129 トムとトーマス
ノックの音を聞いたシモーヌはドアへ向かい、訪問者がアランとマーガレットだと知ると、寝室前の居間に通した。
「少々お待ち下さい」と言いおいて「ガードナー伯爵夫妻がお見えです。居間へお通ししました」と寝室にいるトーマスに声をかけた。
トーマスはローズ、ケイト、トムへ「少し皆で話がしたい。良いだろうか」と尋ね、三人が了承するとシモーヌをカミラの許に残し、アランとマーガレットの待つ居間へ向かった。
「カミラの記憶が戻ったのか。しかしその様子では、それが良かったのかどうか、何とも言えないな」話を聞いたアランは、難しい顔をして腕を組んだ。
「この間までの幼いカミラは、俺達が全く知らない少女だった。貴族らしい淑女として生きていた自分を思い出したら、人格をまとめるのは苦労するだろう。その上悪魔のせいで起こった事柄が重大過ぎるから、自分のした事として受け止めてしまうと平静ではいられないよな」
「そうなんだ。あれは悪魔のした事で自分は被害者だという理屈が、彼女には受け入れ難い。尚かつクラウスが悪魔だったと分かっても、一たび我が子と思って慈しんできた気持ちが捨てきれなくて苦しんでいる」トーマスがアランとマーガレットへ、さっきの会話をかいつまんで語った。
「カミラ様は、幼い頃から悪魔と一緒にいたのよね。そして最後は悪魔に見捨てられ、心を封じ込められた…。冷静になって悪魔にされた事、言われた事を思い出せば、あれは自分の子では無かったんだと分かると思うのだけど。
きっと今は何もかもに混乱していて、感情が不安定だから無理なんでしょうね」
そう言って、マーガレットはローズに尋ねた。
「治癒や浄化は効いたのかしら。カミラ様に悪魔の影響は沢山残っていたの?」
「身体に関しては熱が出ていただけなので、治癒で治ったわ。ただ心が不安定なせいで熱も出たのだし、頭痛や眩暈がしているから、それは良く眠って時間が経つのを待つしかないと思う。長い間汚染されていた魂も、ケイトさんが黒い魔力を取り除いてくれていたから、思っていたより穢れは残っていなかった。治癒も浄化も、これから何回かかけるつもりよ。
記憶を取り戻したとは言っても人格が変わっていたから、一人の人として記憶がちゃんと併合されて、心が落ち着くまで大変だと思うわ」
ケイトは憂いを込めた表情で言った。
「カミラ様は皆さんと別れ、一人で生きていこうとされていました。私の知っているカミラ様は優しい子ですし、皆さんの知っているカミラ様はきちんとした淑女だったそうですから、悪魔の導きで辿った道筋は何もかも受け入れ難くて、どこかへ消えてしまいたいと思っているのでしょう。何度も否定しましたが、私達にも悪い事をしたという気持ちが消せない様でした」
トムは皆に聞きたい事がある、と話し出した。
「カミラが悪魔に憑かれてからどうだったのか、俺達は直に見ていないから分からない。悪魔が仕出かした前伯爵夫妻や騎士達が亡くなる様な大きな事件以外に、カミラがした悪い事って言うのは、何なのか知りたいんだ。あいつはローズを害そうとしていたと言ったが、それだって元々は悪魔の考えだろう。他にどんな事を気にして嘆いているのか、よく分からないんだ」
トムは続けて「実際には洗脳されていたカミラにも、自分が何をしたのか分かっていないと思う。だからここで皆が心当たりのある事を、大まかにでも教えてくれないかな。俺はあいつが何と言おうと、これから一緒に罪を背負って生きていこうと思ってるから」と言い切った。
「一緒に罪を背負う」と言うトムを見つめながら、トーマスは思い悩んでいた。本来なら夫である自分も、カミラが犯した罪に対して責任の一端はあるはずだった。そもそも息子と思っていたクラウスが実は悪魔だったというなら、全く気付かずにいた自分に責任が無い訳がない。けれど自分はトム程の熱量でカミラを引き留め、共に歩む気持ちにどうしてもなれなかった。
(勿論カミラが幸せになって欲しいと思うし、その為に夫として責任を持って、彼女のこれからを一緒に話し合って支えようとは思う。だが、俺にカミラの罪も全部背負って生きるなんて言えるだろうか。いや、言えはしない)
「トム、君はカミラを愛しているのか」思わずトーマスの口から飛び出した馬鹿げた質問に、トム意外の全員が驚いてトーマスの方を見た。
当のトムだけが、ゆっくりと考えを巡らす様にトーマスヘ顔を向けた。
「俺はあなたがどういう気持ちでそれを聞くのか分かりませんが、愛っていうのが相手の幸せを願う事なら、そうなんじゃないかと思います。俺も母さんもカミラだけがこっちに残された時、心配でたまらなかった。最後に見た顔はあいつが泣きじゃくっていた顔だったから、いつかカミラをもう一度笑顔にしてやりたいと思って、それからはあいつの幸せをずっと願ってきました。
だからあいつが自分が犯して無い罪までしょい込んで、寂しがり屋の癖に一人で死んでいこうとしているなんて、許せるはずがないでしょう。
シュタイン伯爵、逆に聞きますが、あなたはカミラを愛していないのですか。あなたは彼女の夫でしょう」
トーマスはトムに問い質されて初めて、自分の思いを確認する様に言葉にした。
「俺は、カミラとはずっと親しい幼馴染だった。婚約者になってから、俺は彼女を尊重して大切にしてきたし、結婚してからも伯爵夫人として満足な待遇を与えてきたつもりだ。言い訳かもしれないがそれが貴族としては普通で、特別な愛情が無くても充分な間柄だった。
彼女自身結婚してからもその前も、俺に対して恋愛感情は抱いていなかったし、俺と言う人間に対して常に何か不満を持っていたと思うよ。
だが俺達は貴族だ。このままずっと互いの立場を重んじながら、愛情無く生きていくのだと思っていた。
まさかこんな事が起こるとは思わなかったから、お互いに不満はあっても最後には情が湧いて、穏やかに暮らして終わるのだと考えていた」
「だけどローズをこんな立場にして、家に入れると決めたのはあなたじゃないんですか」
トムの問いかけにトーマスが答えるより早く、ローズが答えた。
「それは違うわ。私を妾にと望み指示を出したのは、カミラ様です」
驚くトムに、ローズは続けた。
「本当よ。私を見つけてアマンド男爵家に依頼に来たのはカミラ様だったし、その後も終始カミラ様主導で話は進んだわ。どこまでがカミラ様の考えで、どこからが悪魔の指示だったのかは分からないけど、トーマス様に会ったのは、実際にシュタイン家に来た時が初めてだったわ」
ケイトが、トーマスに頭を下げた。
「シュタイン伯爵、申し訳ございません。息子には前から思い込みで決めつけるのは止しなさいと言っていたのですが、どうしてもカミラ様の状態に頭に血が昇ってしまったようです。シュタイン伯爵家のご夫婦の問題に土足で踏み込み、言いづらい事を言わせてしまいました。…トム、あなたはもういい大人です。人の関係が簡単に切り分けられるものではないと学びなさい」
さすがにトムも、顔色を悪くして頭を下げた。
「失礼な事ばかり申し上げて、すみませんでした。…ただ、俺がカミラをもう一度笑顔にしたいと思っているのは本当です。もし彼女が目覚めてここにいるのが苦しいと、逃げ出したいと言うのなら、俺と母さんと一緒にどこかへ連れて行っても良いでしょうか」
「トム!」ケイトが目を怒らせ、トムの頭を引っぱたいた。
「痛っ」
普段穏やかで優しいケイトの剣幕にローズ達が驚いていると、ケイトは「本当に申し訳ございません。頭を冷やさせて参ります」と言いおいて、トムを引っ張って部屋を出て行ってしまった。
読んでいただき、ありがとうございます。
続きが読みたいと思っていただけたら、ブックマーク、評価(下の方にある☆☆☆☆☆)、いいねで応援してくださると嬉しいです!




