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いつかあなたを  作者: Jun
壊れゆく世界

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18/65

18 シュタイン前伯爵夫人の逝去

 マーガレットがローズからの手紙を受け取ったのは、ちょうどシュタイン前伯爵夫人の葬儀の為、隣のシュタイン領へ出立しようという時だった。


 アランは前の日に邸に帰って来たかと思うと、ただいまと言うのも忘れて「トーマスの母上が亡くなったそうだ」とマーガレットに告げた。

「明日葬儀が執り行われると連絡があった。小さい頃からとてもお世話になったから、二人で参列したいと思うが良いかな」

 マーガレットは「もちろん参列させていただくわ」と答えながら、何となく嫌な予感がして尋ねた。

「夫人は、どうして亡くなったの。まだそんなにお年でもないし、お元気だと聞いていたけど」

 アランは僕もそう思っていたんだが、と前置きして「ひと月位前シュタイン邸を訪ねた時、気分が悪いと帰られてから、寝たきりになっていたそうだ。医師も色々調べ

たが、原因は分からなかったらしい」と答えた。


「まあ。それでは随分突然の事だったのね。トーマス様は、さぞ力を落とされている事でしょう」

「ああ。トーマスはちょうど用事があって王都にいたんだが、夫人が危ないという知らせを受けて急いで帰郷して、何とか死に目には間に合ったそうだ。身重のカミラは邸に残っていて、残念ながら会えないまま亡くなられた。

 トーマスはすぐに連絡をくれたんだけど、やはり動揺した様子だったな。それに何だかおかしな事が書いてあったよ」難しい顔になったアランを見て、マーガレットは不安になった。


「おかしな事って、何が書いてあったの?」

「夫人は亡くなる前に、トーマスと前伯爵に奇妙な事を言い残したと書いてあった」

「奇妙な事って?」

「シュタイン本邸に行ってから喉と首が苦しくて、蛇に巻き付かれたと言っていたらしい。だが邸に蛇なんているはずないだろう? その日は本邸でカミラに会って帰っただけで、蛇が出る様な場所に行った訳でもないし」

「蛇…。夫人はそう言っていたのね」マーガレットの深刻な顔を見て、アランは困ったなという顔をした。

「手紙には何度か繰り返し言っていたと書いてあったけど、亡くなる前で意識が混濁していたのかもしれないよ。何の病気だったか分からないし、病気の症状で首が苦しいとか、幻覚が見えるという事もあるんじゃないか。

 トーマス達も夫人が本邸で蛇に巻き付かれたと言ったなんて、身重のカミラには伝えない事にしたそうだ。そんな事を聞いたら、身体に差し支えるだろうからってね。

 だからマーガレット、君も内密にしてくれ」

「分かったわ」


 マーガレットは、蛇の話を聞いてローズの事が今まで以上に心配になった。

 アランには言わなかったが、カミラの心に住む黒い物が蛇になったのではないかと、マーガレットは疑っていた。けれどそれなら、今までカミラに会う時に意地の悪さは感じても、友人に見えた様な黒い物が見えなかったのは不思議だった。

(もしかしたらローズが来てから、カミラ様の中にあれが生まれたのかしら)


 考え込んでいるマーガレットに、アランが励ます様に話しかけた。

「君の友人は葬儀には参加しないと思うが…もしかしたら、その席で話が出るという事もある。子どもを産んでいたら、その子は夫人には孫にあたる訳だし、大っぴらにではなくても何らかの形で伝えられるかもしれないよ」

「そうね。そうしたら、私がローズに会うチャンスもあるかもしれないわね。出来たらトーマス様が私たちに、彼女の事を打ち明けてくれたら良いのだけど。カミラ様がいたら無理かしら」


 色々思うところはあったが、二人は明日の葬儀に間に合う様、朝食を取ったらすぐにシュタイン邸へ向かうと決めた。その後は使用人へ明日の予定の調整や、葬儀参列の為の喪服の用意を依頼し、早めに就寝した。


 翌日、乳母と手をつなぎながら泣きべそ顔で見送ってくれるステファンにキスをして「すぐに帰るから、良い子で待っていてね」と馬車に乗り込もうとしたマーガレットへ、息せき切って近寄った家令のマルタンが声をかけ、手紙を差し出した。

「奥様。お帰りになってからの方が良いのかもしれませんが、たった今奥様宛にお手紙が届きました。二年前までよくお手紙を下さっていた方からです。何かあって急ぎの用かもしれないので、念のためにお持ちしました」


「二年前?」封筒の宛名書きの字を見たマーガレットは、驚いて目を見張った。

「アラン、ローズからよ。マルタン、急いで持って来てくれてありがとう。あなたの判断は正しかったわ」

「お役に立てたなら、ようございました」

 マーガレットはローズからの手紙を手に、今度こそ馬車に乗り込んでアランと共に出発した。


 馬車の中でマーガレットは、アランがいつも持っているペーパーナイフを借りて、手紙の封を開けた。中に入っている便せんを取り出し、そこに認められた文字を見て懐かしさに胸が熱くなったのも束の間、読みながら怒ったりうなずいたりして、最後まで読み終わる頃には顔色がひどく悪くなっていた。

 向かい側の席でその様子を見ていたアランは、マーガレットの隣に移り手紙を取り上げた。

「マーガレット、何か悪い事が書いてあったんだね」

 アランに手を握られると何か温かいものが流れ込む様で、マーガレットの顔に少し血色が戻った。


「アラン。何から話したら良いのか分からないけれど…。

 ローズはシュタイン家に行ってから、二年間ずっと離れにいて、やっぱりあなたが来た時のぞいていたそうよ。その時妊娠していた子どもは一年くらい前に生まれて、レイモンドという名前の男の子ですって。トーマス様も前伯爵夫妻も、レイモンドの誕生をとても喜んだそうよ。

 シュタイン家ではその子をカミラ様が産んだ事にして、いずれ次期シュタイン伯爵として公表すると決められていたの」

「そうだったのか。トーマスは、俺にも何も話さなかったんだな」アランは悲しそうな声を出した。


 マーガレットは、今度は自分がアランを癒やす様に手を握りしめ、話を続けた。

 「だけどいつまで経っても話が進まないで心配していたら、最近やっとトーマス様が、本当にカミラ様が身籠ったと打ち明けたそうよ。その上カミラ様が二人が離れにいるのを嫌がっているからという理由で、ローズとレイモンドは王都のタウンハウスに移らされたの」

 マーガレットの目は怒りに燃えていた。アランはこんなに怒っている彼女を見たのは初めてで、自分がトーマスに感じた失望や不信が色褪せて感じる程だった。


「それと手紙の最後に、恐ろしい事が書いてあった。昔私がお守りとして、聖魔法を籠めたハンカチをローズに贈ったのだけど、最近になって魔法の籠められている刺繍の部分だけが真っ黒になっているのを見つけたんですって。…前伯爵夫人を苦しめたという蛇は、きっとローズ達の事も狙っていたんだと思うわ」


「聖魔法が黒くなるっていう事は、彼女たちを悪い物が攻撃したという事かい」

「そうよ。アランとトーマス様には悪いけれど…私はカミラ様を疑ってる」

「マーガレット、それはまだ分からない事だろう。カミラは、トーマスの妾である君の友人に悪い感情を抱いたかもしれないが、前伯爵夫人とはうまくやっていたはずだよ」


 マーガレットは、カミラを庇うアランの言葉に今は反論しなかった。

 確かにカミラは、アランに対してだけは常に善人だった。そしてアランは、自分へ向けられる言葉にされない感情にも、潜在的に他人が抱いている暗い心にも無頓着でいようと努める人で、はっきり言葉や態度にされた事実だけに対応する事にしていた。

そうしていられる心の強さを持ち、常に自立している彼だからこそ魔を寄せ付けず、マーガレットはアランといると安心出来た。

 だから今彼に、カミラがアランについて抱く感情や、トーマスが持っているであろう葛藤について話しても仕方ないと判断し、マーガレットは沈黙した。


読んでいただき、ありがとうございます。


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