19 アランの信条
(マーガレットを、怒らせてしまったかな)
黙り込んだ彼女を見てアランは少し考えたが、人が口に出さない事をあれこれ深読みして思い悩んでも仕方ないと、今はそれ以上考える事を止めた。
アランはマーガレットの事を愛し大切に思っているので、この件をうやむやなまま忘れて終わらせるつもりではなかった。
ただ、今ある材料では不確かな事ばかりなので、シュタイン家へ着いてトーマスから直接事情を聞き、自分の目で何が起きているか確かめてから、彼女と再度話しをするつもりだった。
アランは小さい頃に経験した出来事と、彼が見目麗しく成長するにつれ、人を引きつけ多くの感情を向けられた為に起こった様々な事から、信条と言えるものが自分の中に出来上がっていた。
それは、自分の目で見た物しか信じないという事だ。
人々が口にする言葉は多種多様な「真実」をアランに語るが、それはその人から見た真実、もしくはアランに信じさせたい真実であり、事実とは異なる事が多々あった。
そう考えるきっかけになったのは、まだ四歳位の時に起こった出来事だった。
アランの母親は、まだ彼が赤ん坊の頃に亡くなり、その後アランが三歳になる頃、父は新しい妻を娶った。しかしアランの実母に心酔し、アランの事も実の子以上に可愛がっていた乳母は、それを受け入れられなかった。
実際のところ継母はとても良い人でアランとも仲良く過ごしていたのだが、それが許せず認められない乳母は、アランへ囁いた。
『新しいお母様がお子様を産んだら、アラン様がどうなるか私は心配でたまりません。きっとアラン様は邪魔にされてしまうでしょう。だから、あまりあの方に心を許されない様に気を付けてください。私はずっとアラン様の側にいますから大丈夫ですよ』
毎日の様に繰り返された言葉に、幼いアランが段々と継母と距離を取る様になったある日、継母が懐妊した事が分かった。
乳母の言っていた日が来たのかと恐ろしくなったアランは、たまたま遊びに来ていたトーマスに悩みを打ち明けた。
『トーマス、僕はもうこの家には要らない子になるみたい』
トーマスはそれを聞いて驚き、何でそんな事を言うのかアランに尋ねた。
アランが乳母に聞いていた事を話すと、いつも人の良さそうにニコニコしているトーマスが、目を吊り上げて怒り出した。
『おばさん達がアランを要らないって言うなら、うちに来たら良いよ。僕たちはいつも兄弟みたいだって言われるんだから、本当に兄弟になればいい』
アランがトーマスの剣幕におろおろしている内に、部屋を飛び出したトーマスは、ガードナー伯爵が自分の父親と商談している部屋に飛び込んだ。
『おじさん、新しい子が出来てアランを要らないなら、うちにください!』
シュタイン伯爵は目を剥いて驚き、怒ってトーマスの首根っこを捕まえつまみ出そうとしたが、ガードナー伯爵がそれを止めた。
『トーマス、なぜそんな事を言うのか教えてくれないか』
その頃には怒りと叱責された恐怖で、涙と鼻水だらけのひどい状態になっていたトーマスだったが、つっかえつっかえアランの言っていた事を伯爵に話した。
ガードナー伯爵はそれを聞いて、後からトーマスを追って部屋の入口まで来ていたアランを呼んだ。
「アラン、こっちにおいで。今トーマスから聞いたが、私たちがお前を邪魔にすると思っていたのかい」
トーマスが怒られて泣いているのを見て、自分も一緒に泣いていたアランは、父の方へ進み出ると、乳母に聞かされていた内容と、それを聞いたトーマスが自分の為に言いに行ってくれたのだと、懸命に説明した。
自分の知らない所で、何が起きていたのか知ったガードナー伯爵は『お前は私たちの宝物なんだよ。決してどこにもやらないし、弟か妹が生まれても、皆で家族だ。これからは誰かに何か言われてもすぐに信じず、私たちに最初に聞きなさい』とアランに言い聞かせて抱きしめた。
最近アランがよそよそしいと気に病んでいた継母も、伯爵から事の次第を聞き『アランが大好きよ。あなたのお母様から預かった、大切な息子だと思っているわ。あなたには母が二人もいるのよ。生まれてくる子を弟妹と思ってくれたら嬉しいわ』と言って、アランと仲直りしてくれた。
乳母は即刻紹介状無しに解雇され、その後生まれた妹をアランは可愛がって、父ともう一人の母と共に幸せな日々を過ごしてきた。
そんな事もあって、アランにとってトーマスは兄弟に等しい大切な親友で、シュタイン家はアランの第二の家族の様なものだった。
十歳の時知り合ったカミラは、トーマスの婚約者なのだから身内も同然の存在で、マーガレットの目にはどんなカミラが映っているのか分からないが、アランの目に映るカミラは、いつも親切で控え目な、自分を気遣ってくれる優しい少女の姿だった。
学院に入学するとアランの見た目と優秀さで、男女問わず大勢の人間が近づいてきた。沢山の嘘と真、悪意と好意が差し出される中、アランはそうした事に一々反応する事を止め、受け身での関わりは最小限に留めるようになった。
アランには全てをきちんと検証する事は無理だったし、何より相手にそこまでする程の興味を抱く事が出来なかったからだ。
彼は学院では身内と言えるトーマスとカミラ、他に信用出来る数人の友達とだけ行動を共にし、満足して過ごしていた。
そんな生活の中に現れたのがマーガレットだった。
初めてマーガレットを見た時、アランの目には清浄な輝きが飛び込んで来た様に映った。きちんと見れば、彼女の外見も人が噂する様に森の精のごとしだったが、何故だか外見よりも彼女を包む光に一瞬で惹かれ、自分はこの人を待っていたのだと自然に思っていた。
強く、自分を持って、前を向いて輝いている。マーガレットがアランをそういう人だと気づいた様に、アランも向けられる雑念を自力で消し去り、他人に囲まれていても一人でいる様なマーガレットに気づいた。
『俺はあの子と必ず結婚してみせる』アランはあの幼い日の教訓で、大事な事をきちんと口に出す事にもしていたから、まず隣にいたトーマスへ告げた。
宣言通り一緒になれたマーガレットは、思った通り嘘が無く強く美しかった。共にいる安らぎは年々大きくなる。
だからアランは難しい顔をして黙り込むマーガレットに、声に出して約束した。
「マーガレット。シュタイン家に着いたら、トーマスとよく話し合うよ。君の友達の事も、今度こそはっきり聞こうと思う」
読み直していた手紙からマーガレットは顔を上げ、アランの真剣な顔を見て微笑んだ。
「分かったわ。その時は、私も同席させてもらう」
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