前伯爵夫人の葬儀は、親族と近隣の主だった貴族が参列し、突然の別離がもたらす鋭利な悲しみの中執り行われた。
「シャーロット・シュタインは神の僕として、神殿に忠実に仕えました。また伯爵夫人として貧しい者を気にかけ、いつも領民と共にありました。家庭では、よく夫に仕え支えた賢婦人であり、立派に子を養育した偉大な母でもありました。
神の御許へ旅立つ彼女に、安らかな眠りが与えられますように」
司教の祈りが終わると、参列者は用意されていた夫人の好きだった白薔薇を、それぞれ献花し冥福を祈った。
大部分の者は生前の夫人との交流を思い出しながら花を捧げ、伏せた目元をハンカチでぬぐって、急な逝去に驚きと幾ばくかの不審を抱きながらも、沈黙を守っていた。
しかし一部の口さがない貴族は、夫人がまだ亡くなる程の年齢ではなく、長く病魔に侵されていたという話も聞いておらず、最近まで元気に慈善活動に励んでいた事で、嘆きながらも好奇心の滲んだ様子を隠しきれないでいた。
その中の一人、噂話が何よりも好きなタイラー侯爵夫人は、シュタイン家と近しい間柄のアランに近寄り探りを入れ始めた。
「ガードナー伯爵、お久しぶりね。この度は急な知らせだったから、あなたも驚かれたでしょう。私もずいぶん取り乱してしまいましたわ。ええ、私はシャーロットと、学院時代からの親しい友人でしたから。ひと月程前に一緒にお茶を頂いたけれど、とてもお元気そうでしたから、まさかと思いましたわ。
私達は同い年ですから、彼女がどんなご病気を患ったのか、とても心配になりましたの。ガードナー伯爵はシュタイン伯爵と親しいお友達ですから、何かご存知だったのではなくて?」
「私もご無沙汰をしていたので、よくは存じ上げないんです」
アランは夫人の意図が分かっていたので、敢えて‘’麗しの‘’と評される微笑を浮かべ、声をひそめて囁く様に答えた。
その微笑を近くで見た夫人は顔を赤らめ「そ、そう。何か悪い風邪でも引かれたのかしらね」と場にそぐわないはしゃいだ声を出してしまい、周囲の者は眉をひそめて夫人を見た。いつもひどく自分の評判を気にするにもかかわらず、侯爵夫人はそんな周りの反応に気づかず、更に笑顔を浮かべながらアランに向かって何か話しかけようとした。
その時、身重のカミラをエスコートしてトーマスが現れた。
「タイラー侯爵夫人。お忙しい中、母の為にご足労いただき痛み入ります。これから我々は棺を納める為墓地へ参りますので、お時間が許されるなら、夫人もどうぞお見届け下さい。アラン、マーガレットもよろしく頼む」
白い顔をして頭を下げるトーマスと共に、カミラも軽く頭を下げ「タイラー侯爵夫人、簡単なご挨拶で失礼します。何分今はこの身体ですので、どうぞご容赦下さいませ。アラン様、マーガレットも、義母の為に来て下さってありがとうございます」と挨拶をした。
カミラのお腹を見たタイラー侯爵夫人は、まあ!と驚いた後「この前シャーロットとお茶を飲んだ時、話していたのはこの事だったのね」と口にしてから、その一瞬後「あら、でもシャーロットの口ぶりでは、もう産まれている様だったんだけれど…」と首をひねった。
小さな声だったので、聞こえたのはトーマスとカミラ、アランとマーガレットの四人だけだったが、トーマスとカミラ二人の間には緊張が走った。
目ざとく二人のおかしな雰囲気を感じ取り、タイラー侯爵夫人が目を輝かせて何か言おうとした時、カミラの目が細まり侯爵夫人を鋭く捕らえるのを、アランは見た。
とっさに「タイラー侯爵夫人、墓地まで行かれるならご一緒しましょうか。…ただ、昨日の雨で地面が泥でぬかるんでいます。夫人の素晴らしい靴が傷まないか、少々心配ですね」と夫人に声をかけると、夫人はハッとして自分の足を見下ろした。今日履いて来た靴は、夫人の気に入りの布張りの靴だった。
「そうね。転んだりしたらご迷惑でしょうから、墓地までご一緒するのはご遠慮しますわ。シュタイン伯爵、心からお悔やみを申し上げます。お父様…リチャードとはお話出来なかったけれど、どうぞよろしくお伝えください。
ガードナー伯爵、今日はお話出来てとても嬉しかったわ。今度お近くにいらした時は、是非我が家お立ち寄りくださいね」
夫人は最後に抜け目なくアランを侯爵家へ招待し、さっきの子どもの話は忘れて自慢の最高級シルクの靴を汚さぬ様、気を付けて歩きながら立ち去った。
残された四人はしばらく黙っていたが、墓地の方からトーマスを呼ぶ声が聞こえたので、足元のおぼつかないカミラの歩調に合わせ、ゆっくりと墓地へ向かった。
アランは、俯いたままのカミラの様子が気になり窺い見たが、さっき侯爵夫人へ向けた鋭い敵意は影を潜め、ただ気落ちした様子のいつものカミラに見えて安心した。
「おお、アランよく来てくれた」
シュタイン前伯爵リチャードは、埋められる棺を見守る為、墓地に出ている人々の中心に立っていた。彼はアランを見つけると懐かし気に声をかけたが、その拍子に気が抜けたのか、ほろりと涙をこぼした。
「今もまだ信じられなくてな。こんなに早くシャーロットだけが召されるとは、神も意地悪な事をされる」
以前会った時に比べ一回り小さく見えるリチャードに、アランは「これを使って下さい」とハンカチを差し出した。それはマーガレットがアランの為に、聖魔法を籠めて刺繍を施したハンカチだった。
「ありがとう」受け取って涙を拭いたリチャードは、ふとハンカチを見て「不思議だな。何か心が少し軽くなった気がする」とつぶやいて、アランの隣にいるマーガレットを見てハッとした様子になった。
「これは、ガードナー伯爵夫人が聖魔法を籠めたハンカチなのかい」マーガレットが「はい」と返事をするのを確かめたリチャードは、ハンカチを握りしめ少し考えてから「差し支えなければ、これを棺に入れて一緒に埋めたいのだが、良いだろうか」と二人に尋ねた。
ちょうど棺は教会の中から運び出され、用意されていた穴の中に入れられようとする所だった。
「もちろん構いません。私の魔法は微々たる力ですが、奥様が少しでも安らいで下されば、こんなに嬉しい事はありません」
アランもうなずいたので、二人に「ありがとう」と言ったリチャードは、一旦降ろされた棺の窓をそっと開いた。
「シャーロット。これはアランの奥方が聖魔法を籠めたハンカチだよ。君が悪い物から解放され、神の御許で安らげるよう力を貸してもらおう」と棺の窓からハンカチを差し入れた。
その途端棺から一筋の黒い何かが立ち昇り、空中で塵の様に消えていくのを、その場にいた全員が目撃した。
「うわっ」いきなり目の前をそれが通り過ぎた前伯爵は、尻餅をついた。
「あ、あれは何だ。トーマス、見たか⁈ 蛇みたいだったぞ!シャーロットの言っていた、蛇はいたんだ」ぬかるんだ泥にトラウザーズが汚れ濡れながら、そんな事を全く意に介さずリチャードは叫んだ。
参列者達は、皆自分の目で見たばかりの事を信じられず、口々に「不吉な」「前伯爵夫人は蛇に殺されたのか?」などと言い合う中で、真っ青な顔をしていたカミラが突然「お腹が痛い」と言ってうずくまった。
マーガレットは、カミラの足元に水が流れているのを見つけて叫んだ。
「破水です!すぐカミラ様を邸へ運んで、お医者様を呼んで下さい」
読んでいただき、ありがとうございます。
続きが読みたいと思っていただけたら、ブックマーク、評価(下の方にある☆☆☆☆☆)、いいねで応援してくださると嬉しいです!




