13 カミラ・シュタイン
(レイモンド。アラン様と同じ色に生まれなかったあの子に、嫡男の座は与えられない)
カミラは一人でお茶を飲みながら、昨日離れで妾が産み落とした赤子の事を思い浮かべていた。
(あの娘なら金髪碧眼の子を産むかもしれないと思ったのに、期待外れだった)
赤ん坊は黒髪で、今朝メイドの一人から聞いたところでは、瞳までトーマスと同じ茶色だったという。その報告を受けたカミラは、愛する女が産んだ自分にそっくりな嫡男など、トーマスに与えてやるものかと思った。
義両親からの後継ぎの催促に危機感を抱き、それを回避する為に妾を用意したのは自分だが、反対していたはずの夫が、美しい彼女に完全に心奪われるのを目の当りにした時、カミラは屈辱感と共に裏切られたと感じた。
だから今さらトーマスと閨をするのは嫌だったが、こうなれば自分が子どもを産んで、その子を後継ぎにするしかないと決心した。
優雅にティーカップを傾け、口元にはかすかな微笑みさえ浮かべながら、これからの計画を練るカミラの中に黒いモノが渦巻く。
カミラ自身も知らない間に強い力を持った闇の魔力は、トーマス、アランと三人で過ごした子ども時代、マーガレットが加わり四人になった学院時代を思い出すにつれ、更に激しく立ち昇り蛇となって巻き付いた。
カミラは十二歳の時初めて、親から婚約者としてトーマスと引き合わされた。
家格は同じ伯爵家で、商売を通じて関係の深い間柄だからと、結びつきを深め強固にする為の婚約と聞かされた。貴族として厳しく教育されたカミラは、自分の立場と用途を理解し、少女の理想とかけ離れたトーマスにも失望した顔を見せず「お目にかかれて嬉しいです。これからよろしくお願いいたします」と美しいカーテシーで挨拶をした。
それに対し、黒いくせ毛に平凡な茶色の瞳のトーマスは「こちらこそよろしく。俺は堅苦しいのは苦手だから、カミラももっと気楽に振る舞ってくれて良いよ」などと答えて、勝手に名前を呼び捨てにした挙句、男同士の様に握手を求めて手を差し出してきた。
カミラは自分の正式な挨拶を、ひいては自分自身を馬鹿にされた様に感じ、男同士がする握手もしたくなかったので手を出さないでいた。しかし鈍感なトーマスがいつまでも出した手を引っ込めないせいで、最後には自分も手を差し出し、彼と握手をする羽目になった。
(初対面で手を握り合うなんて、気持ち悪い)
二人が握手をしているのを見た互いの両親が「最近は女性も握手をするのが普通なのね」「若者らしくて良いな」「二人が気が合いそうで安心だ」などと口にして、トーマスが照れているのも忌々しかった。カミラは心底この婚約に失望したが、貴族令嬢の義務として微笑みに本音を隠した。
(それがまさか、あの男の親友があんなに素晴らしい人だったなんて)
アランの事を思い浮かべ、カミラは恍惚とした気持ちで頬を緩めた。
あの日も、カミラは死ぬほど退屈なトーマスとのお茶会の為にシュタイン家を訪れた。
トーマスは自然が大好きなので、その日も庭でお茶をしようと、木陰にテーブルが用意されていた。虫と日焼けに怯えるカミラはうんざりしていたが、始まってまもなく雨が降り始め、邸内へと移る事が出来てホッとした。
侍女達に濡れた髪やドレスを直して貰ってから、応接室で再開しようとしていたカミラ達の許へ執事と共にやってきたのがアランだった。
(アラン様は私がいる事に気づくと、雨宿りをさせてくれるだけで良いからと遠慮なさって。不躾な訪問を詫びていたけれど、あんなに輝く方と一緒にいる事に異議がある人なんている訳がない。だから私は、すぐにアラン様を引き留めた)
あの時のアランの姿を、カミラは十年近く経った今もまざまざと思い出せる。
金の髪にタオルで拭き残した雨粒が残ってきらきらと輝き、深い海の底から王子様が現れたみたいだった。カミラが小さい頃から大好きだった、サファイアの目を持つ光の王子の物語。
トーマスはカミラの様子を見て何か悟った様だったが、特に何も言わなかった。
カミラはトーマスは身の程を知っていると思い、自分もいずれトーマスと結婚する事は受け入れ、節度を持って三人で楽しく過ごせる様努めた。そうなると、トーマスは幼馴染で親友という理由でアランと頻繁に会っていたから、カミラもトーマスの婚約者でいる限り三人で行動する機会は多く、幸せな時間を過ごせた。
(あの女が現れるまでは)
カミラ達が四年生になった年に入学してきたマーガレットは、聖魔法という希少な属性で最初から注目されていた。
近くに行くと清浄な気持ちになるとか、可憐な容姿は森の精みたいだと、皆が口を揃えて褒め称えていた。
カミラはそれを聞いて、聖女でも無い貧相な子爵令嬢相手に馬鹿げた事をと、口にした者の正気を疑う思いだった。それなのに、よりによってカミラがいない所で、いつの間にかアランとトーマスはあの娘と知り合い、アランはあの娘に恋をしていた。
カミラはアランが『必ずあの子を妻にしてみせる』と言い出した時、羨ましさで気が狂いそうだったが、何とか心を押し殺して『きっとうまくいくわ』と答える事が出来て、アランの信頼を失わずに済んだ。
その後アランは、自分の言葉通りマーガレットを婚約者にして、カミラ達は四人で行動する様になった。
(アラン様は優しすぎるから。きっとあの頃からずっと、マーガレットのか弱そうな態度に騙されているのよ。それは、トーマスも同じ)
トーマスは婚約者であるカミラより、マーガレットを見る時の方が優しい目をしていたから、本当はあの娘を好いているのは分かっていた。
トーマスは平民のする様な街歩きや、馬が子どもを産んだとか、領地にある森の話とか、カミラの考える‘’つまらない‘’話が大好きで、マーガレットはいつもそれに興味を示した。
カミラに言わせれば、あれは興味のある振りをして男の気を引いているだけなのに、何も気づかないトーマスは、本当はマーガレットが退屈しているのも気づかず、喜んで話し続けていた。
そんな時アランはいつも、一人でいるカミラを気遣って隣に来てくれた。
「トーマスを借りちゃってごめんね。マーガレットは田舎の話や動物の話が大好きで、話し出すと止まらないんだよ。あれ、カミラの付けているのは、今街で流行っている髪飾りだね。君の髪の色によく似合ってる」
カミラは、トーマスもマーガレットも永久に田舎に引っ込んでいてくれて構わないと思いながら、頬を染めてお礼を言った。
(私は伯爵令嬢として、トーマスの婚約者として、節度を持っていたけれど…もしも私がトーマスの婚約者でさえなかったら。伯爵令嬢だった私の方が、アラン様の妻としてふさわしかったはずよ)
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